セーム・シュルト

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セーム・シュルト
基本情報
本名 セム・スヒルト
通称 K-1史上初3連覇王者
最凶王者
最凶巨神兵
巨大格闘ロボ
Hightower
悲しみの巨神兵
国籍 オランダ
誕生日 1973年10月27日(35歳)
出身地 オランダ
南ホラント州ロッテルダム
所属 デーブ・ヨンカース道場
ゴールデン・グローリー
身長 212cm
体重 137.4kg
階級 ヘビー級DREAM
スタイル 空手
テーマ曲
セーム・シュルト
基本情報
本名 セーム・シュルト
通称 K-1史上初3連覇王者
最凶王者
最凶巨神兵
巨大格闘ロボ
Hightower
階級 スーパーヘビー級K-1
国籍 オランダ
誕生日 1973年10月27日(35歳)
出身地 オランダ
南ホラント州ロッテルダム
スタイル 空手
プロキックボクシング戦績
総試合数 34
勝ち 29
KO勝ち 14
敗け 4
引き分け 1
  

セーム・シュルトSeim SchiltSemmy Schilt、男性、1973年10月27日 - )は、オランダロッテルダム出身の総合格闘家キックボクサー空手家ゴールデン・グローリー所属。

北斗旗無差別級優勝2回、第9代キング・オブ・パンクラシストK-1 WORLD GP 2005、2006、2007王者。初代K-1世界スーパーヘビー級王者。

巨体から繰り出される空手仕込みの鋭い打撃と、大きく長い手足を活かした距離の取り方と関節技が武器。得意技は膝蹴り前蹴り、左ジャブ、突き。もともとはオランダ極真武道会の総合格闘家であり、2004年まで日本の総合格闘技イベント「PRIDE」に参戦していた。現在はK-1で史上初のWORLD GP 3連覇を達成するなど活躍中である。

現地オランダではセム・スヒルト英語ではセミー・シュルトと発音される。1994年の北斗旗オープントーナメント初参戦時、大道塾塾長東孝が「セーム・シュルト」と呼んだことから、そのまま定着したものであり、本人もSeimと名前を表記する事がある。

目次

[編集] 来歴

[編集] 総合格闘技

着衣総合格闘技団体大道塾主催の北斗旗オープントーナメントには1994年から4年連続出場。1994年11月5日には品野圭司選手に一本負けで1回戦敗退。翌年の11月11日には準決勝まで進出するも、中山正和に敗退。3位に終わる。

1996年は組み技のトレーニングに集中的に取り組み、当時大道塾と関係の深かったパンクラスにも出場。山田学近藤有己柳澤龍志渋谷修身と試合をした。そして11月16日には北斗旗オープントーナメントで外国人初の優勝者となる。

1997年パンクラスで5試合をこなし、11月16日の北斗旗オープントーナメントでは他の選手を全く寄せ付けず優勝し2連覇を達成する。

その後、パンクラス、UFCPRIDE等を転戦した。しかしUFCではジョシュ・バーネットに敗れ、PRIDEでは後のヘビー級王者エメリヤーエンコ・ヒョードルアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラらPRIDEのトップ級選手に敗れる。

2003年12月31日、『INOKI BOM-BA-YE 2003』にてジョシュと再戦するが、3ラウンドに腕ひしぎ十字固めで一本負け。

2004年4月25日、『PRIDE GRANDPRIX 2004 開幕戦』のヘビー級グランプリ1回戦でガン・マッギーを破るが、6月20日の『PRIDE GRANDPRIX 2004 2nd ROUND』のグランプリ2回戦でセルゲイ・ハリトーノフマウントパンチ鉄槌打ちの連打を受けTKO負け。この試合を最後にPRIDEから撤退した。

以降はK-1に参戦、2005年2006年2007年とK-1 GP3連覇を果たす。同時にK-1と同じFEGが興行する格闘技イベントHERO'Sにも参戦する。

2006年8月5日HERO'Sキム・ミンスと対戦し、三角絞めで一本勝ち。

2008年1月12日、オーストリアで行われたLord of the Ringでギュールミノ・ナドルにパウンドでKO勝ち。

2008年12月31日Dynamite!! 〜勇気のチカラ2008〜マイティ・モーとDREAMルールで対戦し、三角絞めで一本勝ちを収めた。試合後、「自分の思うスタンドでの展開と違ったが、勝ててよかった。メディアは私のファンがいないと面白おかしく言っているが、実際はすごく声援を受けているんだなと。来年の目標はWORLD GPのトーナメントに入れてもらうことです」とコメントした。

[編集] K-1

2002年4月21日K-1初参戦となるK-1 BURNING 2002において武蔵と対戦、判定勝ち。試合後、「タフなファイトでした。思った通りの試合運びじゃ無かったけど、とりあえず勝ててうれしい。」とコメントした。

2002年8月28日Dynamite!においてアーネスト・ホーストと対戦、引き分け。

2002年10月5日、K-1 WORLD GP 2002 開幕戦においてマイケル・マクドナルドと対戦、判定勝ちし、決勝ラウンドへの切符を手にする。

12月7日に行われる決勝戦の2週間前である11月24日PRIDE.23に参戦し、当時のヘビー級王者ノゲイラと対戦するという強行スケジュールを組み、この試合に敗れ左肩を負傷したことを理由にGP決勝戦を欠場した。

2003年7月13日、K-1 WORLD GP 2003 in FUKUOKAでレミー・ボンヤスキーと対戦し、判定勝ち。

2004年5月20日、IT'S SHOWTIMEにてアレクセイ・イグナショフと対戦し、終始パンチの連打で圧倒されて1RKO負け。

2004年11月6日、TITANSにてヤン・"ザ・ジャイアント"・ノルキヤと対戦し、先制のダウンを奪われるが、逆転して2RKO勝ち。

2005年正道会館に移籍しGPシリーズに復活。身体をそれまでになく絞って臨んだ決勝大会では、長身から繰り出される得意の膝蹴りを活かし、準々決勝ではレイ・セフォーからダウンを奪って圧勝、準決勝で2連覇中の王者レミー・ボンヤスキーを、決勝ではグラウベ・フェイトーザをそれぞれ1ラウンドでKOし、第13代(7人目)のK-1 WORLD GP王者の座に就く。試合後、「今年こそ頂点を取るぞという気持ちが全面に出せた」とコメントした。また、谷川貞治は「K-1史上最強のチャンピオンが出てきた感じ」と実力を絶賛した。その後、大晦日はGP優勝4回のアーネスト・ホーストにTKO勝ち。

2006年は王者の座を固めていくシーズンになったが、初戦ではやや消極的なファイトとクリンチの反則(ルールの変更による。今回に限らず以前もシュルトが得意とする首相撲からの膝の連打についてルール変更された過去がある。)もあり、ピーター・アーツの前に0-2の判定負け。これがK-1における初敗北である(打撃系格闘技通算ではアレクセイ・イグナショフ戦に次ぐ2度目の敗北)。6月3日に韓国で行われたチェ・ホンマン戦では明らかにシュルトが優勢だったにもかかわらず、地元判定によって判定負けを喫した。

ルール改正後不調が続いたシュルトだったが、次第に新ルールに慣れ、よりスタンドテクニックを磨き、開幕戦ではビヨン・ブレギーに1ラウンドKO勝ち。決勝ではジェロム・レ・バンナアーネスト・ホーストピーター・アーツというK-1で一時代を築いた3人に勝利し、史上4人目となるグランプリ連覇を達成した。

2007年3月4日レイ・セフォーとのK-1世界スーパーヘビー級初代王者決定戦で、1ラウンド終盤にセフォーの左フックでK-1初のダウンを喫す。しかし2ラウンド開始早々にカウンターの左ジャブ一撃でセフォーを失神させKO勝ち。

2007年6月23日、K-1 WORLD GP 2007 IN AMSTERDAMにおいて、K-1世界スーパーヘビー級タイトルマッチでマイティ・モーと対戦、勢いにのっているモーに対し、距離を取って決定打を許さず、前蹴りでダウン寸前に追い込み完封し3-0の判定勝ち。

2007年9月29日、K-1 WORLD GP 2007 IN SEOUL FINAL16でGP1回戦をポール・スロウィンスキーと対戦し、1Rに左膝蹴り一撃でKO勝ち。

2007年12月8日、K-1 WORLD GP 2007 FINALでGP準々決勝グラウベ・フェイトーザと対戦し、中盤にグラウベの必殺技であるブラジリアンキックを顔面に浴びてグラつく場面こそあったものの、それ以外では攻め続けて判定3-0の大差で下し、準決勝でジェロム・レ・バンナから2RTKO勝ち、決勝戦ではピーター・アーツから1RTKOを奪い、史上初となるWGP3連覇王者となった。試合後、「来年はまだ誰も成し遂げていない4連覇を達成したい」とコメントした。

2008年4月13日K-1 WORLD GP 2008 IN YOKOHAMAで行われたK-1世界スーパーヘビー級タイトルマッチでマーク・ハントと対戦し、1R終盤に右バックスピンキックでKO勝ち。2度目の防衛を果たした。試合後、「ここまできれいに決まるとは思わなかった」とコメントした。

2008年6月29日K-1 WORLD GP 2008 IN FUKUOKAで行われたK-1世界スーパーヘビー級タイトルマッチでジェロム・レ・バンナと対戦し、2-0の判定勝ち。3度目の防衛を果たした。

2008年9月27日K-1 WORLD GP 2008 IN SEOUL FINAL16ピーター・アーツに0-2の判定負け。しかし試合後のインタビューで、「判定には納得しているか?」との質問にシュルトは「判定について言うことはありません。」と前置きしたものの「アーツ選手もたくさんクリンチをしていた。今日の試合ではレフェリーも観客もアーツ選手を応援していたんじゃないかと思います」と不満を洩らした。さらに決勝大会のリザーバー候補については「ぜひリザーバーの権利を与えてほしい。私は誰が相手でも勝ち抜く自信がある」と自信をのぞかせた[1]が、王者にもかかわらず決勝大会のリザーバーに選出されなかった。

2009年3月28日K-1 WORLD GP 2009 IN YOKOHAMAにてヘスディ・カラケスと対戦。2Rにダウンを奪い判定勝ち。

2009年5月16日IT'S SHOWTIMEにてバダ・ハリと対戦。序盤からパンチの激しい打ち合いとなりシュルトがダウン。立ち上がった後もハリのラッシュに押され2度目のダウンを喫してレフェリーがストップを宣告し1R45秒KO負けとなった。

[編集] K-1での評価・ファイトスタイル

身長212cm、体重136kg、股下102cmの恵まれた体格を生かしたパワフルな打撃は、背の高いファイターにありがちな鈍重さを感じさせない物であり、K-1参戦当初より一部のファンの間ではK-1最強とも称された。

巨体とリーチの長さを活かし距離を取っては強力な前蹴りで主導権を常に握り、また相手がリスク覚悟でインファイトに持ち込もうとすれば、非常にリーチの長い利き腕の左腕によるジャブ(このために左利きながらオーソドックススタイルで構える)と強烈な膝蹴りで迎撃、となかなか死角が存在しない。またそれを乗り越えて打撃を加えても、巨体故にクリーンヒットとなる深い踏み込みを許さない。

そのファイトスタイルゆえにK-1創始者石井和義に煙たがられているという噂があった。事実、2002年のWORLD GP開幕戦ではテレビ解説を務めた石井に相手の顔面を押さえつけるファイトぶりを反則に等しい行為として批判された。

2008年に対戦したピーター・アーツにも「シュルトのファイトはエキサイティングではなく、つまらない」と酷評されている[2]

[編集] 人物・エピソード

  • 爬虫類好き。かつてフジテレビで放送されたK-1 WORLD GP 2005の選手紹介VTRで、自宅で飼っているボアコンストリクター(3匹)を公開し、素手で抱き抱えたまま「Are you hungry?(お腹空いたかい?)」と嬉しそうに戯れていた。その他にも色々な動物を飼っているようである。
  • 非常に真面目な性格で、記者の質問に対しても丁寧に返答することで知られている。また、記者が、シュルトの人気が低い事を揶揄して失礼な質問をしてきた時であっても激怒することなく、対応している。しかし、そういった真面目なコメントの数々が「優等生コメントが多すぎてつまらない」という評判にも繋がっており、特にレミー・ボンヤスキーは「インタビューで、“はい”と“いいえ”としか答えられないシュルトのようなつまらないトークしか出来ない選手に王者の品格は無い」とコメントしている。
  • PRIDEヘビー級グランプリ2回戦にて、セルゲイ・ハリトーノフとPRIDEルールで対戦し、序盤は得意の膝蹴りでハリトーノフの鼻を骨折させるなどシュルトが優位に立っていたが、テイクダウンを奪われてパスガードされた後、強烈なマウントパンチ鉄槌打ちの連打を浴びKO負けを喫した。この試合についてシュルトは「マウントポジションを奪われた時、私がブリッジして返そうとしたら、ハリトーノフはロープを掴むという反則を犯してマウントをキープしていた。あんな反則は許さない。今の私はK-1を主戦場にしているが、再び総合格闘技の練習を積んだ後にハリトーノフに制裁を与える」と語っている(GONKAKUインタビューにて)。
  • K-1 WORLD GP 2008 IN SEOUL FINAL16でアーツに僅差の判定負けを喫した事について、試合直後の記者会見では「判定について言うことはありません」と言うに留めて、「ぜひ決勝大会のリザーバーの権利を与えてほしい。私は誰が相手でも勝ち抜く自信がある」とコメントしていたが、同年のWGP決勝大会のリザーバーからシュルトは外された。この件についてK-1プロデューサー谷川貞治は「シュルト選手と話し合って総合格闘技に行くことを決めました。リザーブマッチで王座に返り咲くという手もあったんですが、彼にはDREAMの王者になってK-1と両方の王者になること、エメリヤーエンコ・ヒョードルと闘いたいという願いがあるみたいですね。次の目標ができてホッとしてますよ」とコメントしていた[3]。しかし、シュルト本人はWGP決勝大会の直前にインタビューを受けた際にリザーバーから外された事について聞かれると、「彼らは、トーナメントから僕を排除したのに加えて、リザーブ権すら与えてくれないなんて…まったく理解できないよ!僕はK-1から追い出されたと感じてる!」と怒りのコメントを残し、さらにWGP開幕戦でのアーツ戦の判定についても「僕にとっても謎だらけだよ!僕はピーター・アーツには負けなかった。あのジャッジ陣には敗北ってことになるのかな。でももし、あれで百歩譲っても、せいぜい延長戦突入でしょ?」と劣勢ではあったが語っている。しかし、それでも「それでも貴方は、まだK-1が好きですか?」という質問に対して、「うん、そういう思いはまだ今も残っているよ。ファンの人たちは僕にとって素晴らしい存在だし、このスポーツそのものも、僕にとって非常にしっくりくるスポーツだ。一人の人間と一人の人間が殴り合い、蹴り合ってファイトする。わかってるだろ?これは本来、すごく分かりやすく、公平で、嘘偽りの無いものなんだよ。…そこに変な損得感情が入り込まない限りはね」と語り、K-1への複雑な想いを吐露している。また、K-1での自身の後継者として同門のエロール・ジマーマンを挙げている[4]

[編集] 戦績

[編集] キックボクシング

キックボクシング 戦績
35 試合 (T)KO 判定 その他 引き分け 無効試合
29 14 15 0 1 0
5 2 3 0
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
× バダ・ハリ 1R 0:45 KO(右ストレート) IT'S SHOWTIME
【初代IT'S SHOWTIME世界ヘビー級王者決定戦】
2009年5月16日
ヘスディ・カラケス 3R終了 判定3-0 K-1 WORLD GP 2009 IN YOKOHAMA
【スーパーファイト】
2009年3月28日
× ピーター・アーツ 3R終了 判定0-2 K-1 WORLD GP 2008 IN SEOUL FINAL16
【1回戦】
2008年9月27日
ジェロム・レ・バンナ 3R終了 判定2-0 K-1 WORLD GP 2008 IN FUKUOKA
【K-1世界スーパーヘビー級タイトルマッチ】
2008年6月29日
マーク・ハント 1R 3:06 KO(右バックスピンキック) K-1 WORLD GP 2008 IN YOKOHAMA
【K-1世界スーパーヘビー級タイトルマッチ】
2008年4月13日
ピーター・アーツ 1R 1:49 TKO(レフェリーストップ:左ストレート) K-1 WORLD GP 2007 FINAL
【決勝】
2007年12月8日
ジェロム・レ・バンナ 2R 1:02 TKO(タオル投入:右足負傷) K-1 WORLD GP 2007 FINAL
【準決勝】
2007年12月8日
グラウベ・フェイトーザ 3R終了 判定3-0 K-1 WORLD GP 2007 FINAL
【準々決勝】
2007年12月8日
ポール・スロウィンスキー 1R 2:26 KO(左膝蹴り) K-1 WORLD GP 2007 IN SEOUL FINAL16
【1回戦】
2007年9月29日
マイティ・モー 3R終了 判定3-0 K-1 WORLD GP 2007 IN AMSTERDAM
【K-1世界スーパーヘビー級タイトルマッチ】
2007年6月23日
レイ・セフォー 2R 0:26 KO(左ストレート) K-1 WORLD GP 2007 IN YOKOHAMA
【K-1世界スーパーヘビー級初代王者決定戦】
2007年3月4日
ピーター・グラハム 5R終了 判定3-0 K-1 PREMIUM 2006 Dynamite!! 2006年12月31日
ピーター・アーツ 3R終了 判定3-0 K-1 WORLD GP 2006 in TOKYO 決勝戦
【決勝】
2006年12月2日
アーネスト・ホースト 3R終了 判定3-0 K-1 WORLD GP 2006 in TOKYO 決勝戦
【準決勝】
2006年12月2日
ジェロム・レ・バンナ 3R終了 判定3-0 K-1 WORLD GP 2006 in TOKYO 決勝戦
【準々決勝】
2006年12月2日
ビヨン・ブレギー 1R 2:21 KO(左ストレート) K-1 WORLD GP 2006 in OSAKA 開幕戦
【1回戦】
2006年9月30日
× チェ・ホンマン 3R終了 判定1-2 K-1 WORLD GP 2006 in SEOUL 2006年6月3日
ロイド・ヴァン・ダム 3R終了 判定3-0 K-1 WORLD GP 2006 in AMSTERDAM 2006年5月13日
武蔵 3R終了 判定3-0 K-1 WORLD GP 2006 in LAS VEGAS 2006年4月29日
× ピーター・アーツ 3R終了 判定0-2 K-1 WORLD GP 2006 in AUCKLAND 2006年3月5日
アーネスト・ホースト 2R 0:41 TKO(ドクターストップ:左膝蹴り) K-1 PREMIUM 2005 Dynamite!! 2005年12月31日
グラウベ・フェイトーザ 1R 0:48 KO(左膝蹴り) K-1 WORLD GP 2005 in TOKYO 決勝戦
【決勝】
2005年11月19日
レミー・ボンヤスキー 1R 2:08 KO(2ノックダウン:左膝蹴り) K-1 WORLD GP 2005 in TOKYO 決勝戦
【準決勝】
2005年11月19日
レイ・セフォー 3R終了 判定3-0 K-1 WORLD GP 2005 in TOKYO 決勝戦
【準々決勝】
2005年11月19日
グラウベ・フェイトーザ 3R終了 判定3-0 K-1 WORLD GP 2005 in OSAKA 開幕戦
【1回戦】
2005年9月23日
ナオフォール“アイアン・レッグ” 2R 2:32 KO(右フック) K-1 WORLD GP 2005 in PARIS
【EUROPE GP 決勝】
2005年5月27日
フレディ・ケマイヨ 3R 1:19 TKO(レフェリーストップ:右ハイキック) K-1 WORLD GP 2005 in PARIS
【EUROPE GP 準決勝】
2005年5月27日
ピーター・ボンドラチェック 2R 2:42 TKO(レフェリーストップ) K-1 WORLD GP 2005 in PARIS
【EUROPE GP 1回戦】
2005年5月27日
モンターニャ・シウバ 1R 1:22 KO(右ローキック) K-1 WORLD GP 2005 in SEOUL 2005年3月19日
ヤン・"ザ・ジャイアント"・ノルキヤ 2R 0:58 KO(左ストレート) 児童福祉チャリティ TITANS 1st 2004年チャンピオンシリーズ 〜新日本キックボクシング&K-1ファイターズ参戦〜 2004年11月6日
× アレクセイ・イグナショフ 1R 1:20 KO(左膝蹴り) IT'S SHOW TIME
【K-1ルール】
2004年5月20日
レミー・ボンヤスキー 5R終了 判定3-0 K-1 WORLD GP 2003 in FUKUOKA 2003年7月13日
マイケル・マクドナルド 5R終了 判定3-0 K-1 WORLD GP 2002 開幕戦
【1回戦】
2002年10月5日
アーネスト・ホースト 5R終了 判定0-0 Dynamite!
【K-1ルール】
2002年8月28日
武蔵 5R終了 判定2-1 K-1 BURNING 2002 〜広島初上陸〜 2002年4月21日

[編集] 総合格闘技

総合格闘技 戦績
41 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
26 14 10 2 0 1 0
14 2 6 6 0
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
マイティ・モー 1R 5:31 三角絞め Dynamite!! 〜勇気のチカラ2008〜 2008年12月31日
ギュールミノ・ナドル 1R 2:45 KO(パウンド Lord of the Ring: Schilt vs. Guelmino 2008年1月12日
キム・ミンス 1R 4:46 三角絞め HERO'S 2006 2006年8月5日
× セルゲイ・ハリトーノフ 1R 9:19 TKO(レフェリーストップ:パウンド PRIDE GRANDPRIX 2004 2nd ROUND
【ヘビー級GP 2回戦】
2004年6月20日
ガン・マッギー 1R 5:02 腕ひしぎ十字固め PRIDE GRANDPRIX 2004 開幕戦
【ヘビー級GP 1回戦】
2004年4月25日
× ジョシュ・バーネット 3R 4:48 腕ひしぎ十字固め INOKI BOM-BA-YE 2003
【無差別級キング・オブ・パンクラス タイトルマッチ】
2003年12月31日
× アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ 1R 6:36 三角絞め PRIDE.23 2002年11月24日
× エメリヤーエンコ・ヒョードル 3R終了 判定0-3 PRIDE.21 2002年6月23日
高山善廣 1R 3:09 KO(左ストレート) PRIDE.18 2001年12月23日
佐竹雅昭 1R 2:18 KO(左ストレート) PRIDE.17 2001年11月3日
小路晃 1R 8:19 KO(スタンドでのパンチ) PRIDE.16 2001年9月24日
× ジョシュ・バーネット 1R 4:21 腕ひしぎ十字固め UFC 32: Showdown in the Meadowlands 2001年6月29日
ピート・ウィリアムス 2R 1:28 TKO(レフェリーストップ:左フック) UFC 31: Locked and Loaded 2001年5月4日
アレクセイ・メドヴェーデフ 3R終了 判定ドロー 2H2H 2 - Simply The Best 2001年3月18日
ボブ・シュライバー 2R チョークスリーパー It's Showtime - Exclusive 2000年10月22日
渋谷修身 20分1本 8:55 TKO(レフェリーストップ) PANCRASE 2000 TRANS TOUR
【無差別級キング・オブ・パンクラス タイトルマッチ】
2000年9月24日]
山本宜久 1R 2:54 TKO(レフェリーストップ) リングス・オランダ「Missisipidreef in Utrecht」 2000年6月4日
高橋義生 20分1本 7:30 TKO(レフェリーストップ) PANCRASE 2000 TRANS TOUR
【無差別級キング・オブ・パンクラス タイトルマッチ】
2000年4月30日
近藤有己 20分1本 2:28 チョークスリーパー PANCRASE 1999 BREAKTHROUGH TOUR
【無差別級キング・オブ・パンクラス タイトルマッチ】
1999年11月28日
美濃輪育久 15分1本 判定3-0 PANCRASE 1999 BREAKTHROUGH TOUR
【ランキング戦】
1999年9月18日
稲垣克臣 10分1本 8:23 KO(膝蹴り) PANCRASE 1999 BREAKTHROUGH TOUR 1999年9月4日
渋谷修身 15分1本 12:06 チョークスリーパー PANCRASE 1999 BREAKTHROUGH TOUR
【ランキング戦】
1999年7月6日
× ギルバート・アイブル 2R 4:58 KO リングス・オランダ「The Kings of the Magic Ring」 1999年6月20日
× 近藤有己 20分1本 判定(ポイント0-1) PANCRASE 1999 BREAKTHROUGH TOUR
【無差別級キング・オブ・パンクラス タイトルマッチ】
1999年4月18日
伊藤崇史 10分1本 1:45 肩固め PANCRASE 1999 BREAKTHROUGH TOUR 1999年3月9日
船木誠勝 20分1本 7:13 KO(ボディブロー) PANCRASE 1998 ADVANCE TOUR
【ランキング戦】
1998年9月14日
ガイ・メッツァー 15分1本 13:15 KO PANCRASE 1998 ADVANCE TOUR 1998年6月21日
高橋義生 15分1本 5:44 TKO(レフェリーストップ) PANCRASE 1998 ADVANCE TOUR 1998年5月12日
ジェイソン・ゴドシー 20分1本 1:47 TKO(ドクターストップ:カット) PANCRASE 1998 ADVANCE TOUR
【ランキング戦】
1998年4月26日
× 船木誠勝 15分1本 判定(ポイント0-1) PANCRASE 1998 ADVANCE TOUR 1998年3月18日
× 長谷川悟史 15分1本 3:56 足首固め PANCRASE 1998 ADVANCE TOUR 1998年2月6日
鈴木みのる 15分1本 9:52 KO(膝蹴り) PANCRASE 1998 ADVANCE TOUR 1998年1月16日
× 近藤有己 20分1本 判定(ポイント0-1) PANCRASE 1997 ALIVE TOUR 1997年6月30日
冨宅飛駈 15分1本 8:59 スリーパーホールド PANCRASE 1997 ALIVE TOUR 1997年5月24日
高橋義生 15分1本 7:00 TKO(レフェリーストップ) PANCRASE 1997 ALIVE TOUR 1997年3月22日
× 船木誠勝 15分1本 5:47 アンクルホールド PANCRASE 1997 ALIVE TOUR 1997年2月22日
× ガイ・メッツァー 20分1本 判定(ポイント0-2) PANCRASE 1997 ALIVE TOUR
【ランキング戦】
1997年1月17日
渋谷修身 10分1本 判定2-0 PANCRASE TOUR 1996 TRUTH 1996年12月15日
× 柳澤龍志 10分1本 0:51 アンクルホールド PANCRASE TOUR 1996 TRUTH 1996年10月8日
× 近藤有己 10分1本 判定1-2 PANCRASE TOUR 1996 TRUTH
【ネオブラッドトーナメント1回戦】
1996年7月22日
山田学 10分1本 5:44 スリーパーホールド PANCRASE TOUR 1996 TRUTH 1996年5月16日

[編集] 獲得タイトル

  • オランダUSA大山空手オープントーナメント優勝(1994年)
  • 全欧芦原空手オープントーナメント優勝(1994年)
  • 全英極真空手オープントーナメント優勝(1994年)
  • モスクワフルコンタクト空手オープントーナメント優勝(1994年)
  • オランダ極真武道会大会優勝(1995年)
  • オープントーナメント北斗旗空手道無差別選手権大会優勝 優勝(1996年)
  • オープントーナメント北斗旗空手道無差別選手権大会優勝 優勝(1997年)
  • 第9代無差別級キング・オブ・パンクラシスト
  • K-1 WORLD GP 2005 in PARIS 優勝
  • K-1 WORLD GP 2005 優勝
  • K-1 WORLD GP 2006 優勝
  • K-1 WORLD GP 2007 優勝
  • 初代K-1世界スーパーヘビー級(100kg以上)王座

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

[編集] 脚注

前優勝者
レミー・ボンヤスキー
K-1 WORLD GP 2005優勝

2005年11月19日

次優勝者
セーム・シュルト
前優勝者
セーム・シュルト
K-1 WORLD GP 2006優勝

2006年12月2日

次優勝者
セーム・シュルト
前優勝者
セーム・シュルト
K-1 WORLD GP 2007優勝

2007年12月8日

次優勝者
レミー・ボンヤスキー
前王者
N/A
初代K-1世界スーパーヘビー級王者

2007年3月4日 - 現在

次王者
N/A