パーソロン

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パーソロン
パーソロン.jpg
シンボリ牧場(日高門別)のパーソロン像
英字表記 Partholon
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1960年
死没 1985年10月5日(25歳没・旧26歳)
Milesian
Paleo
母の父 Pharis
生国 アイルランド共和国の旗 アイルランド
馬主 Mrs.A.B.Biddle
調教師 T.Shaw(アイルランド
競走成績
生涯成績 14戦2勝
獲得賞金 13,251ポンド
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パーソロンPartholon1960年 - 1985年)はアイルランド競走馬。父マイリージャンと母パレオの間に生まれた鹿毛サラブレッドである。日本種牡馬として成功し、その系統をパーソロン系と呼ぶこともある。ホモ鹿毛遺伝子の持主で、栗毛や青毛の産駒が存在しない。

略歴[編集]

現役時代は14戦2勝でナショナルステークスとイボアハンデキャップに優勝したのみだが、ロイヤルウィップステークスなど2着が5回あり、アイリッシュダービーで6着、アイリッシュセントレジャーで4着になっている。合計で13,251ポンドの賞金を獲得した。

引退後にシンボリ牧場和田共弘メジロ牧場北野豊吉が共同購入し、1964年に種牡馬として日本に輸入された。産駒2世代目にメジロアサマを出し、その後もダービー馬のサクラショウリ、七冠馬シンボリルドルフ、二頭の桜花賞馬と四頭のオークス馬[1]を輩出した。1971年1976年には日本リーディングサイアーとなっている。

シンボリ牧場物部神社に銅像が建立されている。

兄弟[編集]

パーソロンが日本で種牡馬として成功したため、1歳年上の全兄ミステリー、8歳年下の全弟ペール、10歳年下の全弟マイフラッシュも種牡馬として日本に輸入されたが、パーソロンほどの成功は収めなかった。 ミステリーは菊花賞ノースガストの母の父として名を残している。ペールはサファイヤステークス2着馬のケージーカグラを送り出し、アブクマポーロの母の父でもある。

主な産駒[編集]

太字はグレード制施行前は八大競走、グレード制施行後はGI競走。

ブルードメアサイアーとしての主な産駒[編集]

血統表[編集]

パーソロン (Partholon)血統トウルビヨン系 / Pharos 5×3=15.63%、Tourbillon 4×4=12.50%、Blandford 5×4=9.38%、Heldifann(Durban) 5×5×4=12.50%)

Milesian
1953 鹿毛
My Babu
1945 鹿毛
Djebel Tourbillon
Loika
Perfume Badruddin
Lavendula
Oatflake
1942 鹿毛
Coup de Lyon Winalot
Sundry
Avena Blandford
Athasi

Paleo
1953 鹿毛
Pharis
1936 黒鹿毛
Pharos Phalaris
Scapa Flow
Carissima Clarissimus
Casquetts
Calonice
1940 栗毛
Abjer Asterus
Zariba
Coronis Tourbillon
Heldifann F-No.13-c

4代母HeldifannはTourbillonの母Durbanと全姉妹であり、3代母Coronisはその全姉妹の2×1という濃い近交を持つ。

脚注[編集]

  1. ^ オークスは産駒が四連覇しており、これはディープインパクト桜花賞四連覇で並ぶまで中央競馬クラシック三冠における同一種牡馬による最長連覇記録であった。

外部リンク[編集]