別府タワー

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別府タワー
Beppu Tower01s5s3200.jpg
情報
旧名称 観光センターテレビ塔
用途 観光
施工 梅林建設[1]
管理運営 別府観光開発株式会社
構造形式 鉄骨鉄筋コンクリート構造
階数 17階
高さ 90m(展望台は55m)
駐車台数 24台
竣工 1957年(昭和32年)
所在地 874-0920
大分県別府市北浜三丁目10-2
位置 北緯33度16分54秒
東経131度30分20.8秒
座標: 北緯33度16分54秒 東経131度30分20.8秒
文化財指定 登録有形文化財
指定日 2007年10月2日
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別府タワー(べっぷタワー)は、大分県別府市にある観光である。旧名、観光センターテレビ塔(かんこうセンターテレビとう)。高さは90m。名古屋テレビ塔通天閣に次ぎ、日本で3番目に建てられた高層タワーで、別府観光のシンボルとして親しまれ、国の登録有形文化財に登録されている。運営は、別府観光開発株式会社。

概要[編集]

名古屋テレビ塔、通天閣、さっぽろテレビ塔東京タワー博多ポートタワーを設計し、「塔博士」とも呼ばれる建築構造家内藤多仲タワー六兄弟のひとつである。

東京タワー完成の1年前にあたる1957年3月20日から開催された別府温泉観光産業大博覧会の目玉施設として建設が構想され、当時の別府市長脇鉄一らが立ち上げた別府観光開発株式会社が建造した。しかし、資金繰りの関係から開幕には間に合わず、閉幕直前の5月10日に完成した。建造費用は2億8000万円。完成時の従業員募集では、希望者が数千人集まったという。

このタワーは当初電波塔としての利用が予定されていたが、大分県下の各放送局は別府市の十文字原高原に十文字原テレビ・FM放送所(1959年開局、標高469m)を建設したため、その役割を果たすことはできなかった。しかし、1960年代に入ると年間100万人に及ぶ観光客と修学旅行生で賑わい、観光スポットとなった。

1970年代に入ると、隣接する国道10号の拡幅工事により敷地の一部が削られるなどして入場者数が減少。1987年、大きな収入源だった広告ネオンサインの契約が打ち切られたため、経営危機に陥り解体撤去も検討されたが、翌1988年タイホーレジャーグループが買収し、解体を免れた。広告ネオンサインは、その後朝日ソーラーを経て、2011年現在はアサヒビールとなっている。

2007年5月10日から6月10日までの期間、50周年の記念写真展「別府タワー懐かしのパネル展」が行われ、建設中のタワーや移り行く別府の風景の白黒写真が展示された。

大分県の省電力キャンペーン「121万人夏の夜の大作戦~キャンドルナイト~」の協力企業であり、一年に一度だけ、広告ネオンサインを含む全照明が消される。

施設[編集]

鉄骨鉄筋コンクリート構造の建物の上に塔を組んだ構造であり、タワーの高さは90m。秒速160mの台風にも耐えうる構造となっている。

  • 展望階
    • 17階 - 展望台・喫茶
      高さ55mに位置し、別府市街や別府湾が一望できる。元日には初日の出を見るイベントが行われる。
    • 16階 - 展望ラウンジバー
  • 建物階
    • 5階 - 温泉
      天然鉱石での岩盤浴を提供する温泉。別府温泉の一部を構成する。2013年現在休業中。開業時には中間展望台もあった。
    • 4階 - カラオケ店
    • 3階 - BEPPU TOWER HALL
      大分インターネットテレビ放送 のオフィス兼スタジオ。「Ustream Studio OITA」としても使用される。2011年までイベントホールはローカルアイドル「Chimo」の定期公演劇場にもなっていたが、現在は大分市内で定期公演を行っている。
    • 2階 - タイホーレジャーグループ本部
    • 1階 - カフェ、イベントスペース

沿革[編集]

所在地[編集]

  • 大分県別府市北浜三丁目10番2号

交通[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯33度16分54秒 東経131度30分20.8秒