神奈川県立歴史博物館

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Japanese Map symbol (Museum) w.svg 神奈川県立歴史博物館
Kanagawa Prefectural Museum of Cultural History
Kanagawa Prefectural Museum of Cultural History 2009.jpg
内装
神奈川県立歴史博物館の位置(横浜市内)
神奈川県立歴史博物館
横浜市内の位置
施設情報
前身 神奈川県立博物館
専門分野 人文科学
館長 望月一樹
事業主体 神奈川県
管理運営 神奈川県教育委員会
建物設計 妻木頼黄
延床面積 10,565.47m2[1]
開館 1967年 (54年前) (1967)
所在地 231-0006
神奈川県横浜市中区南仲通5-60
位置 北緯35度26分56.87秒 東経139度38分10.59秒 / 北緯35.4491306度 東経139.6362750度 / 35.4491306; 139.6362750 (神奈川県立歴史博物館)座標: 北緯35度26分56.87秒 東経139度38分10.59秒 / 北緯35.4491306度 東経139.6362750度 / 35.4491306; 139.6362750 (神奈川県立歴史博物館)
外部リンク ch.kanagawa-museum.jp
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神奈川県立歴史博物館(かながわけんりつれきしはくぶつかん)は、神奈川県横浜市中区南仲通にある神奈川県の文化と歴史に関する博物館馬車道に面している。最寄り駅はみなとみらい線馬車道駅

1967年昭和42年)に神奈川県立博物館として開館。日本の総合博物館として先駆的な存在だった。1995年平成7年)に自然史分野を分離して神奈川県立生命の星・地球博物館小田原市入生田)として再整備し、人文系の歴史博物館として再整備された。横浜で貿易商をしていた丹波恒夫の浮世絵コレクション6,000点以上などを所蔵している。

建物と敷地[編集]

関東大震災で被災した横浜正金銀行。地下室に避難した人々は無事だったが、敷地内・周辺で多数の焼死者が出た。

建物は、歴史主義建築(ネオ・バロック様式)に属する明治30年代における代表的なドイツの近代洋風建築の影響を強く受けた建造物である。

横浜正金銀行本店として1900年明治33年)に着工し、1904年(明治37年)に完成した。妻木頼黄が設計、遠藤於莵が工事監督を務めた古典主義様式建築。[2]1923年大正12年)9月1日関東大震災の火災により建物のドームが焼失する。1947年(昭和22年)には、横浜正金銀行を引き継いだ東京銀行が発足し、東京銀行横浜支店として使用された。1964年(昭和39年)に神奈川県が建物を買い取り、建物の増築・改修工事を行い、関東大震災で焼失したドーム屋根の復元を行う。1967年(昭和42年)3月20日神奈川県立博物館として開館する。

1969年(昭和44年)、建物が「旧横浜正金銀行本店本館」として国の重要文化財に指定され、1995年(平成7年)には敷地を含め「旧横浜正金銀行本店」として国の史跡に指定されている。外観のよく保存された、すぐれた意匠をもつ洋風建築であり、明治以降の建築物をともなう遺跡で国より史跡の指定を受けたのはこれが最初である。

  • 竣工 - 1904年(明治37年)
  • 構造・規模 - 石・煉瓦造、地上3階、地下1階、正面中央八角塔屋付、ドライエリヤ石塀附属
  • 建築面積 - 1,998.3平方メートル

交通[編集]

出典[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 令和元年度『年報』 (PDF)”. 神奈川県立歴史博物館. 2021年4月26日閲覧。
  2. ^ よこはま百問 かながわ検定・横浜ライセンス受験参考問題集 p.199

関連項目[編集]

参考文献[編集]

博物館ウェブサイトで『神奈川県立博物館研究報告—人文科学—』がオンライン公開されている。また、考古学分野の刊行物は、全国遺跡報告総覧においても公開されている。

外部リンク[編集]