ウーシア

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ウーシア: οὐσία, ousia)とは、「実体」(substance)や「本質」(essence)を意味するギリシャ語の言葉。ラテン語に翻訳される際に、この語には「substantia」(スブスタンティア)、「essentia」(エッセンティア)という異なる二語が当てられたため、このような語彙の使い分けが生じた。

目次

アリストテレスによる定義 [編集]

この「ウーシア」(: οὐσία, ousia)という語に、「substantia」(スブスタンティア)、「essentia」(エッセンティア)という異なるラテン語の二語が当てられるようになったのは、偶然ではなく、そもそも古代ギリシャの時点で既に、この言葉はそうした多義的な言葉として用いられていた。

アリストテレスの『形而上学』中の、用語集である第五巻(Δ巻)第8章において、この「ウーシア」(: οὐσία, ousia)(実体)という語は、

  1. 単純物体。土、火、水のような物体や、それによる構成物、及びその部分。述語(属性)にはならず、主語(基体)となるもの。
  2. 1のような諸実体に内在している、そのように存在している原因となるもの。例えば、生物における霊魂。
  3. 1のような諸実体の中に部分として内在し、それぞれの個別性を限定・指示するもの。これが無くなれば、全体も無くなるに至るような部分。例えば、物体における面、面における線、あるいは全存在における数など。
  4. そのものの本質が何であるかの定義を言い表す説明方式(ロゴス)それ自体。

といった列挙の後、

  1. (上記の1より)他の主語(基体)の述語(属性)にはならない、窮極(究極)の基体(個物)。
  2. (上記の2・3・4より)指示されうる存在であり、離れて存在しうるもの。型式(モルフェー)、形相(エイドス)。

の2つの意味を持つ語として、定義されている[1]

このように、「ウーシア」(: οὐσία, ousia)(実体)という語は、今日における

  • 「物理的実体」「物質」(physical substance)
  • 「化学的実体」「化学物質」(chemical substance)

それも「究極基体的な物質」(今日の水準で言えばちょうど「素粒子」(elementary particle)に相当する)を含む、「実質」(substance)という意味から、それをそれたらしめていると、人間が認識・了解できる限りでの側面を強調した(観念的・概念的・言語的な面も含む)「本質」(essence)という意味までを孕んだ、多義的な語であった。

後世の継承 [編集]

中世キリスト教 [編集]

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近代哲学 [編集]

「実体」を巡る議論は、「物質」(physical substance, chemical substance)一般としての「実体」考察が、自然科学として発達し、哲学から自立・独立・分離していく一方で、(観念的・言語的な領野における)「本質」「本質存在」(essence)概念は、専ら個別具体的に存在している人間としての「実存」「現実存在」(existence)と、対置されるようになっていった。

これは特に、ヘーゲル思想に孕まれる「本質主義」(essentialism)に対して、「実存」「現実存在」(existence)としての個別具体的な人間の優位を掲げるキルケゴールハイデガー等の「実存主義」(existentialism)によって、顕著になる。

他方では、その「本質」「本質存在」(essence)認識の、社会性や言語や無意識などの「構造」(structure)(としての「関係性」(relations))による拘束を強調する議論も活性化していき、人類学社会学言語学心理学にも渡る、構造主義ポスト構造主義ポストモダニズム(としての関係主義)の潮流を生み出した。

脚注・出典 [編集]

  1. ^ 『アリストテレス 形而上学 (上)』 出隆岩波文庫 pp175-176

関連項目 [編集]