フィルムツーリズム
フィルムツーリズム(film induced tourism[1])は、映画やテレビ番組などの舞台となったロケ地や、原作の舞台をめぐる旅の形態[1]。「地域が映画やテレビ映像に映し出された結果、旅行者がその地域および魅力的と感じる場所を訪れる」観光現象を指す[2]。一般的な観光とやや異なる点は、観光客は目的地に行く前からすでに抱いている強いイメージがあり、それを確認するための観光という意味合いがある[2]。シネマツーリズム、スクリーンツーリズム、ロケツーリズム、ロケ地観光、ロケ地巡り、メディア誘発型観光、エンタメ観光、Film-induced tourism、Movie induced tourismなどとも称する[2][3][4]。アニメーション作品の舞台を巡る旅は「聖地巡礼」などと呼ばれるが、これもフィルムツーリズムの1種である[1]。
概要
[編集]映画やアニメ、小説などさまざまなコンテンツの舞台を巡る旅や文化・芸術にまつわる土地への旅を「コンテンツツーリズム」と言い、フィルムツーリズムはその1つである[1]。「コンテンツツーリズム」は既に古代から行われ、日本においては歌枕を巡る旅に原初が見られ、日本国外においては著名な文学作品の舞台を巡る旅が存在した[1]。その後、映画の発達によってフィルムツーリズムが生まれ、『ローマの休日』の名場面を巡る旅はローマ観光の定番となった[5]。アメリカ合衆国の作家・歴史家、ダニエル・J・ブーアスティン1962年の著書『The Image: A Guide to Pseudo-events in America』(和訳『幻影の時代―マスコミが製造する事実』)の中で「かの永遠の都(ローマ)でさえ興行的に大当たりをした『ローマの休日』の撮影場所となって有名になっている」と、フィルムツーリズムという言葉がまだ言及されていない頃に『ローマの休日』を最初のフィルムツーリズムの成功例として認めている[2]。同じ1953年に日本で公開された『東京物語』のロケを誘致した広島県尾道市の当時の地元新聞には、尾道の観光効果を期待する記事が見られる[6]。同年の映画『夜明け前』で、同作の脚色・新藤兼人が映画化にあたるエッセイで「ロケ地」という言葉を初めて使ったといわれる[7]。1980年代に大林宣彦監督が故郷・尾道で撮影した『転校生』『時をかける少女』『さびしんぼう』の「尾道三部作」は「ロケ地巡り」という文化を確立させたと評される[8][9]。当時「映画が観光ブームを引き起こしたのは『二十四の瞳』の小豆島以来でないか」といわれた[10]。2000年代にはフィンランドのヘルシンキに現在あるRavintola Kamomeが映画『かもめ食堂』に利用され北欧ブームの火付け役になる。現在もRavintola Kamomeを訪問し食事をすることは、ヘルシンキ観光の定番になっている。
フィルムツーリズムが成立するためには、旅行者がロケ地を知っていることが大前提となる[11]。『木更津キャッツアイ』のように作品名に地名情報が含まれているので容易に特定できる場合もあれば、作中の登場人物の台詞や、映画監督の発言から明らかになる場合もあり、地域の特徴的な事物が作中で映し出されることで判明する場合もある[11]。中にはロケ地の特定が容易でないものもあり、唯一の判断材料が作品のみである場合、実際にはロケ地ではない場所を「ロケ地」だと誤認するケースもある[12]。
2005年(平成17年)に国土交通省・経済産業省・文化庁がまとめた『映像等コンテンツの制作・活用による地域振興のあり方に関する調査』ではコンテンツツーリズムの成功事例として6つ紹介し、フィルムツーリズムに関する成功例として『北の国から』(富良野市)、『Love Letter』(函館市・小樽市)、『新選組!』(京都市)、『世界の中心で、愛を叫ぶ』(香川県)、『冬のソナタ』(大韓民国)を挙げている[13]。
社団法人日本観光協会でも、フィルムツーリズムを産業観光、エコツーリズム、フラワーツーリズム等とともに「新しい観光」ととらえ、振興を図っている[14]。
新作映画・ドラマの誘致活動
[編集]ロケ地、原作地が話題を呼び、観光客が押し寄せる現象が見られるところから、映像を地域のPRの手段と捉えて、自分たちの街や地域を映像に収めてもらおうと、ロケ撮影を誘致し、また作品完成・公開後はロケ地を観光資源として広くPRすることによって、観光客の誘致を図ろうとする動きがある[1]。誘致する側としては、特別な予算や資源を必要としない点で、優れた地域活性化の手法である[1]。またロケを誘致することによって生じる、ロケ隊の消費する金額も重要であり、『ラスト サムライ』のロケが行われた姫路市の経済効果は約1億470万円に上った[1]。
ロケ地誘致や、ロケ活動の支援を担う「フィルム・コミッション」(FC)が、地方公共団体・観光協会・商工会議所などを中心として組織されている[15]。このほか、ロケ地マップの作成や、ロケ地をめぐるモデルコースの設定等が行われている。ただし、フィルムツーリズムはうまくいった地域もあるものの、一過性に終わることが多いのも事実である[16]。
脚注
[編集]- ^ a b c d e f g h 筒井, p. 10.
- ^ a b c d 須川まり(追手門学院大学)『東京物語』におけるマス・ツーリズムの社会的位置づけ – 日本映画学会 第14回大会 2018年12月8日 大阪大学全学教育推進機構 pp.6–7
- ^ 筒井, p. 12; 臺.韓.崔, pp. 46–47.
- ^ “ロケツーリズムとは?映画ロケ地・アニメ聖地巡礼で地域活性化!成功事例・誘致方法を解説”. 訪日ラボ (2016年8月5日). 2020年6月25日閲覧。
- ^ 筒井, p. 10; 安田, p. 74; 沼尻, p. 25.
- ^ 小津安二郎監督「東京物語」ロケ当時の記事 - nifty(Internet Archive)
- ^ 臺.韓.崔, pp. 46–47; 安田, pp. 135–139.
- ^ 内閣府; CLAIR1, pp. 2–6; CLAIR2.
- ^ 「2000名が選んだ、名作の舞台ランキング発表! 今旬な、1980年代にタイムリープ!」『Location Japan』地域活性プランニング、2016年10月号:20 - 23ページ、転校生 | LOCATION JAPAN.net ロケ地から、日本を元気に!“春秋”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2020年4月12日). オリジナルの2021年1月19日時点におけるアーカイブ。 2022年9月25日閲覧。
- ^ 石坂, pp. 197–199.
- ^ a b 木村, p. 116.
- ^ 木村, pp. 116–117.
- ^ 筒井, pp. 10–11.
- ^ 増淵, p. 35.
- ^ 中谷, p. 44; CLAIR1, pp. 2–16.
- ^ 増淵, p. 38.
参考文献・ウェブサイト
[編集]- 新藤兼人「夜明け前のロケ地から」『新日本文学』第8巻第9号、新日本文学会、1953年、ISSN 02877864、NAID 40001944498、NDLJP:6078893。
- 石坂昌三『続 巨匠たちの伝説』三一書房、1990年。ISBN 4-380-90252-8。
- 中谷哲弥「フィルム・ツーリズムに関する一考察 : 「観光地イメージ」の構築と観光経験をめぐって」『奈良県立大学研究季報』第18巻第1/2号、奈良県立大学、2007年10月、41-56頁、ISSN 1346-5775、NAID 110006996609。
- 増淵敏之「コンテンツツーリズムとその現状」『地域イノベーション= 地域イノベーション』第1巻、法政大学地域研究センター、2009年3月、33-40頁、doi:10.15002/00008183、hdl:10114/7390、ISSN 1883-3934。
- 木村めぐみ「フィルムツーリズムからロケーションツーリズムへ : メディアが生み出した新たな文化」『メディアと社会』第2巻、名古屋大学大学院国際言語文化研究科、2010年3月、113-128頁、doi:10.18999/stums.2.113、hdl:2237/14798、ISSN 1880-0831。
- 自治体国際化協会 (2012年7月15日). “自治体国際化フォーラム286号(2013年8月) 特集 フィルムコミッション”. 自治体国際化協会. 自治体国際化協会. 2014年3月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月25日閲覧。
- 筒井隆志「コンテンツツーリズムの新たな方向性 : 地域活性化の手法として」『経済のプリズム』第110号、参議院事務局企画調整室、2013年3月、10-24頁、ISSN 1882062X、NDLJP:10994499。
- 臺純子、韓志昊、崔錦珍「日本におけるロケ地めぐり観光研究の動向と用語の整理」『立教大学観光学部紀要』第17巻、立教大学、2015年3月、45-51頁、doi:10.14992/00011257、ISSN 1344767X。
- 自治体国際化協会 (2015年11月). “増淵敏之, 映画によるまちづくりの現状と今後の展望”. 月刊地域づくり 第293号. 自治体国際化協会. 2013年11月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月25日閲覧。
- 安田亘宏「日本のシネマツーリズムの変遷と現状」『西武文理大学サービス経営学部研究紀要』第26号、西武文理大学、2015年、74頁、ISSN 21850305、NAID 40020562036。
- 内閣府政策統括官室(経済財政分析担当) (2020年12月15日). “地域の経済2007 > 第3章 第5節 ケーススタディ1:「映画の街」尾道”. 内閣府. 内閣府. 2022年9月25日閲覧。
- 沼尻正之「大林映画にとって「地域」とは何か? : 尾道三部作とそれ以後」『追手門学院大学文学部紀要;The Meaning of“Region”for Obayashi Nobuhiko’s Films :Onomichi Trilogy and His Later Films, Otemon Gakuin University』3月10日 第6巻、追手門学院大学地域創造学部、2021年、23-61頁、NAID 40022652332、2023年6月17日閲覧。