モクズガニ

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モクズガニ
Eriocheir japonica externals.jpg
モクズガニ
分類
: 動物界 Animalia
: 節足動物門 Arthropoda
亜門 : 甲殻亜門 Crustacea
: 軟甲綱 Malacostraca
亜綱 : 真軟甲亜綱 Eumalacostraca
上目 : ホンエビ上目 Eucarida
: エビ目(十脚目) Decapoda
亜目 : エビ亜目(抱卵亜目)
Pleocyemata
下目 : カニ下目(短尾下目)
Brachyura
: イワガニ科 Grapsidae
: モクズガニ属 Eriocheir
: モクズガニ E. japonica
学名
Eriocheir japonica (De Haan, 1835)
和名
モクズガニ
英名
Japanese mitten crab

モクズガニ(藻屑蟹)Eriocheir japonica (De Haan, 1835)[1]は、エビ目(十脚目)・カニ下目・イワガニ科に分類されるカニの一種。食用として有名な「上海蟹」(チュウゴクモクズガニ)の同属異種であり、日本各地で食用にされている内水面漁業の重要漁獲種である。

名前[編集]

学名については、一般向けの書物や分類学以外の学術雑誌では Eriocheir japonicus が用いられることがあるが、20世紀末頃から甲殻類の分類学者の間では種名を "japonica" とする方針が確定している[1]。学名には属名と種名の性 (gender) 一致の原則が決められているが、属名 Eriocheir がラテン語ではなく古代ギリシア語に由来し性不明の単語とみなされたためラテン語の原則が適用されず、男性形の japonicus と女性形の japonica のどちらにするか混乱がみられた[1]。しかし古代ギリシア語にも性は存在し、Eriocheir は女性である[1]。甲殻類の研究論文が発表される最も信頼のおける国際学術誌である『Journal of Crustacean Biology』や『Crustaceana』では、japonica が用いられている[1]。日本甲殻類学会でも japonica を用いているので、現時点ではそれに倣うのが望ましい。

別名については、モクゾウガニ(千葉県習志野市)、ズガニ(静岡県伊豆地方)、ツガニ、ツガネ(長崎県)、ヤマタロウ、カワガニ、ケガニ、ヒゲガニ(徳島県貞光町)、ガンチ(徳島県阿南市)、太田川流域の広島市では「毛ガニ」(スーパーマーケットなどで北海道などからこの地方に来るカニは「北海道の毛ガニ」や「花咲ガニ」などと呼ぶ)などがある。モクズガニはおもに関東地方の呼び名であり、西日本ではツガニやズガニと呼ぶ地域が多い。「モズクガニ」と間違えて呼ぶ人がいるが、「モクズガニ」が正しく、地方名にも「モズク」とつくものは見あたらない。また戦前は「モクヅガニ」と書かれていた。

特徴[編集]

甲の拡大写真。細かいヒョウ柄が見える
色素異常個体。やや透明な感じの淡赤褐色
ハサミ脚のアップ

甲幅は7-8cm、体重180gほどに成長する、川に産するカニの中では大型種である。鋏脚に濃いが生えるのが大きな特徴で、"Mitten crab(手袋ガニ)"という英名もこの毛に由来している。毛はふつう黒褐色をしているが、脱皮直後は白色で白髪のようにみえる。頭胸甲はやや後方に拡がった六角形をしており、側縁部にはノコギリの歯のようなとげが3対ある。体色は白い腹部と胸部腹甲を除き、本来全体的に濃い緑がかった褐色をしている。拡大するとわかるが、実際はこれはモノトーンではなく、黄緑色の下地に黒い縞模様が混ざった豹柄に近い。野生の状態では付着物が覆っていて黒く汚れた個体も多い。なお洗剤が流れ込む川は、あずき色や黄色の色素形成異常と思われる個体がみつかることもある。成長とともに鋏脚は相対的に大きくなり、毛も濃くなる傾向がある。成体では雌雄の形態差(性的二形)が明瞭で、雄は雌に比べたくさん毛の生えた大きな鋏脚を持ち、歩脚の長さは長い。成体の体サイズは雌雄でほぼ重なるが、雄の方が小型個体が多く、また最大サイズは大きい傾向がある。

成体の雄には形態に関して二形が認められ、相対的に小さな鋏を持ち歩脚の長い小型個体(甲幅約3-6cm)と、たくさん毛の生えた大きな鋏脚と短い歩脚の大型個体(約6cm以上)の2タイプが分けられるが、雌はこのように分かれる傾向は認められない。これはカブトムシの角やクワガタムシの大顎など資源防衛型の交配システムをとる甲虫類でよく知られる現象で、甲殻類ではアメリカザリガニの鋏にその傾向がある。このような雄の二形は、「配偶行動においていかにふるまえば最も自らの遺伝子を残せるか」という配偶行動戦略の違いが生出したものだという性選択の理論で説明されること多い。つまり大きな体サイズを確保できた個体は鋏という武器を有効に使い雌を獲得する(特にモクズガニの場合には交尾後ガードで交尾済みの雌の再交尾を妨げる闘争において有効に機能する)ような軍拡競争的進化で獲得された形態を発現し、小型の個体は大型個体には武器を使った闘争ではかなわないので行動力を高める形質を発現するというふうに、複数の戦略を生育履歴にしたがって切り替える表現型の可塑性が進化することで、二形が分離したというものである。

食性はカワニナなどの貝類、ミミズ、小魚、水生昆虫両生類などを捕食するところが目撃されやすい、あるいは魚のあらなどを誘引餌として用いたカニ籠が漁獲に用いられることから、おもに肉食性と考えられていた。しかし、野生個体の胃内容を調べると通常底質からかき集められた枯死植物由来の有機物砕片(デトリタス)が胃を満たしており、肉食は機会的なものと考えられる。はさみの先端には黒い蹄状の爪がついているが、この爪は多くのイワガニ科に共通する特徴でもあり、底質の表面に藻類などの微生物が形成したバイオフィルムを掻きとったりするのに適している。モクズガニは淡水域において、コンクリートの護岸壁や岩に着いた糸状緑藻類を引きちぎって口に運ぶ行動がよく観察され、胃内容物も糸状藻類が比較的よく検出される。一般にイワガニ類は雑食か植物食が本来の食性であり、たとえばヒメアシハラガニのように動物食に特化した例はむしろ珍しい。多くのイワガニ類は温帯-熱帯域の水辺の生態系において、比較的大きな有機物である植物の枯死体や落葉落枝など(粗粒状有機物 CPOM : coarse particulate organic matter)を消費することで砕片に分解し、細菌や菌類などの分解者が利用できやすい形(細粒状有機物 FPOM : fine particle organic matter や、溶存態有機物 DOM : dissolved organic matter)に変え、物質循環を促進するという、腐食連鎖の上で非常に重要な役割を占めている。日本の河川でも、アカテガニベンケイガニクロベンケイガニなど多数の種が湿地帯でこの役割を果たしている。モクズガニも同様に水中においてこのような位置を占めていると考えられる。飼育を行う場合も、動物性の餌ばかり与えるとすぐに死んでしまうので、植物性の餌を中心に与えるのが望ましい。モクズガニが 肺吸虫の二次宿主になることから、一次宿主のカワニナを好んで捕食するという説もあったが、河川では胃内容物にカワニナ由来のものが出るのはまれである。さらにサワガニに寄生する吸虫では自由に移動してサワガニに付着し、体表から体内に侵入することも報告されているため、モクズガニをカワニナの主要な天敵と考えない方がよさそうである。また鋏脚に密生した毛は食性に関係しているという説もあるが、採餌行動を見る限り実際はほとんど関係ないようで、胃内容物にも毛やそれに付着した物質が出てくることはほとんどない。また成長にともない食性が変わり、動物性の餌への好みが増してくる傾向があるようで、魚肉を餌として誘引するカニ籠には、ほぼ甲幅3cm程度以上の中・大型個体しかかからない。胃内容物も、海域の成体は淡水域の未成体に比べて明らかに動物性の餌が多くなっている。飼育下では脱皮直後の軟甲個体が共食いされることも多いが、餌の与え方や水槽の広さ、岩の配置などによりある程度防ぐことも可能である。

未成体は河川の感潮域からかなり上流の淡水域にかけて分布するが、分布の中心は淡水域の下流部にある。雌雄とも上流に行くほど大きく成長するため、大型の個体が採集される。上流域で採集された例としては、長野県を流れる千曲川や、諏訪湖で採集されたという記録がある。

成体はおもに晩夏から秋に河川の淡水域に出現し、雌雄とも、主に秋から冬にかけて繁殖のために海へ下る。そのため成体は春以降夏の終わりまで淡水域ではほとんど採集されない。河口や海岸では、秋から翌年の初夏にかけて甲幅3-8cm程度の成体が採集される。長く海にいる成体には甲に海藻が付着していることがあり、時には20cm以上に成長した緑藻が見られることもある。また繁殖期の終わりには、海域に毛の禿げた個体や脚の欠損した個体が多く見られるようになる。脱皮しない限り、毛は伸びることはなく脚も生えてこないので、脱皮しない繁殖参加個体は禿げて脚の無いまま死ぬことになる。

様々な塩分濃度の環境に出現することは、モクズガニが非常に強力な体液(血リンパ)浸透圧調節能力を有することを意味している。カニ類の中でも海域にしか出現しない種ではほとんど浸透圧調節能力がなく、外液の浸透圧に受動的に変化し、塩分濃度が低くても高くても体液浸透圧が変化して死んでしまう。また海水と淡水の混ざり合う河川の感潮域(汽水域)に生息する種では、ある程度の薄い塩分濃度に対して、体液浸透圧を保つ働きがみられ、通常の海水の塩分濃度(3%前後)の他に薄い塩分濃度の範囲でも生存できる能力を獲得している。モクズガニはさらにその上をいく体液浸透圧調節能力があり、かなり薄い塩分濃度に対して耐える能力があるだけでなく、高い塩分濃度に対してもある程度浸透圧を保つ能力があることが知られている。このことは塩分濃度の低い淡水環境だけでなく、塩分濃度の高まる干潟の潮間帯の環境への適応能力が備わっていることを意味する。

甲殻類は開放血管系であり、血液組織液リンパ液)が分化しておらず、両者の機能を兼用する血リンパが全身を循環している。そのため脊椎動物でみられるような閉鎖血管系が、迅速に全身を循環する血液の恒常性を保ながら、その強い緩衝機能に依存して全身組織の細胞環境の恒常性を保っているのに比べると、血リンパ中の浸透圧を一定に保つことは難しい。そこで甲殻類は、高浸透圧環境下では浸透圧調節物質(オスモライト)を蓄積して細胞内浸透圧を上昇させ、細胞容積を保つよう進化してきた。このようなメカニズムは「細胞内等浸透調節」と呼ばれている。容易に生合成の可能な非必須アミノ酸であるグリシンアラニンは、多くの無脊椎動物種で最も有効なオスモライトとされている。モクズガニの成体では、淡水域にいる間に細胞内に無機イオンとD-およびL-アラニンのみを細胞内に蓄積させて回遊に備え、河口に達するとさらにこれを増加させ、海ではD-およびL-アラニン以外に無機イオンに代えてグリシンを大きく増加させ細胞浸透圧を高めていることが明らかにされている。つまり成体は淡水にいる間に既に海域に下る準備が体内でできているということである。

生活史[編集]

川に生息するモクズガニだが、幼生は塩分濃度の高いでないと成長できない。そのため一生の間に海と河川の間を回遊する「通し回遊」の習性が生活史にみられる。ヤマトヌマエビミナミテナガエビなど、淡水産のエビ類の多くも同様に通し回遊を行うが、これらはおもに淡水域で繁殖を行い幼生が海域へ流れ下る「淡水性両側回遊」と呼ばれるタイプである(魚類ではアユがあてはまる)。モクズガニはこれらとは異なり、親が海域へ移動し海域で繁殖を行う「降河回遊」(魚類ではウナギがあてはまる)というタイプである。琵琶湖や鹿児島県の池田湖など、海から遡上してくる経路の乏しい湖で大型個体が採集されることもあるが、海域での繁殖を活用しているモクズガニでは、淡水域で繁殖を行い生活史を全うする「陸封化」個体群は報告されたことはなく、進化する可能性も低いと考えられる。逆に淡水域に遡上せず、海域で生活史を全うする個体群(ウナギでは確認されている)も、報告されたことはない。

交尾をするモクズガニ

秋になると成体は雌雄とも川を下り、河川の感潮域の下流部から海岸域にかけての潮間-潮下帯で交尾を行う。雄は海岸を放浪する習性が強く、交尾相手の雌を探して数km以上移動することも可能である。しかし雄は繁殖可能な雌を識別することはできず、視覚でのみ相手を確認して求愛行動もなく接近し、雌に抱きつき交尾を挑む。相手をよく確認できないため場合によっては未成体の雌や雄、他種に抱きつくことさえある。鋏脚の毛は配偶行動において使われるという説があるが、モクズガニの交尾のプロセスを見る限り全く関係が認められない。カニの中にはワタリガニ類など雌が脱皮直後の外骨格の軟らかい状態でのみ交尾をする種類がいるが、モクズガニの雌は外骨格が硬い状態で交尾をする。しかし雌は産卵可能な程度に卵巣が発達していないと交尾を受け入れない。海域に出現する雌は必ずしも卵巣が発達していないため、雄を拒絶し、拒絶された雄が諦めて離れるのがしばしば観察される。放卵中の雌も雄を拒絶し、孵化させた後は次の産卵の直前でないと交尾を受け入れない。雌が雄を受け入れた場合は、数十分程交尾が続く。交尾を解いたあと、雄は雌を抱きかかえ他の雄に奪われないよう交尾後ガードを行う。通常ガードは1日以内で終わる。大きな鋏脚を持った大きな雄ほど配偶成功率は高く、他のペアから雌を奪い交尾することや、ガード中に他の雄を追い払いながら雌をしっかりと捕まえておくことができる。

抱卵した成熟メス(甲幅7cm)
(2007年9月・千葉市)

雌は交尾後直径0.3-0.4mm程度の卵を産卵して腹肢に抱え、孵化するまで保護する。生涯産卵数は雌のサイズに応じて20万-100万の幅がある。このような産卵生態は、海産の他のイワガニ類同様の小卵多産の傾向であり、海域へ多数の幼生を放出し分布域を拡大させる繁殖戦略であるといえる。胚発生に要する期間(抱される期間)は、水温に応じて2週間から2ヶ月以上の幅がある。

孵化したゾエア幼生は0.4mmたらずで、遊泳能力の乏しいプランクトン生活を送るが、この時期は魚などに多くが捕食され、生き残るのはごくわずかである。しかし一方でこの時期の幼生は、浮力を調節したり垂直方向に移動することで潮流に乗り、広く海域を分散すると考えられる。そのため各河川に分布する個体群はそれぞれが孤立しているわけではなく、海域の幼生を通じてつながっているメタ個体群構造を成していると考えられる。それを裏付けるように、日本列島内では南西諸島を除くと遺伝子レベルの差異が非常に小さく、実際に河川どうしの交流が盛んであることが明らかになっている。

ゾエア幼生は10月や6月の水温の高い時期は2週間程度、冬の12月-2月にかけては2-3ヶ月で5回の脱皮をし、エビに似た形と遊泳法(腹肢による積極的な遊泳)を持つメガロパ幼生へと変態する。一般に完全に淡水適応したカニ類では幼生期間の欠落や短縮がみられるが(たとえばサワガニ類やジャマイカ産のイワガニ類など)、モクズガニのゾエア5期、メガロパ1期という脱皮齢数は、他の海産のイワガニ類と比べても短いわけではなく、同様に浮遊幼生の期間を過ごしているということができる。

遊泳能力の増したメガロパ幼生は、大潮の夜満潮時に潮に乗り、一気に海域から河川感潮域へ遡上する。メガロパ幼生は淡水に対する順応性が備わっており、満潮時以外ほとんど淡水の流れる河川感潮域の上部に着底する。またメガロパ幼生は流れに対し正の走性があるため、瀬や魚道の直下に集中して着底する傾向がある。同様な環境に着底するカニのメガロパ幼生にオオヒライソガニやクロベンケイガニがいるが、モクズガニは甲長2mm程度、オオヒライソガニは4mm、クロベンケイガニが1mm程度で容易に識別できる。メガロパ幼生は10日前後で甲幅2mm程度の1齢稚ガニに変態する。着底時期は秋(10月-12月)および晩春から初夏(5月-6月)の2つのピークがある。

稚ガニは変態後しばらく成長したのち、甲幅5mm程度になると上流の淡水域へ遡上分散を開始し、おもに甲幅10mm台の未成体が成長しながらかなり上流まで分布域を拡げる。このサイズの未成体は歩脚の長さが相対的に長く、移動するのに適した形態を持っており、垂直な壁もよじ登ることができる。そのため遡上の障害になる河川に作られた横断工作物(堰など)も、ある程度の高さまではたやすく越える事ができ、魚道の護岸壁を水面から上がった状態で移動している個体も各地で目撃されている。いくつかの河川の魚道では、このようなカニが移動しやすいように、漁協や河川工事事務所により麻などでできた太い綱が水面近くに垂らされている。またこの分散中の未成体は淡水魚に捕食される可能性が高く、ニゴイでは胃袋を大量のカニで満たしたものも確認されている。未成体は河川で成長し、冬季の低水温期を除き脱皮を続ける。変態後1年で甲幅10mm台、2年で20mm台に達し、多くは変態から2-3年経過したのち夏から秋に成体になる。

成体はおもにその年の秋から冬にかけて川を下るが、地域によっては春になってから下るものがいる。雨が降り増水した時にカニの動きが活発になるので、下る個体が多い。堰のある川では、秋になるとしばしば川を下る成体が堰の直下の護岸壁にへばりついているのが観察される。しかし滝や堰を下るカニには水に流されて落下するものも多く、落差の大きな堰やダム、堰の直下にコンクリート製のたたきがある川では、叩きつけられて死んでいるカニがみつかることもある。また川を下る行動のピークは11月頃であるが、感潮域ではこの頃になると、環境の変化に耐えられず繁殖に参加する前に死んだと思われる成体の死骸が多数みられるようになる。またこの頃陸上を移動する個体が観察されることもある。

河口域から海域では9月から翌年6月にかけてのほぼ10ヶ月、繁殖に参加する成体が観察される。雌は4-5ヶ月の間に3回の産卵を行い、回を経るごとに産卵数は減少する。繁殖期の終わりになると雌雄とも疲弊してすべて死滅し、河口付近の海域では多数の死体が打ち上げられる。死骸はウミネコなど海鳥にとってはよい餌となる。一度川をくだり繁殖に参加すると、雌雄とも脱皮成長することなく繁殖期の終わりには死亡するため、二度と川に戻ることはない。寿命は産卵から数えると、多くは3年から5年程度と考えられる。

これまで、モクズガニは祖先が海域から河川へと分布を拡げ、淡水環境での成長という形質を獲得したものの、歴史が浅くサワガニ類のような完全な淡水環境での繁殖能力を獲得できていない、「まだ進化の途上にある種」とみなされることも多かった。しかし繁殖戦略や幼生の発生と分散から明らかなように、実際にはそうではなく、河川淡水域での成長と海域での繁殖による分布域拡大という、両方向の環境への適応を活用している種であるということができる。

分布[編集]

小笠原を除く日本全国、樺太、ロシア沿海州朝鮮半島東岸、済州島台湾香港周辺まで分布する[1]。分布域はチュウゴクモクズガニの分布域である中国東岸部から東北部、朝鮮半島西岸を取り囲むように、亜熱帯から亜寒帯までの広範囲にわたっている[1]。そのため外骨格の形態は共通でも、南方の個体群と北方の個体群では遺伝子のレベルである程度の隔たりがある可能性が強い[2]

やその周辺の水用水路河口海岸などに生息する。一般的に、同じ川にすむサワガニよりは下流域にすみ、また同じイワガニ科のアカテガニのように乾いた陸上にあがることは少ない。淡水域にいる間は基本的に夜行性で、昼間は水中の石の下や石垣の隙間などにひそみ、夜になると動きだす。海に下ると潮の干満に合わせた行動もみられるようになり、昼の満潮時でも活動中の個体を観察することができる。

四万十川などの清流や信濃川北上川などの大河で漁獲され、川の豊かさを示すイメージもあるが、都会の富栄養な川や家庭廃水由来の洗剤が流れ込む川、さらには水路のようなごく小さな川でも、流量があり外海と繋がってさえいれば多数分布している。また多くの干潟のカニ類が特定の底質環境を好み棲み分けが見られるのに比べ、モクズガニは砂、泥、岩、転石、コンクリートなど様々な底質に出現し、底質に対する選好性は比較的弱い。そのため様々な環境に適応する能力があるのは確かである。

スナガニ類やベンケイガニ類、同属のチュウゴクモクズガニと異なり、底質が固い粘土質である場合を除いて細長い巣穴を掘ることはまれである[3]。特定のなわばりを持つこともないようで、移動性が高く、水中の岩の下に複数の個体が同居することも普通である。水流に対しては正の走性があるようで、淵に比べ瀬を好む傾向がある。しかし完全に瀬にのみ分布が集中するわけではなく、瀬頭から淵尻にかけての周辺に高密度の分布がみられる場合もある。堰がある場合も同様で、堰の直上の堪水域と直下の急流域にかけて分布が集中する場合がある。

利用[編集]

抱卵中のメス
可食部。黄色い部分が中腸腺。赤い部分が卵巣。右側の濃緑色部は外子。
調理例。上海蟹風に中国産香酢をつけて食べる。

[編集]

日本各地で「ツガネ」「ツガニ」(津蟹)、「ヤマタロウ」(山太郎)などという方言でよばれ、古来から食用にされてきた。漁はふつう秋から冬にかけて産卵のために川を下るモクズガニを狙い、のような仕切りを併用した籠漁などがおこなわれる。

消費傾向は地域により差があり、多くの地域で地元で自家消費される他、県内で販売され消費される地域が多い。九州は消費の盛んな地域であり、鹿児島、宮崎、大分、島根などから福岡や北九州方面へ出荷されている。炭坑のあった筑豊では、穴から出られるという縁起担ぎのために食する習慣があった。また富山や福井から関西・中京方面へ出荷されることもある。四国では仁淀川や四万十川のものが有名である。取引きされる場合、多くはkgあたり1000円から2000円程度の卸値で扱われるが、関東や九州などの一部の地域では季節により3000円以上の高値が付くこともある。

資源保護[編集]

乱獲が心配されているため、内水面漁協による河川内の資源育成事業が各地で行われている。とりわけ、卵から孵した幼生をアルテミア(ブラインシュリンプ)などを餌として比較的容易に稚ガニにまで育てることができるので、育てた稚ガニを放流する増殖事業が、大分県、広島県、山口県、和歌山県、新潟県など各地で行われている。放流により心配される、遺伝的多様性の喪失や、他地域から異なる遺伝子集団を混入させることで生じる遺伝的撹乱については、本来日本産のモクズガニが遺伝的多様性が低いため、他の淡水産の漁獲対象種と比べてほとんど問題とならないということもわかっている。

食用[編集]

食用部はおもに、甲を開くと現れる「カニミソ」と呼ばれる中腸腺(黄色)と、脚の付け根にある筋肉の一部であり、さらに成熟したメスでは発達した卵巣(生時褐色、加熱すると橙色)、オスでは大型の鋏脚の筋肉も味わうことができる。海産のカニと異なる独特の甘みの強いかにみそは、珍味として愛好され、特に卵巣の発達したメスはオスよりも珍重される。料理は塩茹でやがん汁などがあり、郷土料理として供する所も多い。ただし、漁獲され食用に供されるのは川で採れる個体が中心であり、内水面漁業では重要漁獲種ではあるものの、海に下った個体は相手にされないことも多い。むしろ定置網にかかる魚を横取りする邪魔者とみる海面漁業者もいる。

感染症[編集]

なおサワガニが肺気腫気胸を引き起こす肺吸虫(旧称:肺臓ジストマ)の一種ウェステルマン肺吸虫 Paragonimus westermani (Kerbert, 1878) の第2中間宿主となるのと同じく、この3倍体型でヒトでも成熟した成虫にまで発育するベルツ肺吸虫 Paragonimus pulmonalis (Baelz, 1880) の第2中間宿主となるので、料理の際にはよく火を通さなければならない。がん汁の調理の場合には臼などで叩き潰す工程があり、このときに飛び散った吸虫のメタセルカリア幼生が他の食品に付着して摂取される危険性があるので、さらに注意を要する。肺吸虫の寄生は体部筋肉および脚筋肉、および鰓の血管内が多く、内臓部には少ない。また関節付近に多く出現することから、関節の軟甲部から吸虫がカニへ侵入することが多いと考えられる。カニの吸虫寄生率が高い地域でも現在では人の感染症が報告されることはまれであるものの、人以外の野生哺乳動物への感染経路は無視できないと考えられている。

伝承など[編集]

食用のみならず、モクズガニにまつわる伝承や地名などは各地にあり、なじみ深い動物だったことがうかがえる。たとえば長崎県西海市大瀬戸町雪浦川には「つがね落としの滝」(つがねの滝)というがあるが、これは産卵のため川を下るモクズガニが滝から落ちる様から名づけられたものと思われる。

福岡県大牟田市の夏祭りには10メートル余りの大蛇(龍)の山車が出され、大蛇の目玉争奪戦がくりひろげられる勇壮な祭りがある。その由来は諸説があるが、その1つに大牟田市三池地区の大蛇伝説がある。大蛇の生贄にされようとしたお姫様を大ツガネ(モクズガニ)がハサミを振って格闘の末、大蛇から救ったという話で、ツガネのはさみで大蛇が3つに切られ3つの池となったという。三池の名称は三池炭坑で有名だが、大牟田の一地域を示すとともに、一般的に大牟田の別称として企業名などにもよく使われる。

また、さるかに合戦の別伝で、カニがサルから奪ったカキを持って巣穴に逃げ込む話がある。サルが怒って「それでは巣穴に糞をひり込んでやる」と言って尻を向けたので、蟹がサルの尻の毛を鋏でむしった。それ以来、サルの尻から毛がなくなり、蟹の鋏には毛が生えるようになったという。

近縁種[編集]

モクズガニ(左)、チュウゴクモクズガニ(右)の比較。前側縁の突起が、モクズガニは3箇所、チュウゴクモクズガニは4箇所ある。

モクズガニ類には甲の形態と鋏脚の毛の発達状態から[4]、モクズガニ Eriocheir japonica の他にチュウゴクモクズガニ E. sinensisヘプエンシス E. hepuensisオガサワラモクズガニ E. ogasawaraensis、ミナミモクズガニ Platyeriocheir formosa、ヒメモクズガニ Neoeriocheir leptognathus が知られている[5]

種の記載はモクズガニが一番早く、シーボルトが日本から持ち帰った標本を元に1835年に記載された[6]。日本の動物相をヨーロッパに紹介した書物であるファウナ・ヤポニカには雄のモクズガニの立派な挿絵が描かれている。その後チュウゴクモクズガニが1853年、ヘプエンシスはモクズガニの亜種扱いから新たに1991年[7]、ヒメモクズガニは1913年に記載されたものである[8]。ミナミモクズガニは1939年に最初に Eriocheir rectus として記載されたが、大陸産の他種との混乱から新たに1995年に種名変更を行い、台湾産の個体をもとに記載し直したものである[9]。オガサワラモクズガニは2006年に記載されたばかりである[7]。ヒメモクズガニとミナミモクズガニはもともと Eriocheir 属であったが、3種(モクズガニ/チュウゴクモクズガニ/ヘプエンシス)との差を評価して、1999年に整理が行われた際に別属に直された[9]

モクズガニ類は、河口域の干潟のみに産するヒメモクズガニ以外は、すべて河川と海の両方に分布する通し回遊種である[8]。 ヘプエンシス E. hepuensis Dai は、突起の発達程度などに関してモクズガニとチュウゴクモクズガニの中間的な形態を有している[7]。報告は非常に少ないが、分布域は広東省よりさらに南部の広西省自治区合浦県周辺である[7]

オガサワラモクズガニ E. ogasawaraensis Komai は小笠原諸島固有種で、分布が限られ個体数も少ないため環境省のレッドデータブックでも絶滅危惧II類 (VU) に指定され、保護が必要とされている[7]。1970年に文献に分布が記録されて以来、従来は本土産と同種とみなされていた[7]。しかし後の調査で、頭胸甲が横に広く、体色が赤紫を帯びていることや、成体ではハサミに生える毛の分布状態が異なること、サイズも甲幅7-10cmが普通で本土産に比べ巨大であることが明らかになり、さらには遺伝子(ミトコンドリアDNA)のレベルでも明らかに本土産と異なっていることから、新種と認定された[7]

モクズガニ属は1990年代以降、国際的に分類学上混乱をきたしているグループである[10]Eriocheir 属のうち3種は遺伝的に非常に近縁であるため、一部の中国(大陸)の遺伝学者がチュウゴクモクズガニとモクズガニとヘプエンシスを亜種扱いにし、最も種記載の早かったモクズガニに統合した論文を発表してしまった[10]。しかしそれを認めない他地域の分類学者はそれを無視し、従来どおり別種として扱っている[10]。そのため学術雑誌においてチュウゴクモクズガニを Eriocheir sinensis とする表記と E. japonica sinensis とする表記が混在するようになってしまった[10]。また染色体数の調査においては、従来 E. sinensisE. japonica で数が異なり別種として明瞭に区別できるとされていたのが、同じ2n=146であったことも明らかとなっている[10]

ミナミモクズガニ Platyeriocheir formosa (Chan, Hung & Yu) は、台湾の東岸部に分布する種で、スプーン状に湾曲した鋏脚を持ち、毛は掌部の外面にみ密生する。中国大陸にも分布すると当初記載されていたが、異種であることが確認され、台湾の固有種ということで新たに記載が行われた[9]。形態的にも遺伝的にもモクズガニ属3種と近いので、Eriocheir 属として扱うことを主張する研究者もいる[9]。現地では食用にされている[9]

ヒメモクズガニ Neoeriocheir leptognathus (Rathbun) は、成体でも甲幅2cm程度までの他種に比べて小型の種であり、遺伝的にも少し離れている[9]。鋏脚の毛は掌部の内面にのみ密生する。歩脚にも毛が密生しており、遊泳することができる[9]。チュウゴクモクズガニと同様の、黄海に面した朝鮮半島西岸域から中国の大陸部の東シナ海沿岸域及び福建省廈門付近までと、ベトナムのトンキン湾沿岸の干満差の大きい泥質の干潟に分布している[9]。朝鮮半島ではガザミと一緒に漁獲され、食用にされるという戦前の報告がある[8]。日本でも佐賀県などの有明海の湾奥部に分布していることが、1983年に初めて記載された[8]。有明海は、日本では唯一大陸に類似した干満差の大きい海域であるため、ムツゴロウなど、日本が大陸と地続きであった頃から取り残されたと考えられる「遺存種」にあたる種が多数分布している[8]。ヒメモクズガニもその一例で現地では知られているようだが、くわしい研究報告は非常に少ない[8]。そのため2001年度の「河川水辺の国勢調査」で筑後川においてヒメモクズガニがはじめて確認されたことが話題となった[8]

最初にモクズガニ属が詳しく研究されたのは、ドイツに侵入したチュウゴクモクズガニである。1933年には「Die Chinesische Wollhand Krabbe in Deutschland(ドイツにおけるチュウゴクモクズガニ)」という報告がまとめられ、形態や回遊する生態、侵入による被害まで記録されている[11]

中国から朝鮮半島にかけてのモクズガニ類の研究は、最初はおもに戦前統治していた日本の研究者により進められた。1935年の「東亜のモクヅガニに就きて」には4種のモクズガニを解説している。また1941年の「朝鮮産甲殻十脚類の研究」では、朝鮮半島に酒に漬けて「酔蟹」として食べる習慣があったが、吸虫の感染を防ぐため統治政府が必ず火を通すよう通達を出したことや、一時期モクズガニの缶詰も製造されたことも書かれている。

脚注[編集]

注釈[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g 小林 (2011)、p.44
  2. ^ 小林 (2011)、pp.44-45.
  3. ^ 小林 (2011)、p.51
  4. ^ 小林 (2011)、p.42
  5. ^ 小林 (2011)、pp.43-44.
  6. ^ 小林 (2011)、p.43
  7. ^ a b c d e f g 小林 (2011)、p.46
  8. ^ a b c d e f g 小林 (2011)、p.48
  9. ^ a b c d e f g h 小林 (2011)、p.47
  10. ^ a b c d e 小林 (2011)、p.52
  11. ^ 小林 (2012a)、p.104

参考文献[編集]

  • 小林哲、2011、「モクズガニ類の侵略の生物学 (1) モクズガニ属の分類学--侵略的外来種チュウゴクモクズガニと日本の在来種モクズガニ」、『生物科学』63巻1号、日本生物科学者協会、ISSN 0045-2033NAID 40018952700 pp. 42-54
  • 小林哲、2012a、「モクズガニ類の侵略の生物学 (2) 侵略的外来種チュウゴクモクズガニの生態学と欧米への侵略の歴史」、『生物科学』63巻2号、日本生物科学者協会、ISSN 0045-2033 pp. 102-117

外部リンク[編集]