鈴木九萬

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鈴木九萬

鈴木 九萬(すずき ただかつ、1895年明治28年)4月27日 - 1987年昭和62年)4月4日[1])は、日本外交官

経歴・人物[編集]

茨城県出身。第一高等学校及び東京帝国大学卒業後、外務省に入省した。

国立国会図書館に終戦連絡横浜事務局長時代の史資料436点が所蔵されている[2]

逸話[編集]

敗戦直後の1945年9月、終戦連絡横浜事務局長を務めていた鈴木は、連合軍の軍票発行を懸念した重光葵外相の命を受け、直接連合軍総司令部(GHQ)と折衝を行うなど、軍票発行による通貨主権喪失を阻止した[3]

また、ロバート・アイケルバーガー合衆国陸軍第8軍司令官との折衝のなかで、吉田茂首相が米国による日本の警察予備隊創設構想について同意している旨を伝えた[4][5]

主要著作[編集]

  • 『終戦から講和まで』(鹿島平和研究所編『日本外交史』第26巻、鹿島研究所出版会)1973年
  • 『現代史を語る 6 鈴木九萬』(天川晃監修『内政史研究会談話速記録』、現代史料出版)2008年

脚注[編集]