第8飛行隊 (航空自衛隊)

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第8飛行隊
Mitsubishi F-2A, Japan - Air Force AN1881631.jpg
第8飛行隊のF-2A
創設 1960年10月29日
所属政体 日本の旗 日本
所属組織 Flag of the Japan Air Self-Defense Force.svg 航空自衛隊
所在地 福岡県築城基地
編成地 宮城県松島基地
通称号/略称 8SQ
愛称 ブラック・パンサーズ
Black Panthers
上級単位 第8航空団
最終上級単位 西部航空方面隊
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第8飛行隊(だい8ひこうたい、JASDF 8th Tactical Fighter Squadron)は、航空自衛隊第8航空団隷下の戦闘機部隊である。築城基地に所属し、戦闘機F-2、連絡機にT-4を運用する。

概要[編集]

第8飛行隊は1960年(昭和35年)10月29日に、航空自衛隊8番目の、F-86F飛行隊として松島基地第4航空団隷下にて編成された[1]

1961年(昭和36年)2月1日小松基地が開庁すると、第8飛行隊は同年5月1日に小松基地へ移動し、臨時小松派遣隊隷下で訓練活動を開始したが、同年7月15日に臨時小松派遣隊は第6航空団に改編され、第8飛行隊も第6航空団隷下となった[1]

1990年代後半からF-1減勢に伴い、F-2配備までの穴埋めとして第306飛行隊F-4EJ改戦闘機を「支援戦闘機」として運用することとなり、1997年(平成9年)3月17日3月18日に20機が小松基地から三沢基地へ移動し、3月30日にF-4EJ改へ機種更新した[2][1]

2009年(平成21年)3月26日にF-2に機種更新、2016年(平成28年)7月、南西防空強化の為に築城基地に移動、第8航空団隷下となった。

部隊マークはクロヒョウで、かつて同飛行隊で使用されたコールサイン「パンサー」にちなむとされている。

沿革[編集]

10月29日 - F-86F戦闘機部隊として松島基地の第4航空団隷下にて部隊編成[1]
7月15日 - 臨時小松派遣隊が第6航空団に改編。第8飛行隊が同航空団隷下に隷属替え[1]
12月1日 - 第82航空隊隷下に編入[1]
5月1日 - F-86Fでの三沢基地における対領空侵犯措置任務開始[1]
12月11日 - F-86Fラストフライト[1]
  • 1980年(昭和55年)2月29日 - F-1への機種更新完了[1]
  • 1983年(昭和58年)11月11日 - 航空総隊総合戦技競技会第1部門(戦爆連合対処)F-1の部優勝[5]
  • 1985年(昭和60年) - 航空総隊射爆撃戦技競技会F-1部門優勝[6]
  • 1986年(昭和61年)11月6日 - 航空総隊射爆撃戦技競技会第2部門(空対地射爆撃・戦術戦闘航法)F-1の部優勝[7]
  • 1987年(昭和62年)11月10日 - 航空総隊射爆撃戦技競技会F-1部門優勝[8]
  • 1988年(昭和63年)12月5日 - 航空総隊射爆撃戦技競技会第2部門(空対地射爆撃・戦術戦闘航法)F-1の部優勝[9]
  • 1994年(平成06年)5月31日 - 航空総隊戦技競技会対戦闘機戦闘(ACM)部門F-1の部優勝[10]
  • 1997年(平成09年)1月 F-1の用途廃止開始[11]
3月17日 - 小松基地よりF-4EJ改が移動[4]
3月31日 - F-1からF-4EJ改に機種更新[4]
  • 1998年(平成10年)10月9日 - 青森県三沢市北東沖約75キロの太平洋上でF-4EJ改が墜落、乗員2名が殉職[12][13]
  • 2003年(平成15年)7月14日 - 航空総隊戦技競技会F-4部門優勝[6]
  • 2005年(平成17年)7月4日 - コープノース・グアム2005に参加。航空自衛隊初の海外演習でのF-4EJ改による実弾投下訓練を実施[14][15]
  • 2008年(平成20年)4月1日 - 第8飛行隊内に「F-2飛行班」新編。
9月30日 - F-4減勢に伴い対領空侵犯措置任務解除。
  • 2009年(平成21年)3月6日 - F-4EJ改の最終訓練が行われ運用終了。
3月26日 - F-4EJ改からF-2戦闘機に機種更新[16]
7月30日 - 九州周辺空域での日米共同訓練に参加[19]
8月8日 - 九州周辺空域での日米共同訓練に参加[20]
10月21日 - 九州周辺空域での日米共同訓練に参加[21]

歴代運用機[編集]

第8飛行隊で運用したF-4EJ改

登場作品[編集]

機動警察パトレイバー 2 the Movie
幻の空爆で三沢基地から東京へ向けて爆装して出撃する、第8飛行隊「ワイバーン」として登場する、実際はレーダー上のみ。
シン・ゴジラ
ゴジラ再上陸の際に発動したB-2号「タバ作戦」フェイズ3に参加、三沢基地所属(当時)のF-2二機がJDAMによる航空攻撃を行う。

脚注・出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o イカロス出版 Jwing No.214 2016年6月号 36頁 「日本の戦闘機部隊2016 保存版!空自の全15個戦闘機部隊ヒストリー」松崎豊一
  2. ^ イカロス出版 Jwing No.2 1998年10月号 40頁-45頁 「ファントムが好きだ! 三沢基地第8飛行隊の黒豹F-4 [支援戦闘機」としてのF-4ファントム」坪田敦史
  3. ^ 大日本絵画 月刊モデルグラフィックス2月号別冊 戦競1988 航空自衛隊昭和63年度航空総隊戦技競技会 72頁 「昭和63年度戦技競技会参加部隊史」
  4. ^ a b c イカロス出版 自衛隊の名機シリーズ4 航空自衛隊T-2/F-1 18頁-19頁 「歴代T-2/F-1飛行隊 第8飛行隊」松崎豊一
  5. ^ 文林堂 航空ファン イラストレイテッド 94-10 No.78 60頁-65頁 「戦競 航空自衛隊戦技競技会の迷彩機(F-104,F-1,F-4EJ,F-15) '83戦競」
  6. ^ a b イカロス出版 JWing No.184 2013年12月号 21頁 「戦競2013 戦競、偉大なるその軌跡」松崎豊一
  7. ^ 文林堂 航空ファン イラストレイテッド 94-10 No.78 82頁-85頁 「戦競 航空自衛隊戦技競技会の迷彩機(F-104,F-1,F-4EJ,F-15) '86戦競」
  8. ^ 文林堂 航空ファン イラストレイテッド 94-10 No.78 86頁-91頁 「戦競 航空自衛隊戦技競技会の迷彩機(F-104,F-1,F-4EJ,F-15) '87戦競」
  9. ^ 文林堂 航空ファン イラストレイテッド 94-10 No.78 92頁-99頁 「戦競 航空自衛隊戦技競技会の迷彩機(F-104,F-1,F-4EJ,F-15) '88戦競」
  10. ^ 文林堂 航空ファン イラストレイテッド 94-10 No.78 2頁-25頁 「戦競 航空自衛隊戦技競技会の迷彩機(F-104,F-1,F-4EJ,F-15) '94戦競」
  11. ^ イカロス出版 JWing No.103 2007年3月号 32頁-35頁 「『日本の防衛』と『米国の戦略』が交差する三沢のF-2、F-4、F-16 年表でみる『ミサワファイター』」櫻井定和
  12. ^ イカロス出版 JWing No.4 1998年12月号 115頁 「行くぞ!NEWSマン 自衛隊NEWS」
  13. ^ イカロス出版 JWing No.5 1999年1月号 119頁 「行くぞ!NEWSマン 自衛隊NEWS」
  14. ^ イカロス出版 JWing No.103 2007年3月号 22頁-25頁 「『日本の防衛』と『米国の戦略』が交差する三沢のF-2、F-4、F-16 第3航空団第8飛行隊」中野耕志
  15. ^ http://www.boueinews.com/news/2005/20050901_1.html 防衛ホーム自衛隊ニュース2005年9月1日号
  16. ^ イカロス出版 JWing No.130 2009年6月号 10頁-17頁 「編成完結記念レポート 新生・第8飛行隊、F-2で未来へ・・・!」伊藤久巳
  17. ^ http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201607/20160713_23004.html <三沢基地>空自第8飛行隊 福岡へ(河北新報)
  18. ^ 航空自衛隊報道発表資料 29.7.8[http://www.mod.go.jp/asdf/news/houdou/H29/290708.pdf 米空軍との共同訓練の実施について
  19. ^ 航空自衛隊報道発表資料 29.7.30米空軍との共同訓練の実施について
  20. ^ 航空自衛隊報道発表資料 29.8.9米空軍との共同訓練の実施について
  21. ^ 航空自衛隊報道発表資料 29.10.21米軍との共同訓練の実施について

外部リンク[編集]