千葉県立小金高等学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
千葉県立小金高等学校
Kogane-highschool.JPG
国公私立の別 公立学校
設置者 千葉県
学区 第2学区
設立年月日 1965年3月5日
創立記念日 4月12日
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学期 3学期制
高校コード 12125J
所在地 270-0032
千葉県松戸市新松戸北二丁目14番1号
北緯35度50分0.5秒東経139度54分43.2秒
外部リンク 公式サイト
Portal.svg ウィキポータル 教育
Project.svg ウィキプロジェクト 学校
テンプレートを表示

千葉県立小金高等学校(ちばけんりつ こがねこうとうがっこう)は、千葉県松戸市新松戸北二丁目に所在する県立高等学校。通称は「小金」(こがね)。

設置学科[編集]

概要[編集]

1965年に新設校として開校。「自主自律」をモットーとし、生徒の自主性を重んじる自由な校風で知られ、生徒会・部活動・学校行事などが盛んである。生徒会が学校運営で大きな力を持っており、学校行事などについて教職員と意見が対立した場合には、調整協議会が開かれ、話し合うことになっている。日本で初めて、生徒、保護者、教員が一堂に会して学校運営について話し合う「三者会議」が行われた高校でもある。

開校当初は平凡な新設校という位置づけにあったが、東葛地域、特に本校の足元に位置する新松戸区域において高校受験生が急増。また開校後しばらくは松戸市内で唯一の男女共学の公立高校だったこともあり、千葉県公立高校全盛期には進学校の一角として広く知られることとなった。

しかし後述の国旗・国歌問題による学校運営の混乱、近隣における私立校の台頭、学区の再編といった様々な要因が重なって、近年は入学者偏差値・進学実績ともに大きく下落してしまった。

1993年度より千葉県立高校としては東葛飾高校に続き、2番目の私服校となった。だが、2009年5月23日の『読売新聞』記事によると、教頭曰く『定員割れを心配するレベル(2004年)』にまで志願者が減少した。このため、学校側が、中学校・学習塾・保護者などへのヒアリングを行った結果、近年の受験生には私服校を敬遠する傾向があると判断。人気回復を期して2011年度入学生より制服の再導入を決定した[1]。制服は男子が詰襟学生服、女子がブレザーである。

沿革[編集]

校歌[編集]

国旗・国歌・校歌問題 [編集]

  • かつて小金高校では卒業式や入学式での国旗掲揚、国歌斉唱を巡って生徒、教員側と校長、一部の教員が対立した時代があった(主として1994年、1995年頃)。この頃の卒業式では式場内に国旗は掲揚されず、式典中に国歌は流されなかった。
  • また校歌は3番の歌詞に愛国と捉えられる箇所がある為、2番までしか歌われてこなかった。
    • 歌われなくなった年の正式な記録は残っていないが、昭和50年代に発行された学校新聞には式典の時間短縮という理由で歌われなくなったという旨の文がある。その後、国歌斉唱、国旗掲揚を義務付ける法律の審議が行われ始めた上記の年頃に愛国への問題へとすり変えられたという説が有力視されている。
  • 現在卒業式では国旗は掲揚され国歌も流されている。校歌についても2007年度に、「3番を歌わない(伴奏さえ流さない)」という「(愛国心の)強制」への反対行為が、新たな「歌いたい人が歌えない」という「(反対せざるを得ない)強制」を生み出すとのパラドックスを指摘され、生徒総会において「伴奏は流すが、歌唱は個人の判断に任せる」ということとなった。

ビオトープ[編集]

以前、中庭には木が一本植えられているだけであったが、1996年にビオトープが造営され生徒の憩いの場となっている。流山市立流山北小学校のビオトープを基に作り、下総谷津を再現したもので、井戸水をくみ上げ池を作り様々な木を回りに配置している。しかし、近年となっては毛虫の発生、スズメバチの巣の形成があり、ビオトープとしては維持管理が充分でない。ビオトープ参照。

交通[編集]

学校行事[編集]

詳細は時代と共に変遷がある。以下は近年の状況である。

球技祭[編集]

長年7月中旬の開催であったが、2008年度よりゴールデンウィーク前後に行われるようになった。(理由は後述)サッカーソフトボールバスケットボールバレーボールの4種目、男女別で競い合う。 2006年度だけ、女子はソフトボールがあまり打てずにつまらないという意見からソフトボールからキックベースに変更されたが、2007年度ではアンケートの結果ソフトボールに戻ることになった。しかし、2008年度はドッジボールに変更。

  • 2007年12月に、教員側より「球技祭をゴールデンウィーク中もしくは、その前後へ移動。そして日程を2日半(予備日を含め3日)から2日に減らす。」という提案が提起された。理由としては、危険防止(毎年7月の期末考査最終日に実施されていた為、寝不足や高温多湿の気候により毎年熱中症になる生徒がいた)と学校環境の保障があげられた。その後、生徒総会にて教員案が否決され、生徒側の「生徒側の負担は逆に大きくなるために全面否決」という対案にて、調整協議会が開かれた。しかし、健康面での課題をクリアすることは難しいとの理由で、日程の移動は避けられないとの結論になる。その際、教員側より「半日の削減は必要性を掲示すれば検討する。」との話があり、その後生徒側から「日程移動は賛成。2日半から2日への縮小は反対。半日の時間確保は、身体測定・スポーツテストの日の午後を確保する。」という対案で要望書が出され、調整協議会にて受け入れられ後の職員会議で可決された。
  • よって2008年度より球技祭は5月のゴールデンウィーク前後に2日半という内容で実施されるようになった。

また、ゴールデンウィーク前後の開催なので、年度開始から準備しては間に合わないため、球技祭有志というものが発足した。この有志はそのまま球技祭委員会に移行される。

合唱祭[編集]

6月上旬~中旬に行われる。クラスごとに発表する歌に合わせた衣装を自前で作り、森のホール21で発表しあう。 全クラスに順位がつく(1位~21位)衣装には2000円まで(平成19年度)という金額制限がある。(年度ごとに異なる)また、すこしでも森のホール21に糸くずなどが落ちると、翌年度から使用できなくなるおそれがあるために、衣装には非常に細かいチェックがある。なお森のホール21を使用する以前は松戸市民会館柏市民文化会館を利用していた。

文化祭[編集]

9月中旬に鎬祭(しのぎさい)が行われる。鎬祭文化の部。各クラスが演劇、食堂、娯楽を展示・発表し、部活動の展示もある。毎年たくさんの人でにぎわう。特に演劇は評価が高く、教員からなる審査員によって最も優れた演劇にはアカデミー賞が贈られる。それ以外は生徒と一般客による投票により、最優秀・優秀部門賞が決定する(年度毎に委員会実施のアンケートによって変わる)。

近年一日目終了後、体育館にて中夜祭(後夜祭)が企画され、男子生徒が女装し、美しさを競い合うMr.ミスコンテストが行われている。(2007年度から女子生徒が男装し、格好良さを競い合うMs.宝塚コンテストが行われた。2008年度も同様)

遠く1974年夏 その後全国的に流行した自主制作映画の走りとして、生徒の完全製作映画が公開され、活況を呈す。

体育祭[編集]

9月下旬に行われる。鎬祭体育の部とも。従来あまり盛り上がらない行事だったが、2004年度から応援団を作り、いい盛り上がりを見せるようになった。当日に「ぶっつけ本番」で行う。その為、予定終了時刻から終了時刻が延びることが多い(他の高校においても体育祭の練習を行うことは少ない)。

本部[編集]

合唱祭・文化祭・卒業式には本部が設けられ、生徒の有志が本部スタッフとなり、本部を中心に運営される。

その他[編集]

このほかにも生徒会執行部が中心となり新入生歓迎会というものが4月の上旬にある。

内容は部活・同好会の紹介というもので参加する希望する部活・同好会を募りビデオやステージなどで発表する。

基本的に4大行事は執行部は関与せず、特別委員会である各行事の委員会が中心となり行われる。

部活[編集]

文化部
  • 演劇
  • イラストレーション
  • 軽音楽
  • 生物
  • 文芸
  • 弦楽
  • 美術
  • 茶道
  • 服飾
  • 写真
  • アコースティックミュージック
  • 地学
  • 合唱
  • 吹奏楽
運動部
  • 剣道
  • 硬式テニス
  • サッカー
  • 水泳
  • ソフトボール
  • 卓球
  • バスケットボール
  • バドミントン
  • バレーボール
  • ハンドボール
  • 野球
  • ラグビー
  • 陸上
  • ワンダーフォーゲル

外局[編集]

  • 放送局

毎年全国レベルで活動している。

その他[編集]

  • 近所のパン屋であるルフランが購買として来る。
  • 最も近いパン屋は、正面玄関のすぐ向かいにあるサフランである。利用客にはコーヒー1杯とパンの耳などのサービスがある。朝早くから、多くの人でにぎわっている。
  • 指定校推薦の枠が豊富であり、成績優秀者は同制度を利用して進学する者が多い。

著名な卒業生[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 新制服アルバム”. 2011年2月28日閲覧。

外部リンク[編集]