良移心当流

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良移心當流和
りょういしんとうりゅうやわら
発生国 日本の旗 日本
発生年 江戸時代
創始者 福野七郎右衛門正勝
  

良移心當流和(りょういしんとうりゅうやわら)は福野正勝(福野七郎右衛門、諱は友善とも)によって起こされた武術。

歴史[編集]

流祖は福野七郎右衛門正勝である。相撲の名手であった。

柳生石舟斎宗厳、柳生宗矩に師事して柳生新陰流を学び、その心法をもって和の術を工夫し良移心当和を興した。元和八年(1622年)に目録を師の柳生但馬守宗矩に呈しており『月之抄』に掲載されている。

福野の弟子とされる笠原四郎左衛門によって伝えられ(笠原流とも呼ばれる)、主に九州で広まり明治時代まで存続した。この流派より明治の柔術の強豪であった中村半助を輩出した。また、福野流ともいう。

福野は起倒流の流祖としても知られる。

伝承内容[編集]

五ツ心持之大事[1]

  • 押籠必角見 分ツテ捻テ半分
  • 天地児而賛(夫夫に見) 下ヲ招ク
  • 身右嵐盛勝 フリ不出懸ル
  • 四季ノ心立居 不登心ヲ近ク
  • 音之嵐天地ノ間不弛 此後左右ノ心  

当身之巻

  • 七カ条
    • 葵拳

ほか。

脚注[編集]

  1. ^ 柳生新陰流『月之抄』より

参考文献[編集]