バークレー・バックストン
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| バークレー・フォーエル・バックストン | |
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最後の来日時77歳頃のバックストン
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| 生誕 | 1860年8月16日 イギリス、エセックス州レイトン |
| 死没 | 1946年2月5日 イギリスウィンブルトン |
| 出身校 | ケンブリッジ大学 |
| 職業 | 牧師・宣教師・神学校教師 |
| 配偶者 | マーガレット・レイルトン |
| 子供 | マーレー・バックストン、アルフレッド・バックストン、ゴッドフレー・バックストン |
| 福音派の源流の一つ |
| 松江バンド |
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| 関連記事 |
| 指導者 |
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B・F・バックストン・P・ウィルクス
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| 初期 |
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三谷種吉・堀内文一 |
| ちいさき群 |
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秋山由五郎・土肥修平 |
| その他の弟子 |
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柘植不知人・舟喜麟一 |
| 関連事項 |
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都田恒太郎・有馬聖会 |
| 三大源流 |
| 札幌バンド・熊本バンド・横浜バンド |
| キリスト教 ポータル |
バークレー・フォーエル・バックストン(Barclay Fowell Buxton、1860年8月16日 - 1946年2月5日)は、日本で活躍したイギリスの宣教師。牧師、神学校教師。日本の福音派の源流の一つバックストンとその弟子たちは「松江バンド」と呼ばれるクリスチャン集団を形成したとされる。
目次 |
経歴[編集]
- 1860年8月16日 イギリスのエセックス州レイトンにて、酒の醸造で成功していたバックストン家に生まれる。父は実業家トーマス・バックストン。祖父は英国新5ポンド札の中にも描かれている社会改革に尽くした政治家トーマス・バックストン。(新5ポンド札の左側の集会の中のめがねをかけた人物がトーマス・バックストン)。
- 1874年 名門ハーロー校に入学
- 1879年 ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジに入学。テニスやクリケットの選手としても活躍する。
- 1882年 D.L.ムーディーの集会で献身を決意する。
- 1884年 イタリア、エジプト、イスラエルを旅行する。英国国教会の教職の執事になる。
- 1885年 英国国教会の長老(司祭)になる。ケズィック・コンベンションに初めて参加する
- 1890年 CMSミッション(英国国教会海外宣教局)の宣教師として庭師や家政婦などを伴い総勢9名で来日
- 1891年 島根県松江市に移る。(同じ年に小泉八雲も松江に赴任)
- 1893年 松江市内の赤山(現在の大本島根本苑)に自宅が完成。自宅を拠点に伝道活動、聖書講義を行う。聖書講義内容は『赤山講話』として出版される。[1]
竹田俊造、三谷種吉、堀内文一らがバックストンのもとで修養生活を行う。エミー・カーマイケルがバックストンの元で15ヶ月間滞在。
- 1894年 - 1895年 休暇のためにイギリスへ一時帰国する。
- 1897年 バックストンの協力者としてバゼット・ウィルクス宣教師夫妻が来日。
- 1903年 - 1912年 イギリスに帰国。
- 1903年 バックストンとウィルクスがイギリスでケズィック・コンベンションに参加した際に、日本伝道隊を設立。バックストンが総理、ウィルクスが日本駐在主幹になる。
- 1904年 日本伝道隊が神戸を本拠地として日本での活動を始める(竹田俊造、御牧碩太郎、三谷種吉)。
- 1907年 日本伝道隊聖書学校(現:関西聖書神学校の前身)が神戸市平野に設立される。
- 1913年 - 1917年 再来日し伝道活動を再開。有馬や東京で聖会を開催する。神戸聖書学校で教鞭を執る。(この時の神学生に、沢村五郎、舟喜麟一、柘植不知人、佐藤邦之助、小島伊助、野畑新兵衛らがいる)
- 1921年 - 1935年 ロンドン郊外のタンブリッジウェルズの教会の牧師を努める。
- 1935年 牧師を引退し、ロンドン郊外のウィンブルドンに住む。リッジランド聖書学院の講義を受け持つ。
- 1937年 再び来日し半年間全国を巡回し、125回の講演を行い、後にイギリスに帰る。
- 1946年2月5日 イギリスで死去(85歳)
弟子[編集]
松江時代[編集]
- 笹尾鉄三郎(ささお てつさぶろう,1868年-1914年)東京聖書学院初代院長、淀橋教会牧師
- 竹田俊造(たけだ しゅんぞう、1873年-1950年)日本伝道隊の指導者
- 三谷種吉(みたに たねきち、1868年-1945年)日本伝道隊の指導者
- 堀内文一(ほうち ぶんいち、1875年-1940年)日本自由メソジスト教団の創設者
- 米田豊(よねだ ゆたか、1884年-1976年)バックストンの秘書、東京聖書学院教授、日本ホーリネス教団の指導者
- 大江邦治(おおえ くにはる、1867年-?)アライアンス教団の指導者
神戸時代[編集]
- 澤村五郎(さわむら ごろう、1887年-1977年)聖書学舎(現、関西聖書神学校)創設者、校長
- 舟喜麟一(ふなき りんいち、1889年-1968年)前橋キリスト教会牧師、福音伝道教団の指導者
- 野畑新兵衛(のはた しんべえ,1888年-1990年)日本同盟基督教団の指導者、東京基督教短期大学の創設に関わる。
- 鋤柄熊太郎(すきがら くまたろう,1889年-1956年)日本同盟基督教団の創設者、指導者
- 佐藤邦之助(さとう くにのすけ,1894年-1981年)日本イエス・キリスト教団香登教会牧師。
- 柘植不知人(つげ ふじと,1873年-1927年)日本伝道隊、活水の群の創設者。リバイバリスト
脚注[編集]
- ^ 島根県松江市北堀町赤山にてバックストン邸にて「赤山講話」が始まる。本:赤山講話(福田平治の博広社印刷)松江のバックストン活躍写真有り;福田平治・孫:福田良子所蔵 (イギリス社会福祉について教え、後の「山陰社会事業の父-福田平治」をキリスト教へ導いた)
参考文献[編集]
外部リンク[編集]
関連項目[編集]
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