サンダスキー (哨戒フリゲート)

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USS Sandusky.jpg
艦歴
発注:
起工: 1943年7月8日
進水: 1943年10月5日
就役: 1944年4月18日
退役: 1945年7月12日
その後: 海上自衛隊に貸与
除籍: 1961年12月1日
性能諸元
排水量: 1,264 トン
全長: 93.0m
全幅: 11.4m
吃水: 3.5m
機関: ボイラー3基 5,500軸馬力
タービン2基 2軸推進
最大速力: 20ノット
航続距離:
乗員: 190名
兵装: 3インチ50口径対空砲3門
40mm機関砲 4門
20mm機関砲 9門
ヘッジホッグ 1基
対潜爆雷投射機(Y砲)8基
爆雷投下軌条 2条

サンダスキー (USS Sandusky, PF-54) は、アメリカ海軍の哨戒フリゲートタコマ級フリゲートの1隻。艦名はオハイオ州サンダスキーに因む。

艦歴[編集]

サンダスキーは海事委任契約の下1943年7月8日ウィスコンシン州ミルウォーキーのフローミング・ブラザーズ社で起工した。当初はPG-162砲艦)として認可されたが、1943年4月15日PF-54(哨戒フリゲート)に艦種変更され、1943年10月5日にメイベル・エイペルによって命名、進水1944年4月18日ルイジアナ州ニューオーリンズで艦長T・R・サージェント沿岸警備隊少佐の指揮下就役した。

バミューダでの整調およびペンシルベニア州フィラデルフィアでのオーバーホール後、サンダスキーは1944年8月18日太平洋に向けて出航、ニューヨークからニューギニアフィンシュハーフェンおよびホーランディア(現在のジャヤプラ)まで船団護衛を行った。護衛任務は10月2日に完了し、サンダスキーはモロタイ島に移動、同月の残りを対潜哨戒任務に費やした。1944年11月から1945年2月までフィリピン侵攻部隊支援のための船団をホーランディアとレイテ島間で護衛し、リンガエン湾での護衛任務後1945年3月8日にレイテ島を出航、ワシントン州シアトルに向かった。オーバーホールの後アラスカに向けて出航、6月15日コールド・ベイに到着した。サンダスキーは1945年7月12日に退役し、レンドリース法に基づきソ連海軍に貸与された。

ソ連では「護衛艦」を意味する「EK」の略号を付与され、EK-7ЭК-7エーカー・スィェーミ)の名で7月23日太平洋艦隊に編入された。ソ連海軍では、8月12日に行われた雄基上陸作戦に参加した。

ソ連海軍での活動後、1949年10月15日横須賀でアメリカ海軍に返還され、同地で保管された。1953年2月26日に相互防衛援助計画の下海上自衛隊に貸与され、にれ (PF-287) として就役した。1961年12月1日にアメリカ海軍から除籍され、にれは1962年8月28日付けで貸与から供与へと変更された。1969年3月31日YAC-19 (保管船)に区分変更され、1970年3月31日に退役、1977年6月9日に処分のためアメリカ海軍へ返還された。

サンダスキーは第二次世界大戦の戦功で2個の従軍星章を受章した。

外部リンク[編集]