ナンシー・ペロシ
|
ナンシー・ペロシ
|
|
|
第60代 アメリカ合衆国下院議長
|
|
|---|---|
| 任期 2007年1月4日 – 2011年1月4日 |
|
| 大統領 | ジョージ・W・ブッシュ バラク・オバマ |
| 下院多数党 院内総務 |
ステニー・ホイヤー |
| 前任者 | デニス・ハスタート |
| 後任者 | ジョン・ベイナー |
|
アメリカ合衆国下院議員
カリフォルニア州第8区選出 |
|
| 現職 | |
| 就任 1987年6月2日 |
|
| 前任者 | サラ・バートン |
|
第20代および第22代 下院少数党院内総務
|
|
| 任期 2003年1月3日 – 2007年1月3日 |
|
| 代理官 | ステニー・ホイヤー (院内幹事) |
| 前任者 | ディック・ゲッパート |
| 後任者 | ジョン・ベイナー |
| 任期 2011年1月3日 – 現職 |
|
| 代理官 | ステニー・ホイヤー (院内幹事) |
| 前任者 | ジョン・ベイナー |
|
第20代 下院少数党院内幹事
|
|
| 任期 2002年 – 2003年 |
|
| 指導者 | ディック・ゲッパート |
| 前任者 | デヴィッド・E・ボニアー |
| 後任者 | ステニー・ホイヤー |
|
|
|
| 出生 | 1940年3月26日(73歳) メリーランド州ボルチモア |
| 国籍 | |
| 政党 | 民主党 |
| 配偶者 | ポール・ペロシ (1963-) |
| 子女 | ナンシー・コリーン・ペロシ クリスティーン・ペロシ ジャクリーン・ペロシ ポール・ペロシ アレクサンドラ・ペロシ |
| 居住地 | カリフォルニア州サンフランシスコ |
| 母校 | トリニティ・ワシントン大学 (B.A.) |
| 信仰 | ローマカトリック |
| 署名 | |
| ウェブ サイト |
Speaker of the House |
ナンシー・パトリシア・ダレサンドロ・ペロシ[1] (Nancy Patricia D'Alesandro Pelosi, 1940年3月26日 - ) は、アメリカ合衆国の政治家。第60代合衆国下院議長。民主党所属で、サンフランシスコの5分の4を含むカリフォルニア州第8区から選出されている。合衆国史上最初の女性下院議長であり、イタリア系アメリカ人としても最初の下院議長である。
目次 |
経歴[編集]
メリーランド州出身。カリフォルニア州サンフランシスコなどを選挙区とし下院議員として11回当選を果した民主党のベテラン議員。父親もメリーランド州の下院議員、同州ボルチモア市長を務めた。夫は投資家で資産家。5人の子供を育て、1987年下院に立候補し初当選。2003年にはリチャード・ゲッパートの引退に伴い、当時少数党だった下院民主党のリーダーである下院院内総務となる。
2006年の中間選挙で民主党が下院で過半数を獲得したことにより、2007年1月、ペロシは女性として初[2]の第60代下院議長[3]に就任した[4]。以後2008年の大統領選挙における民主党勝利、連邦議会選での躍進まで、大統領選に勝利したオバマと並んでブッシュ政権末期における民主党躍進の象徴的存在の一人であった。
しかし2010年の中間選挙にかけてオバマ政権の支持が低迷するに従って、リベラルな信条を優先して雇用問題を軽視した元凶として批判を浴びるようになり、対立野党の共和党のみならず民主党内からも批判を受けるなど、この批判が本選挙での下院民主党の苦戦を招く一因となった[5]。その中間選挙において民主党は、下院では60議席以上を失う歴史的大敗を喫して過半数を失い、下院多数党の地位を共和党に明け渡すこととなった。これにより、ペロシ自身も2011年1月に開かれる新しい連邦議会(第112期合衆国連邦議会)では、下院議長の座を共和党のジョン・ベイナー院内総務に譲り退任することが確実となった。歴史的に見て、下院議長を務めていた議員は自ら出身政党が選挙に敗北し少数党となった場合、多くは一介の議員に戻っており[6]、引き続き院内総務やナンバー2の院内幹事[7]など下院少数党指導部の要職を務めるケースは非常に稀であったが[8]、ペロシは第112期連邦議会でも院内総務を務める意欲を示して院内総務選挙に立候補し[9]、2010年11月17日の下院民主党議員総会において行われた選挙で当選を果たした[10]。
主な政策[編集]
ペロシは政策的には中絶や同性婚を擁護するリベラル派とみられている。また、2002年の「対イラク戦争容認決議案」には反対票を投じている。経済政策では石油関連企業向け優遇税制の見直し、中産階級向け減税、又1997年以来時給5.15ドルに据え置かれている最低賃金の引き上げなど、格差是正を主張している。
後述の中国ほどでないがベトナム政府が反体制派、宗教活動家、民主運動家らを弾圧している事にも批判し、これによりペロシは共産主義独裁体制には批判的と言える。
2008年12月のイスラエルによるガザ空爆では「米国は友好的民主国家を力強く支えるべきだ」と主張し空爆を支持、親イスラエル姿勢を強調した。
対中政策[編集]
ペロシは中国政府の人権抑圧政策に厳しい態度をとっており、天安門事件やチベット動乱における中国政府の行為を強く批判しているため、民主党内では最も中国に厳しい議員の一人とも言われている。1991年の訪問で天安門広場で「中国の民主化のために犠牲になった人たちへささぐ」と中国語と英語で書かれた幕を掲げ、天安門事件の弾圧を批判したことがある。2008年は中国の人権問題を理由に、ジョージ・W・ブッシュ前大統領に北京オリンピック開会式の出席をボイコットするよう迫った。2009年の訪中の際にペロシの前に数十人の陳情者が「ペロシ、中国の人権に関心を持って」などと共産党の腐敗を訴えたが警官に拘束される場面を目撃しており[11]、さらに清華大学で講演を行ったが、中国の人権問題に関する言及はなかった。2009年にダライ・ラマ14世の訪米の際にオバマ大統領は親中派で中国との関係を重視しているため会談を見送ったが、ペロシは下院外交委員長を務めた故トム・ラントスにちなんで創設された人権賞を贈った[12]。
対日政策~広島訪問[編集]
2008年9月2日には広島市で行われたG8下院議長会議のため来日し、参加各国議長とともに平和記念公園の原爆死没者慰霊碑に献花を行った。これまで同慰霊碑に献花を行った現職の米要人としては過去最高クラスの人物である。さらに各議長は広島平和記念資料館を訪れ、被爆者の体験談も聞いた[13]。
注釈[編集]
- ^ 日本では「ペロシ」と表記されることが多いが、実際の発音は二重母音/長母音の[pəlóusi](つまりペローシーないしはペロウシーという表記が実際の発音に近い)である。
- ^ イタリア系アメリカ人としても初。
- ^ 下院議長は副大統領に次ぐ大統領職継承権第三位の要職。
- ^ 伝統的に下院で多数となった党の院内総務が下院議長に昇格する。
- ^ 「新旧」下院議長泣き笑い東京新聞2010年10月30日
- ^ ただし、当該選挙で自身が当選できた場合に限る。トム・フォーリー元下院議長のように、現職の下院議長でありながら落選してしまったケースもある。
- ^ ただし、アメリカの下院においては下院議長職の党派色が強いため、多数党の場合そのリーダーは下院議長であり、院内総務はナンバー2、院内幹事はナンバー3となる。
- ^ 下院院内総務職が初めて設けられた1899年以後で、下院議長を務めている際に自身の出身政党が選挙で少数党に転落し、その後少数党になってからも党指導部の要職を務めた例は、第83期連邦議会(1953年1月3日 - 1955年1月3日)で下院議長を務めた後、第84期連邦議会(1955年1月3日 - 1957年1月3日)および第85期連邦議会(1957年1月3日 - 1959年1月3日)で共和党下院院内総務を務めたジョゼフ・W・マーティン・ジュニアの例が最後である。また、院内幹事を務めた例は存在しない。
- ^ “民主ペロシ氏、業績後退させぬと院内総務立候補” (日本語). 読売新聞. (2010年11月6日) 2010年11月6日閲覧。
- ^ “米民主党下院院内総務にペロシ氏” (日本語). ウォール・ストリート・ジャーナル日本版. (2010年11月8日) 2010年12月5日閲覧。
- ^ [1]
- ^ “ダライ・ラマに米議会で人権賞、オバマ大統領は面会せず”. ロイター (2009年10月7日). 2011年1月10日閲覧。
- ^ 「議長サミット開幕広島慰霊碑に献花」 『読売新聞』2008年9月2日付夕刊。
外部リンク[編集]
- Pelosi's House web page - Twitter(@SpeakerPelosi)
- Speaker of the House Official website
- Biography at the Biographical Directory of the United States Congress
- Voting record maintained by The Washington Post
- Biography, voting record, and interest group ratings at Project Vote Smart
- Issue positions and quotes at On The Issues
- Current Bills Sponsored at StateSurge.com
- Financial information at OpenSecrets.org
- Campaign finance reports and data at the Federal Election Commission
- Collected news and commentary at The New York Times
- NancyPelosi Channel at YouTube
- Nancy Pelosi conversations at Charlie Rose
- The American Ireland Fund Peace Award recipient
- Video Biography NIAF Lifetime Achievement Award
- Trinity Graduates Win Re-election: House Democratic Leader Nancy Pelosi '62 Poised to Become Speaker, Kansas Governor Kathleen Sebelius '70 Wins Second Term from Trinity Washington University, November 8, 2006
- Rolling With Pelosi, from Newsweek, October 23, 2006
- Pelosi mines 'California gold' for Dems nationwide: Personal skills, wide network of wealthy donors help party's House leader gather millions, from sfgate.com, April 3, 2006
- Pelosi rides high, from The Economist, Feb 22, 2007
- This Is What a Speaker Looks Like, the Winter 2007 cover story to Ms. magazine
| 議会 | ||
|---|---|---|
| 先代: デニス・ハスタート |
2007年1月4日 - 2011年1月4日 |
次代: ジョン・ベイナー |
| 先代: ロン・デルムス |
カリフォルニア州選出下院議員 カリフォルニア州第8選挙区 1993年1月3日 – present |
現職 |
| 先代: サラ・バートン (1987年2月21日死去) |
カリフォルニア州選出下院議員 カリフォルニア州第5選挙区 1987年6月2日 – 1993年1月3日 |
次代: ボブ・マツイ |
| 先代: フレッド・アプトン |
下院議員の先任序列 39位 |
次代: ジェリー・コステロ |
| 党職 | ||
| 先代: ビル・リチャードソン |
民主党全国大会議長 2008 |
次代: - |
| 先代: ディック・ゲッパート ステニー・ホイヤー |
下院少数党院内総務 2003 - 2007(第20代) 2011 - 現職(第22代) |
次代: ジョン・ベイナー (現職) |
| 先代: デヴィッド・E・ボニアー |
下院少数党院内幹事 2002 - 2003 |
次代: ステニー・ホイヤー |
| 儀礼席次 | ||
| 先代: ジョー・バイデン 副大統領 ジル・バイデン セカンドレディ |
アメリカ合衆国の儀礼席次 下院議長 |
次代: ジョン・ロバーツ 最高裁長官 |
| 大統領職継承順位 | ||
| 先代: ジョー・バイデン 副大統領 |
2nd in line 下院議長 |
次代: ダニエル・イノウエ 上院仮議長 |