石崎汽船

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石崎汽船株式会社
石崎汽船のロゴマーク
Matsuyama-KANKO-port terminal (Matsuyama-City).JPG
石崎汽船本社のある松山観光港ターミナル
種類 株式会社
略称 ISHIZAKI
本社所在地 日本の旗 日本
791-8081
愛媛県松山市高浜町5丁目2259-1
松山観光港ターミナル内
設立 創業:1862年(文久2年)8月
設立:1918年(大正7年)7月
業種 海運業
代表者 代表取締役社長 清水 一郎
資本金 1億6,800万円
従業員数 62名
主要株主 伊予鉄道(株) 42%
主要子会社 松山・小倉フェリー(株)
中島汽船(株)
関係する人物 庄兵衛
外部リンク http://www.ishizakikisen.co.jp/
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国の登録有形文化財である旧本社の建物(木子七郎設計)
高速船「瑞光」(呉港にて)
フェリー「旭洋丸」(呉港にて)

石崎汽船株式会社(いしざききせん)は、愛媛県松山市に本社を置く海運会社である。 創業130年を超える老舗の旅客船事業者である。長年にわたり近鉄グループに属していたが、現在は伊予鉄道の持分法適用関連会社である。

沿革[編集]

  • 1862年(文久2年):新浜村(現 松山市高浜)の庄兵衛が廻船業を興す。[1]
  • 1864年(元治元年):庄兵衛が死去するが、以後の後継ぎも「庄兵衛」を名乗る。
  • 1869年(明治2年):庄兵衛(創始者の孫にあたる)が「石﨑庄兵衛」を名乗り始める。
  • 1873年(明治6年):外輪船を輸入し、愛媛県内で旅客船営業を始める。[2]
  • 1890年(明治23年)11月:三津浜〜広島間 定期航路開始。
  • 1891年(明治24年):徳山の船会社から「第一相生丸」を購入する。以後、購入・建造する船は「第○相生丸」と命名されるようになる。
  • 1903年(明治36年)8月:三津浜 - 尾道航路を開設する。
  • 1918年(大正7年):石崎汽船株式会社設立。[3]
  • 1924年(大正13年)12月:石崎汽船旧本社屋落成。
  • 1965年(昭和40年):松山 - 広島航路にフェリーを導入する。
  • 1966年(昭和41年):松山 - 広島航路に水中翼船を導入する。
  • 1969年(昭和44年):松山 - 尾道航路に水中翼船を導入する。
  • 1971年(昭和46年):松山 - 尾道航路に高速船を導入する(四国内と本州の鉄道との連絡航路として利用された)。
  • 1975年(昭和50年)5月:松山 - 三原航路を開設する(瀬戸内海汽船、昭和海運との共同運航)。新幹線との連絡航路として利用された。
  • 1979年(昭和54年):松山 - 尾道航路に就航していた高速船を水中翼船に置き換える。
  • 1988年(昭和63年)6月:松山 - 三原航路が、瀬戸大橋開通による航路再編に伴い廃止される。
  • 1993年(平成5年):松山 - 広島航路に就航していた水中翼船を、高速船「スーパージェット」に置き換える。
  • 1998年(平成10年)3月:松山 - 門司北九州市)航路に「スーパージェット」の大型タイプである「シーマックス」を導入し就航させる。
  • 1999年(平成11年):松山 - 尾道航路が、しまなみ海道開通による航路再編に伴い廃止されたほか、松山 - 広島航路を縮小する。
  • 2001年(平成13年)4月24日:本社の建物が登録有形文化財に登録[4]
  • 2004年(平成16年)
  • 2008年(平成20年)
    • 1月15日:「シーマックス」(松山 - 門司)を廃止する。
    • 3月10日:松山 - 呉 - 広島の「スーパージェット」が、1日15往復から14往復に減便する(フェリー便は現状維持)。
  • 2009年(平成21年)10月31日:瀬戸内海汽船とともにICい〜カードPASPYを導入し供用を開始する。また、ICOCAの共通利用も開始する。
  • 2013年(平成25年)
  • 2014年(平成26年)4月1日:消費税増税に伴い、スーパージェット・クルーズフェリーの料金値上げをする。

歴代社長[編集]

  • 初代社長 石崎兵太郎(1918年 - 1931年)[7]
  • 2代社長 石崎仙太郎(1931年 - 1975年)
  • 3代社長 石崎洋一郎(1975年 - 1989年)
  • 4代社長 武井正(1989年 - 1995年)
  • 5代社長 一色昭造(1995年 - 2015年)
  • 6代社長 清水 一郎(2015年 - )[8]

航路[編集]

高速船「スーパージェット」およびクルーズフェリーを瀬戸内海汽船と共同運航

廃止航路[編集]

  • 松山港 - 尾道港(1903年 - 1999年)
しまなみ海道の開通により航路廃止、年間利用者数 - 5万人(1995年)
  • 松山港 - 三原港(1975年 - 1988年)
瀬戸大橋の開通により航路廃止、年間利用者数 - 13万人(1985年)
  • 松山観光港 - 門司港(1998年 - 2008年)
高速船「シーマックス」) :

船舶[編集]

就航中の船舶[編集]

フェリー[編集]

1987年6月竣工、神田造船所川尻工場建造
696総トン、全長55.9m、幅13.1m、深さ3.35m、ディーゼル×2基、出力2,600PS、航海速力14.5ノット、旅客定員400名、乗用車40台
1990年7月竣工、神田造船所川尻工場建造
696総トン、全長55.9m、幅13.1m、深さ3.35m、ディーゼル×2基、出力2,600PS、航海速力14.5ノット、旅客定員400名、乗用車40台

高速船[編集]

  • 瑞光(スーパージェット30)
1993年12月25日就航、日立造船神奈川工場建造
189総トン、全長33.8m、幅9.8m、深さ3.5m、ディーゼル×2基、出力5,000PS、航海速力32.0ノット、旅客定員156名
  • 祥光(スーパージェット30)
1994年4月25日就航、日立造船神奈川工場建造
189総トン、全長33.8m、幅9.8m、深さ3.5m、ディーゼル×2基、出力5,000PS、航海速力32.0ノット、旅客定員156名

過去の船舶[編集]

客船[編集]

  • 第三相生丸
95.75総トン、全長28.76m
  • 第四相生丸
161総トン、1903年進水
  • 第六相生丸
119.02総トン、全長31.27m
  • 第十相生丸
  • 第十一相生丸
  • 第十二相生丸
325総トン、1922年進水、向島船渠建造
  • 第十五相生丸
  • 第十六相生丸
  • 第十七相生丸
  • 第十八相生丸
336総トン、1957年進水、波止浜造船建造
  • 春洋丸
297総トン、1962年進水、波止浜造船建造
  • 錦洋丸
251総トン、1964年進水、波止浜造船建造
フェリー
494総トン、1965年進水、神田造船所建造
496総トン、1968年進水、神田造船所建造
699総トン、旅客定員370名
653総トン
水中翼船
63.75総トン、最大速力37.0ノット、旅客定員72名、1966年竣工、日立造船神奈川工場建造、1997年12月引退、大和ミュージアムで屋外保存されていたが、2014年に撤去、解体された。
62.87総トン、最大速力37.1ノット、旅客定員66名、1970年竣工、1999年5月9日引退、日立造船神奈川工場建造
56.75総トン、最大速力36.9ノット、旅客定員69名、1981年竣工、日立造船神奈川工場建造
129総トン、全長27.54m、幅5.84m、深さ3.56m、旅客定員126名
133総トン
高速船
68.5総トン、1971年竣工、三保造船所建造、全長20.4m、全幅4.6m、旅客定員70名
1998年2月27日竣工、1998年3月就航、2008年1月15日引退、日立造船神奈川工場建造
284総トン、全長39.5m、幅11.4m、深さ3.7m、喫水1.85m、高速ディーゼル×4基、ウォータージェット×2基  最大速力45.18ノット、旅客定員200名

脚注[編集]

外部リンク[編集]

  • 石崎汽船(公式サイト)
  • 石崎汽船本社(登録有形文化財(建造物)) - 国指定文化財データベース(文化庁)

座標: 北緯33度51分54.9秒 東経132度42分41.17秒 / 北緯33.865250度 東経132.7114361度 / 33.865250; 132.7114361