貫流

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貫流(かんりゅう)は、津田信之(津田権之丞)が開いた槍術流派津田貫流尾張貫流とも呼ばれる。愛知県に現存する。


概要[編集]

尾張藩士・津田信之は、「伊東流」を虎尾三安の門人・森勘兵衛から学ぶ。また佐分利円右衛門(佐分利流槍術とは無関係)を師としてその奥義を得て、貫流を開いた。信之は尾張藩槍奉行として300石を賜った。尾張藩主・徳川吉通が他藩に伝えることを禁じたことから「御留流」とされた。

当流では、剣・槍二芸は「車の両輪」「鳥の双翼の如し」とされ「槍法を知らずして刀術を語るなかれ、刀法を知らずして槍術を語るなかれ」と教え、槍術と剣術を併習することを重視する。当流では「とのもの太刀」として、新陰流、新当流、円明流なども修練する。

貫流の槍は「二間」。これに「管」を通して使い、螺旋を描いて繰り出し、繰り引くときのスピードと破壊力をその特徴とする。現在でも、「試合に始まり形に終わる」という教えを伝え、防具をつけての地稽古を中心に行っている。

関連項目[編集]

管槍