カーソンシティ (哨戒フリゲート)

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艦歴
発注:
起工: 1943年9月28日
進水: 1943年11月13日
就役: 1944年3月24日
退役: 1945年8月29日
その後: 海上自衛隊に貸与
除籍:
性能諸元
排水量: 基準 1,430トン
満載 2,415トン
全長: 303 ft 11 in (92.6 m)
全幅: 37 ft 6 in (11.4 m)
吃水: 13 ft 8 in (4.1 m)
機関: ボイラー3基 5,500軸馬力
タービン2基 2軸推進
最大速力: 20ノット (37 km/h)
航続距離:
乗員: 190名
兵装: 3インチ50口径対空砲3門
40mm機関砲 4門
20mm機関砲 9門
ヘッジホッグ 1基
対潜爆雷投射機(Y砲)8基
爆雷投下軌条 2条

カーソンシティ (USS Carson City, PF-50) は、アメリカ海軍の哨戒フリゲートタコマ級フリゲートの1隻。艦名はネバダ州カーソンシティに因む。

艦歴[編集]

カーソンシティは海事委任契約の下1943年9月28日カリフォルニア州ウィルミントンコンソリデーテッド・スチール社で起工した。4月15日まではPG-150と称した。1943年11月13日にC・B・オースティン夫人によって命名、進水1944年3月24日に艦長H・B・ロバーツ沿岸警備隊中佐の指揮下就役した。

カーソンシティは1944年7月19日ロサンゼルスを出航し、エスピリトゥサント島ミルン湾に向かう。8月13日に到着し第7艦隊に所属、ニューギニアで哨戒および護衛任務に従事する。9月16日にはモロタイ島への上陸作戦に参加し、続いてレイテ島上陸部隊の補給・輸送船団を護衛した。10月16日フンボルト湾を出航しレイテ湾に向かい、北部攻撃部隊の支援を行う。10月22日、カーソンシティは上陸地点への支援に向かい、翌日は補給を終えた船団を護衛してフンボルト湾に向かった。

カーソンシティはニューギニアで船団護衛任務を再開、ワクデ島ビアク島ヌムフォル島サンサポア岬モロタイ島ミオス・ウォンディで活動し、1944年11月26日オーバーホールのため真珠湾に向かう。その後アラスカン・シー・フロンティアでの任務を命じられ、1945年1月12日ダッチハーバーに到着した。

カーソンシティは8月29日レンドリース法に基づき、アラスカ州コールド・ベイソ連海軍に貸与された。ソ連ではEK-20(ロシア語:ЭК-20エーカー・ドヴァーッツァチ)の艦名で太平洋艦隊9月5日付けで配備された。

1949年10月31日には横須賀でアメリカ海軍に返還され、同地で保管された。1953年4月30日に相互防衛援助計画の下海上自衛隊に貸与され、さくら (PF-290) として就役した。さくらは1966年3月31日YAC-16(保管船)に区分変更され、1977年3月31日に退役、同年8月にアメリカ海軍に返還された。

カーソンシティは第二次世界大戦の戦功で2個の従軍星章を受章した。

外部リンク[編集]