シャーロッツビル (哨戒フリゲート)

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USSCharlottesville 393x640pixels.jpg
艦歴
発注
起工
進水 1943年7月30日
就役 1944年4月10日
退役 1945年7月12日
その後
除籍
性能諸元
排水量 基準 1,430トン
満載 2,415トン
全長 303 ft 11 in (92.6 m)
全幅 37 ft 6 in (11.4 m)
吃水 13 ft 8 in (4.1 m)
機関 ボイラー3基 5,500軸馬力
タービン2基 2軸推進
最大速力 20ノット (37 km/h)
航続距離
乗員 190名
兵装 3インチ50口径対空砲3門
40mm機関砲 4門
20mm機関砲 9門
ヘッジホッグ 1基
対潜爆雷投射機(Y砲)8基
爆雷投下軌条 2条

シャーロッツビル (USS Charlottesville, PF-25) は、アメリカ海軍の哨戒フリゲートタコマ級フリゲートの1隻。艦名はバージニア州シャーロッツビルに因む。

艦歴[編集]

シャーロッツビルは海事委任契約の下ウィスコンシン州スペリオルのウォルター・バトラー造船で起工した。1943年4月15日まではPG-113と呼ばれた。1943年7月30日にJ・E・グリーソン夫人(シャーロッツビル市長の妻)によって命名、進水、1944年4月10日に艦長W・F・キャス沿岸警備隊大尉の指揮下就役した。

1944年8月18日ニューヨークを出航、シャーロッツビルはソシエテ諸島ボラボラ島経由で9月29日ニューギニアフィンシュハーフェンに到着した。その後ニューギニアとフィリピン間の対潜哨戒および船団護衛任務に従事し、1945年3月6日レイテ島を出航、6月15日ワシントン州シアトルに到着した。

ソ連海軍兵の訓練を行った後、シャーロッツビルは1945年7月12日に退役し、レンドリース法に基づきソ連海軍に貸与された。ソ連では「護衛艦」を意味する「EK」の略号が付与され、EK-1ロシア語:ЭК-1エーカー・アヂーン)と命名された。1945年7月23日には、警備艦として太平洋艦隊に配備された。EK-1は、ソ連におけるタコマ級(PF級)警備艦の1番艦となった。EK-1は、8月15日に行われた清津上陸作戦に参加した。

1949年10月17日日本横須賀でアメリカ海軍に返還され、その後1953年1月14日海上自衛隊に貸与、まつ (PF-286) として就役する。まつは1966年、特務船に区分変更された。

シャーロッツビルは第二次世界大戦の戦功で2個の従軍星章を受章した。

外部リンク[編集]