国家 (対話篇)
| プラトンの著作 |
| 初期: |
| ソクラテスの弁明 - クリトン |
| エウテュプロン - カルミデス |
| ラケス - リュシス - イオン |
| ヒッピアス (大) - ヒッピアス (小) |
| プロタゴラス - エウテュデモス |
| ゴルギアス - クラテュロス |
| メノン - メネクセノス |
| 中期: |
| 饗宴 - パイドン |
| 国家 - パイドロス |
| パルメニデス - テアイテトス |
| 後期: |
| ソピステス - 政治家 |
| ティマイオス - クリティアス |
| ピレボス - 法律 |
| 第七書簡 |
| 偽書及びその論争がある書: |
| アルキビアデスI - アルキビアデスII |
| ヒッパルコス - 恋敵 - テアゲス |
| クレイトポン - ミノス |
| 書簡集(一部除く) - 定義集 |
| 正しさについて - 徳について |
| デモドクス - シーシュポス |
| エリクシア - アクシオチュス |
| エピノミス - ハルシオン |
『国家』(こっか、『国家篇』とも。古希: Πολιτεία、Politeia、ポリーテイアー)は、古代ギリシアの哲学者プラトンの中期対話篇であり、主著の1つ。伝統的な副題は「正義について」である。
なお、ギリシア語原典は長らくバーネットの校本がOxfordから出版されていたが、現在ではS. R. Slingsが校訂した校本が出版されている。
目次 |
概要 [編集]
『国家』は全10巻で構成され、プラトン中期の作品と考えられている。その内容は、ソクラテスがアテナイにおけるケパロスの家で行った議論を記録する対話篇の形式で、元々はプラトンの創立した哲学と数学のための学院、アカデメイアの講義の傍ら、学生がこれを読んで勉学の一助とするために執筆されたものと伝えられる。ただしプラトンが執筆した講義ノートの類は残っておらず、それが実際にはどういうものであったのかは不明である。彼の弟子アリストテレスの場合は講義ノートのみが現存し、彼も学生向けに戯曲の形の読み物を書いたというが、それは散逸した事で今日に伝承されていない。
本書は他の対話篇と較べ際立って長く、「魂に思慮し、善く生きる」というソクラテスの思想を、プラトン中期思想に特徴的なイデアを中核に、古代ギリシアにおいて支配的な考えであった小宇宙即ち人間と、大宇宙即ち国家との対比を用い、個人だけでなく国家体制そのものにまで貫徹させようという壮大かつ創造性豊かな哲学大系が提示される。そのため、プラトンの政治哲学、神学、存在論、認識論を代表する著作とされ、古代西洋哲学史において最も論議される作品と位置づけできる。ゆえに本書で展開されている理想国家の発想は共産主義や後世のユートピア文学にも多大な影響を与えた。
具体的な内容については、ケパロス(英: Cephalus)によって提示された正義が何なのかという問題から始まる。ソクラテスはまずトラシュマコスによって主張された、強者の利益としての正義という説を論駁した。しかしグラウコンやアデイマントスが正義の存在を否定する立場を代理に主張することでソクラテスに対して正義に対する見解を示すように求めたために、ソクラテスは個人の延長として国家を観察することで応答しようとする。国家を観察するためにソクラテスは理論的に理想国家を構築しており、その仕組みを明らかにした。そして理想国家を実現する条件としてソクラテスは独自のイデア論に基づいて哲人王の必要を主張する。この哲人王にとって不可欠なものとして教育の理念が論じられており、正義が人間を幸福にするものと考える。
構成 [編集]
登場人物 [編集]
- ソクラテス - 39歳-48歳頃[1]。
- ケパロス - シケリア島シュラクサイ出身の富豪。ペリクレスの招きでアテナイの外港ペイライエウスで30年間、居留民(非市民)として過ごす。本篇話者のポレマルコス、弁論作家として有名なリュシアス[2]、エウテュデモス[3]の父。
- ポレマルコス - ケパロスの長男。リュシアスとエウテュデモスの兄。
- トラシュマコス - カルケドン出身の弁論家・ソフィスト。
- クレイトポン - アテナイの民主・復古派政治家。
- グラウコン - プラトンの兄、アデイマントスの弟。
- アデイマントス - プラトン、グラウコンの兄。
時代・場面設定 [編集]
紀元前430年-紀元前421年頃[1]、アテナイの外港ペイライエウスにて。
ペイライエウスの居留民トラキア人たちによる、月神ベンディスの祝祭がはじめて催されるということで、参拝・見物に来たソクラテスとグラウコン。終わってアテナイに帰ろうとすると、ポレマルコス、アデイマントスらに呼び止められ、ポレマルコスの家へ。
ソクラテスは、家長のケパロスに挨拶し、老いや富についての会話を交わす。その過程で出てきた「正しさ」を巡り、ポレマルコス、トラシュマコス、クレイトポンを巻き込んだ問答が展開されていく。
2巻以降は、プラトンの兄たちであるグラウコン、アデイマントスがソクラテスの相手をし、表題通りの国家論、また様々な思想が披露されていく。
特徴・補足 [編集]
本篇は、『カルミデス』や『リュシス』と同じく、かつての対話をソクラテスが読者に語るという体裁を採っており、純粋な対話篇(ダイアローグ)と異なり、解説(ナレーション)が交じる。『饗宴』や『パイドン』のように、対話者が回想するという形ではない。
内容 [編集]
この著作で最初に問題とされる正義について各人に相応しいものを返し与えること、もしくは強者や支配者の利益という定義が検討される。しかし両者とも検討の結果として正義を定義することには不適切であると考えられた。そこで個人の正義を明らかにするための方法論として国家を取り上げる。つまり個人の正義のモデルとして国家の正義を検討することで、個人の正義がどのようなものであるべきかを考えるのである。
ここから国家の成り立ちについて理論的な考察がなされる。そして統治者(守護者)の魂のあり方が極めて重要であり、その教育訓練について検討しなければならないことが分かった。そして理想国家においては統治者の魂のあり方と政治体制、正しい政治体制を実現するために、必要な最高のイデアについての説を通じて論じられる。
第3巻からは、理想国家における教育が論じられ、正しい知識と単なる思いなし(ドクサ)が区別される。後者には模倣が含まれ、詩や絵画は模倣の一種であり、正しい知識ではないとされる。また守護者の育成には、神や国家に対する尊敬を損なうような神々についての説話(ホメロスにおけるヘーラーの嫉妬とゼウスの浮気などが想定されている)は教えるべきではないとされる。そこから詩人追放論と呼ばれる、教育から詩の学習を排除する構想が主張される。この思想は最後にもう一度繰り返される。
魂は三つの部分からなり、正しい魂のあり方とは三部分すべてが知識をつかさどる部分のもとに調和する状態であるとされる(魂の三部分説)。三部分のどこが優越するかによって、魂の状態、すなわち人間がどのような性質になるかが決定され、これはそのまま民主制などの国家体制に対応されるものとされる。プラトンは最適者、気概に富む者、民衆の三種類を想定し、そのどれが社会において上位を占めるかに応じ、哲人王制、最適者支配制、富者による寡頭制、民主制、僭主制の5つの国家体制を描き、どのようにそのような体制の交代がありえるかを描写する。彼は哲人王制を最良の政体とし、この順に劣るものとし、最低のものが僭主制であるとした。ここにはプラトンの経験したアテナイの民主制とシュラクサイの僭主制からの知見が投影されている。
プラトンの構想では、国家の守護者のうち、優秀な者を選んで哲学や哲学者になるための基礎分野の学習をさせ、老年に達した者に国政の運営を任せる。これが哲人王の思想であり、そのためにはイデア、ひいては善のイデアの直接な観想が必要であるとされる(そして善のイデアを見ることが哲学の究極目的であるとされる)。ここでイデアの観想は線分の比喩、洞窟の比喩、を用いて語られる。哲学によって、人は感覚的世界から真実在であるイデアの世界を知る(線分の比喩)。またイデアの直接的観想によってのみ、イデアの世界と現実の感覚的世界の間の隔たりと哲学する者の真実在へのあこがれ、また現実世界へのイデア的知識の適応は可能にされる(洞窟の比喩)。
現実からの類推に始まるイデアの学習がなぜ可能になるのか、プラトンは論証によっては答えを与えず、それらしい物語(ミュートス)によって、すべての人は魂の輪廻において出生前にイデアを見る機会とこの世界での生き方の選択の機会を与えられていることを語る(エルの物語)。対話篇『国家』は、このエルの物語によって結ばれる。
訳書 [編集]
- プラトン 『プラトンII (国家、エピミノス、書簡集)』 田中美知太郎編・藤沢令夫他訳、筑摩書房〈世界古典文学全集15〉、1970年。ISBN 978-448-0203151。
- プラトン 『クレイトポン・国家』 田中美知太郎・藤沢令夫編・訳、岩波書店〈プラトン全集11〉、1976年。ISBN 978-400-0904216。
- プラトン 『国家 上』 藤沢令夫訳、岩波書店〈岩波文庫〉、初版1979年、改版2009年。ISBN 978-400-3360170。
- プラトン 『国家 下』 藤沢令夫訳、岩波書店〈岩波文庫〉、初版1979年、改版2009年。ISBN 978-400-3360187。