ジョシュ・バーネット

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ジョシュ・バーネット
JoshBarnett BBPromo.jpg
基本情報
本名 ジョシュア・ローレンス・バーネット
(Joshua Lawrence Barnett)
通称 ザ・ウォーマスター (The Warmaster)
ザ・ベビーフェイスド・アサシン
(The Baby Faced Assassin)
蒼い瞳のケンシロウ
世界を駆けるベルトコレクター
世界最強のオタク
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生年月日 1977年11月10日(36歳)
出身地 ワシントン州シアトル
所属 AMCパンクレイション
新日本プロレス
→フリーランス
→CSW
身長 191cm
体重 117kg
リーチ 198cm
階級 ヘビー級
スタイル キャッチ・アズ・キャッチ・キャン
レスリング柔道ムエタイ[1]
テーマ曲 War (Bolt Thrower)[2]
テンプレートを表示

ジョシュ・バーネットJosh Barnett、男性、1977年11月10日 - )は、アメリカ合衆国総合格闘家プロレスラーワシントン州シアトル出身。CSW所属。ブラジリアン柔術黒帯。現無差別級キング・オブ・パンクラシスト。元UFC世界ヘビー級王者。

ニックネームは「ザ・ウォーマスター」、「ザ・ベビーフェイスド・アサシン」(ベビーフェイスの暗殺者)。また、漫画アニメをこよなく愛し、おたく文化にも造詣が深く、特に『北斗の拳』のケンシロウの熱烈なファンであることから、日本では「蒼い瞳のケンシロウ」、「世界最強のオタク」の異名を持つ。

K-1 ROMANEXではボブ・サップを指導したことから、「野獣の調教師」と紹介されていた。

来歴[編集]

総合格闘技[編集]

レスリング柔道ムエタイを経験[3]。1997年に18歳でプロ総合格闘技デビュー。

1999年9月、「SuperBrawl 13」のヘビー級トーナメントで優勝を果たした。

2000年2月、「SuperBrawl 16」でUFCスーパーファイト王者のダン・スバーンに一本勝ちを収めた。

2000年3月、ADCC 2000の99kg以上級と無差別級に出場し、どちらも1回戦で敗退した

2001年2月23日、「UFC 30」でペドロ・ヒーゾにKO負け。キャリア11戦目で初黒星を喫した。同年6月29日の「UFC 32」では無差別級キング・オブ・パンクラシストセーム・シュルト腕ひしぎ十字固めで一本勝ち。

2002年3月22日、「UFC 36」で王者ランディ・クートゥアをTKOで下し、史上最年少で第7代UFC世界ヘビー級王座を獲得するが、後のステロイド・ドーピング薬物検査にて陽性反応が出たとして、1度も防衛戦を行なうことなく王座を剥奪されている。これに関して、ジョシュは禁止薬物(ステロイド)使用については否定しているが、その前駆体であるプロホルモンについては摂取したことを認めている。このドーピング疑惑については、試合後のPRIDE移籍を臭わせた彼の発言に対する制裁ではないかとの見方もあった。同年8月28日、「Dynamite!」でアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラと対戦したボブ・サップのセコンドに付き、試合に勝って喜ぶノゲイラに対し「オマエハ モウ シンデイル」と日本語で挑戦表明した。

2003年5月2日、新日本プロレス主催「ULTIMATE CRUSH」にてジミー・アンブリッツと対戦し、グラウンドでの打撃によるタップアウトでTKO勝ち。同年8月31日、パンクラス近藤有己と対戦、ジャーマン・スープレックスを連続で決めるなどし、最後はチョークスリーパーで勝利し、第10代パンクラス無差別級王者となった。10月13日の「ULTIMATE CRUSH」では高橋義生にタップアウト勝ちで初防衛に成功。12月31日の「INOKI BOM-BA-YE 2003」ではセーム・シュルトに腕ひしぎ十字固めで一本勝ちで2回目の防衛に成功した。

2004年5月22日、「K-1 ROMANEX」にてレネ・ローゼにマウントパンチでKO勝ち。同年10月31日、PRIDEデビューとなった「PRIDE.28」でミルコ・クロコップと対戦するが、開始早々に左肩を脱臼。1R46秒、自身初のタップアウト負け。ケガが癒えた翌2005年10月23日の「PRIDE.30」で再戦するが、フルラウンドの攻防の末判定負け。

2006年2月26日、「PRIDE.31」で中村和裕と対戦、1Rにチョークスリーパーで一本勝ち。ジョシュはPRIDE初勝利を収めた。同年5月5日、「PRIDE 無差別級グランプリ 2006 開幕戦」におけるトーナメント1回戦でエメリヤーエンコ・アレキサンダーと対戦、激しい打撃戦の末、相手のスタミナが切れたところでテイクダウンを取りV1アームロックでタップを奪う。同年7月1日、「PRIDE 無差別級グランプリ 2006 2nd ROUND」におけるトーナメント2回戦でマーク・ハントと対戦、1Rにチキンウィングアームロックで一本勝ち。同年9月10日、「PRIDE 無差別級グランプリ 2006 決勝戦」におけるトーナメント準決勝で、Dynamite!での対戦要求以来4年越しとなるアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラとの対戦が実現。PRIDE史上に残る寝技対決となり、判定2-1で勝利。その後決勝戦にてミルコ・クロコップとの3度目の対戦に挑むが、1Rにギブアップ負けを喫し、GP準優勝に収まる。同年10月21日、「PRIDE.32」においてUFC以来の母国アメリカへの凱旋を果たし、パウエル・ナツラと対戦、2Rにアンクルホールドで勝利を収めた。同年12月31日、「PRIDE 男祭り 2006」においてアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラとの再戦を行ない、0-3の判定負け。

2007年12月9日、フィリピンマニラにて開催された「リング・オブ・ファイヤー」にチームジョシュ・バーネットのコーチとして参加(自身は試合なし)[4]。同年12月22日、4年4か月ぶりの参戦となったパンクラスで佐藤光留とキャッチレスリングルールで対戦し勝利。

2008年3月5日、戦極旗揚げ戦「戦極 〜第一陣〜」のメインイベントで吉田秀彦と対戦、1Rにバックドロップで投げるなどし、3Rにヒールホールドで一本勝ち。同年5月18日、前回に引き続き「戦極 〜第二陣〜」のメインイベントでジェフ・モンソンと対戦、3-0の判定勝ち。

2008年7月19日、Affliction旗揚げ戦Affliction: Bannedでペドロ・ヒーゾと約7年半振りに再戦し、左フックによるKO勝ちでリベンジに成功、2009年1月24日に開催されたAffliction: Day of Reckoningギルバート・アイブルにマウントパンチでギブアップ勝ち。

2009年8月1日、Affliction: Trilogyエメリヤーエンコ・ヒョードルと対戦予定であったが、試合前のドーピング検査でアナボリックステロイドの一種であるドロスタノロンの陽性反応が出たとして出場中止となり[5]、その影響で同大会は開催中止となった[6]

2009年11月8日、ワールド・ノーギ・チャンピオンシップ2009の黒帯ペサディシモ級に出場。1回戦、準決勝を勝ち抜き、決勝ではトレーニング・パートナーでもあるブルーノ・パウリスタと対戦し、レフェリー判定で優勝を果たした[7]

2010年3月22日、DREAM初参戦となったDREAM.13で自身の練習パートナーでもあるマイティ・モーと対戦。金的で試合が中断される場面もあったが1Rにアームロックで一本勝ち。

2010年、オーストラリアの新興イベント「Impact FC」に参戦。7月10日の旗揚げ戦ではメインイベントでジェロニモ・ドス・サントスにマウントパンチでTKO勝ちを収めた。

UFC復帰[編集]

2013年8月31日、約12年ぶりのUFC参戦となったUFC 164フランク・ミアと対戦し、膝蹴りで1RTKO勝ちを収めた。

2013年12月28日、UFC 168でヘビー級ランキング5位のトラヴィス・ブラウンと対戦し、1RKO負け。

プロレス[編集]

2002年12月、新日本プロレス大会に登場。2003年1月4日、新日東京ドーム大会で初参戦にしてIWGP王者永田裕志と対戦(経緯後述)。2003年は新日の地方巡業にも参加すると共に、新日主催の総合格闘技イベントへも参戦。

2005年、新日本プロレスのG1クライマックスにエントリーされるも、直前で川田利明に変更された(新日サイド側より「川田の方が集客力があるから」と説明を受けたとしている)。同年11月23日、U-STYLE Axis田村潔司と対戦、腕ひしぎ十字固めで一本負け。

2007年6月29日、IGF旗揚げ興行「闘今 BOM-BA-YE」で安田忠夫に4分17秒腕ひしぎ十字固めで一本勝ち。2007年12月20日、IGF「GENOME2」でモンターニャ・シウバと対戦、シウバのパンチで苦戦を強いられるもゴッチスペシャルで勝利。

2008年2月16日、IGF「GENOME3」で小川直也と対戦。4分48秒腕ひしぎ十字固めで一本勝ちするも、ロープに手がかかっていたと小川が抗議。すぐさま再戦が行なわれ、5分13秒STOボンバーからの片エビ固めでピンフォール負け。同年から参戦した戦極では、エースとして期待され「KING OF 戦極」というキャッチフレーズが与えられ、独自に戦極ポーズも開発した。得意な日本語は「メッチャスゴイ」「コロシテヤル」「オレニサワルトアブナイゼ」等。「ゼッコーチョー(絶好調)」という日本語は、新日本プロレス参戦時、巡業に帯同していた高山善廣が教えた。その際、高山に対してはタックルのコツを教えたと高山自身が語っている。また、NHK教育テレビの『えいごでしゃべらナイトJr』(2008年6月9日)に出演し、通訳なしでの受け答えが可能なほどの日本語の堪能さを披露した。

アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ戦でのデスバレーボム、近藤有己戦でのジャーマン・スープレックス、吉田秀彦戦でのバックドロップなど、総合格闘技の試合でプロレス技を披露することがある。また、UWFをこよなく愛し、前田日明の名を度々口に出したり、UWFインターナショナルについての論文をネット上に公表した他、やはりU系派生団体の一つであるパンクラス無差別級王者となった際には「UWFハシナナイ」と発言したほど。自らを「プロレスラー」と呼び、「プロレスこそが最強」を声高らかに叫ぶ。U系の技術の根本となるキャッチ・アズ・キャッチ・キャンこそ、ブラジリアン柔術を超えるグラウンドの技術であると提唱していたが、近年はヒーガン・マチャドの下でブラジリアン柔術を学び黒帯を授与されている[8]

人物[編集]

  • ガールフレンドは総合格闘家のシャノン・フーパー。
  • フリーランスの期間を経て、現在は以前からトレーナーを務めているエリック・パーソンのジム、CSWに正式所属となっている。

オタクへの造詣[編集]

日本に立ち寄るときは秋葉原中野ブロードウェイにフィギュアなどを買い求めに赴くことが多いという。「世界最強のオタク」と呼ばれる所以でもある。好きなキャラクターは『北斗の拳』のケンシロウ。また、ロボットアニメでは『機動戦士ガンダム』を好み、ガンダムを好きじゃない人間が地球上にいるわけがないと断言するほど。ほかに『装甲騎兵ボトムズ』や『ファイブスター物語』を好み、ボトムズが何の略か(Vertical One-man Tank for Offence & Maneuver-S)をソラで言える上、FSSは紀伊國屋書店で英訳版を取り寄せるほど。日本のアニメへの馴れ初めは『宇宙戦艦ヤマト』で、この作品をきっかけにアニメに没頭するようになった。この頃はインターネットもあまり普及していなかったため、雑誌やテレビ・ラジオなどを通してそれら作品を研究していた。また、そのような自身を「アメリカンオタクスタイル初期型」と語り、自らを旧ザクに喩えた。ヤマトや『マクロス』等の有名どころは勿論、一般人では到底知らないアニメや特撮までもその範疇としており[9]、「好きではないけど一応知っている」というオタク特有の性質までも併せ持っている。通訳者が「ガチャガチャって単語伝わるかな?」と説明に苦慮していると、「これガチャポンでしょ?」と言ったり、「高校鉄拳伝タフ」を説明しようとしていると、「知ってるよ」と言いながら財布から同作品のテレカを出した。「『ジョジョ』よりも、『バオー』の方が好き」という一風変わった趣味とオタクぶりを見せる。『ドラゴンボール』については「強さに際限がなく、現実的でない」などと辛辣な評価を下している。どちらかというとリアリティの高い作品を好む傾向にあるが、作品に誠実さがあれば多少リアリティがなくとも問題ないとのこと。

  • 日本のアニメ作品のタイトルは英語のタイトルであっても日本人的発音(Engrish)で発音する。海洋堂をリスペクトしているらしく、日本に来た際は同社の制作した『キン肉マン』や『北斗の拳』のフィギュアの購入を熱望していた。

日本のアニメ声優にも詳しい。雑誌「CONTINUE」でインタビューを受けた際、バックナンバーを流し読みした時に「あ、林原めぐみだ」とポロっともらした。テレビゲームも大好きであり、日米版それぞれのプレイステーション2を保有している。最も好きなプロレスゲームは『ファイヤープロレスリング』シリーズ。レスラーの行動パターンロジックを調整して、自動で戦わせて観戦するのが好き。映画『ブレードランナー』のマニアであり、ビデオ、LD、DVDなど様々なバージョンの同作をコレクションしている。ホラー映画、スプラッター映画も好きで恋人とデートでスプラッター映画を見に行くほど。

戦績[編集]

総合格闘技[編集]

総合格闘技 戦績
40 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
33 8 20 4 1 0 0
7 2 2 3 0
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
× トラヴィス・ブラウン 1R 1:00 KO(肘打ち) UFC 168: Weidman vs. Silva 2 2013年12月28日
フランク・ミア 1R 2:56 TKO(膝蹴り) UFC 164: Henderson vs. Pettis 2013年9月1日
ナンドール・ゲルミーノ 1R 2:11 肩固め Strikeforce: Marquardt vs. Saffiedine 2013年1月12日
× ダニエル・コーミエ 5分5R終了 判定0-3 Strikeforce: Barnett vs. Cormier
【ワールドグランプリ ヘビー級トーナメント 決勝】
2012年5月19日
セルゲイ・ハリトーノフ 1R 4:28 肩固め Strikeforce: Barnett vs. Kharitonov
【ワールドグランプリ ヘビー級トーナメント 準決勝】
2011年9月10日
ブレット・ロジャース 2R 1:17 肩固め Strikeforce: Overeem vs. Werdum
【ワールドグランプリ ヘビー級トーナメント 1回戦】
2011年6月18日
ジェロニモ・ドス・サントス 1R 2:35 TKO(パウンド) Impact FC 1 - The Uprising: Brisbane 2010年7月10日
マイティ・モー 1R 4:41 アームロック DREAM.13 2010年3月22日
ギルバート・アイブル 3R 3:05 ギブアップ(マウントパンチ) Affliction: Day of Reckoning 2009年1月24日
ペドロ・ヒーゾ 2R 1:44 KO(左フック) Affliction: Banned 2008年7月19日
ジェフ・モンソン 5分3R終了 判定3-0 戦極 〜第二陣〜 2008年5月18日
吉田秀彦 3R 3:23 ヒールホールド 戦極 〜第一陣〜 2008年3月5日
× アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ 3R(10分/5分/5分)終了 判定0-3 PRIDE 男祭り 2006 -FUMETSU- 2006年12月31日
パウエル・ナツラ 2R 3:04 アンクルホールド PRIDE.32 "THE REAL DEAL" 2006年10月21日
× ミルコ・クロコップ 1R 7:32 ギブアップ(パウンド) PRIDE 無差別級グランプリ 2006 決勝戦
【決勝】
2006年9月10日
アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ 3R(10分/5分/5分)終了 判定2-1 PRIDE 無差別級グランプリ 2006 決勝戦
【準決勝】
2006年9月10日
マーク・ハント 1R 2:02 チキンウィングアームロック PRIDE 無差別級グランプリ 2006 2nd ROUND
【2回戦】
2006年7月1日
エメリヤーエンコ・アレキサンダー 2R 1:57 V1アームロック PRIDE 無差別級グランプリ 2006 開幕戦
【1回戦】
2006年5月5日
中村和裕 1R 8:10 チョークスリーパー PRIDE.31 Dreamers 2006年2月26日
× ミルコ・クロコップ 3R(10分/5分/5分)終了 判定0-3 PRIDE.30 STARTING OVER 2005年10月23日
× ミルコ・クロコップ 1R 0:46 ギブアップ(左肩の脱臼) PRIDE.28 2004年10月31日
レネ・ローゼ 1R 2:15 KO(マウントパンチ) K-1 ROMANEX 2004年5月22日
セーム・シュルト 3R 4:48 腕ひしぎ十字固め INOKI BOM-BA-YE 2003
【無差別級キング・オブ・パンクラス タイトルマッチ】
2003年12月31日
高橋義生 2R 2:52 腕ひしぎ三角固め 新日本プロレス アルティメット・クラッシュ
【無差別級キング・オブ・パンクラス タイトルマッチ】
2003年10月13日
近藤有己 3R 3:26 チョークスリーパー PANCRASE 2003 HYBRID TOUR
【無差別級キング・オブ・パンクラス タイトルマッチ】
2003年8月31日
ジミー・アンブリッツ 1R 3:05 TKO(パウンドによるギブアップ) 新日本プロレス アルティメット・クラッシュ 2003年5月2日
ランディ・クートゥア 2R 4:35 TKO(パウンド) UFC 36: Worlds Collide
【UFC世界ヘビー級タイトルマッチ】
2002年3月22日
ボビー・ホフマン 2R 4:25 ギブアップ(パウンド) UFC 34: High Voltage 2001年11月2日
セーム・シュルト 1R 4:21 腕ひしぎ十字固め UFC 32: Showdown in the Meadowlands 2001年6月29日
× ペドロ・ヒーゾ 2R 4:21 KO(右フック) UFC 30: Battle on the Boardwalk 2001年2月23日
ガン・マッギー 2R 4:34 TKO(スタンドパンチ連打) UFC 28: High Stakes 2000年11月17日
ダン・スバーン 4R 1:21 腕ひしぎ十字固め SuperBrawl 16 2000年2月8日
ボビー・ホフマン 5分3R終了 判定3-0 SuperBrawl 13
【ヘビー級トーナメント 決勝】
1999年9月7日
ジョン・マーシュ 1R 4:23 チキンウィングアームロック SuperBrawl 13
【ヘビー級トーナメント 準決勝】
1999年9月7日
ユハ・トゥカサーリ 1R 3:32 腕ひしぎ十字固め SuperBrawl 13
【ヘビー級トーナメント 1回戦】
1999年9月7日
トレヴァー・ハワード 1R 腕ひしぎ十字固め UFCF: Night of Champions 1998年9月19日
ボブ・ギルストラップ 1R 0:42 失格 UFCF: Night of Champions 1998年3月14日
クリス・ムンゼン 1R TKO(パンチ連打) UFCF: Road to the Championships 2 1997年9月6日
ボブ・ギルストラップ 10分1R終了 判定3-0 UFCF: Road to the Championships 1 1997年7月7日
クリス・シャーノス 1R 2:41 チョークスリーパー UFCF: Clash of the Titans 1997年1月11日

グラップリング[編集]

勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
ブルーノ・パウリスタ 10分終了 レフェリー判定 ワールド・ノーギ・チャンピオンシップ2009
【ペシディモ級 決勝】
2009年11月8日
トム・デブラス 10分終了 ポイント7-2 ワールド・ノーギ・チャンピオンシップ2009
【ペシディモ級 準決勝】
2009年11月8日
アンドレ・フレイタス アンクルホールド ワールド・ノーギ・チャンピオンシップ2009
【ペシディモ級 1回戦】
2009年11月8日
佐藤光留 1R 4:27 TKO(レフェリーストップ:チョークスリーパー) パンクラス PANCRASE 2007 RISING TOUR 2007年12月22日
× ヒカルド・アルメイダ 5:55 フロントチョーク ADCC 2000
【無差別級 1回戦】
2003年3月3日
× マーク・ケアー 9:33 チキンウィングアームロック ADCC 2000
【99kg以上級 1回戦】
2003年3月1日

入場曲[編集]

語録[編集]

オマエハモウシンデイル
親指で首を切る動きをしながら。2002年、名古屋での新日本プロレス興行において、永田裕志が試合を勝利で終えた直後にリングに上がりこの言葉を放った。試合直後とはいえ、激昂した当時のIWGP王者である永田をフロントチョークで絞め落とした。高阪剛に片手で絞め落とされたとき同様、動かなくなった永田の姿に新日本プロレスファンを始めとするプロレスファンは衝撃を受けた。お気に入りの言葉なのか、総合格闘技進出後もインタビューなどで度々この言葉を使っている。彼がこの言葉を言う場合、「シ」の部分にアクセントを置くのが特徴的である。
キサマニハジゴクスラナマヌルイ
PRIDE.30で、ミルコ戦前に流れるVTRで「ヘイ!ミルコ!」と言い放った後にこの言葉を言った。

これらのセリフは北斗の拳からの引用である。

獲得タイトル[編集]

  • SuperBrawl 13ヘビー級トーナメント 優勝(1999年)
  • 第7代UFC世界ヘビー級王座(2002年)
  • 第10代無差別級キング・オブ・パンクラス王座(2003年)
  • PRIDE無差別級グランプリ2006 準優勝(2006年)
  • ワールド・ノーギ・チャンピオンシップ2009 黒帯ペサディシモ級 優勝(2009年)

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

前王者
ランディ・クートゥア
第7代UFC世界ヘビー級王者

2002年3月22日 - 2002年3月(剥奪)

空位
次タイトル獲得者
リコ・ロドリゲス
空位
前タイトル保持者
セーム・シュルト
第10代パンクラス無差別級王者

2003年8月31日 - 現在

次王者
N/A