戸田派武甲流薙刀術

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戸田派武甲流薙刀術(とだはぶこうりゅうなぎなたじゅつ)は、薙刀術流派のひとつ。薙刀を遣うことで知られる。他に剣・槍・鎖鎌術を併伝している。

薙刀術の流派の多くは薙刀対日本刀という想定のが中心だが、この流派は剣・槍・鎖鎌に対する形が5本に対し、薙刀対薙刀の形が11本と多いのが特徴である。

越前朝倉家に仕えた戸田清眼(富田勢源と同一人物と思われる)を流祖とし、関東の戦国武将である北条氏邦夫妻がこれを学んだと伝えられる。その後は、北条家の家臣であったと伝えられる武州秩父(現・埼玉県秩父郡小鹿野町)の強矢家の家伝の流儀となる。

歴代の伝承者の中では、幕末の第13代の強矢良輔武行が有名である。強矢良輔は甲源一刀流の剣客として著名で、紀州藩付家老・水野家(新宮城主)の剣術指南役となり、傍ら江戸の四谷に道場を構えた。また、強矢良輔が「戸田派武甲流」と改称したとされる。

二十代宗家の死亡後は宗家が空位となっているが、デンマーク出身[1]の師範が宗家代理に指名され、次代の宗家育成を続けている[2]

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