栗澤僚一

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栗澤 僚一 Football pictogram.svg
名前
愛称 クリ[1][2]
カタカナ クリサワ リョウイチ
ラテン文字 KURISAWA Ryoichi
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1982-09-05) 1982年9月5日(36歳)
出身地 千葉県松戸市
身長 170cm
体重 64kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 柏レイソル
ポジション MF
背番号 28
利き足 右足[1]
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2004-2008 FC東京 79 (4)
2008- 柏レイソル 215 (2)
1. 国内リーグ戦に限る。2017年12月3日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

栗澤 僚一(くりさわ りょういち、1982年9月5日 - )は、千葉県松戸市出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー(MF)Jリーグ ディビジョン1柏レイソル所属。流通経済大学法学部[3]

来歴[編集]

兄の影響で[4]6歳の時に[2]サッカーを始める。小学校卒業に併せて柏レイソルのジュニアユース加入を図ったが選考を通らず、中学生時にはなかなか専門的指導を受けられずにいた[5]。トレセンでのプレーが認められ[5][6]、1998年に県内の強豪校である習志野高校へ進学したが、全国大会での好成績を残せず、千葉県選抜として臨んだ国体も地区予選で敗れたため[5][6]全国的には無名の存在だった[7]

習志野高校サッカー部本田裕一郎監督の紹介を受け[6]、2001年に流通経済大学へ進学。同大学は強化に乗り出してから年が浅く、同年は茨城県大学リーグに所属していたが[5]、栗澤は2学年上のFW阿部吉朗の練習に取り組む姿勢から刺激を受け、阿部との好連携によってプレーも磨かれていった[7]。3年時には関東大学リーグ2部で優勝し、先輩の塩田仁史及び池田昌広と共にベストイレブンに選出された[8]。大学在学中の2004年から、特別指定選手としてFC東京に加入[9]。MFケリーの負傷離脱などによって出場機会を掴むと[10]、巧みなボールコントロールや基本技術の高さで信頼を掴み[11]、7月には翌年からのFC東京との契約を結んだ[3]

2005年に大学を卒業してチームに再合流。シンプルに味方を使って[12]リズムを作り、豊富な運動量とミスの少ない堅実なプレーで貢献[13]。ルーキーながら同年のリーグ戦全試合に出場した[14]。Jリーグ初得点はJ1第4節ジュビロ磐田戦。当時FC東京が苦手としていた磐田から5年ぶりの勝利を勝ち取る値千金の決勝弾だった[15]。2006年は負傷の影響で出場機会を減らしたが[1]、フォアザチームを体現するプレーぶりへの信頼は厚く、同年をもって現役を引退する三浦文丈からは自身の背番号10を受け継いでほしいと後継者に指名されていた[16][17](2007年にパウロ・ワンチョペが10番を付けたため実現せず)。復調後は攻守のバランスを取りつつ[18]チームの潤滑油として奮闘を続けていたが[4]、2008年になると新加入のMF羽生直剛と役割が重なったことなどにより[19]、出場機会を激減させていた。

2008年8月、鈴木達也との交換トレードの形で[19]柏レイソルへレンタル移籍[20][21]谷澤達也の移籍によって空いた背番号28[注 1]を着用し、主に攻撃的な位置に入り[18]得点に絡むことを意識してプレーしていた[4][7]FC東京在籍時とは一転、ボランチとしてレギュラーに定着した。2009年も移籍期間を延長して拍でのプレーを続けたが[22][23]チームの失点増加を食い止めきれず、自身初のJ2降格を喫した。

2010年から柏へ完全移籍[24][25]となった。警告処分を厭わない[注 2]守備でチームを支え、リーグ最小失点でのJ2優勝及びJ1復帰に貢献。翌2011年には右ボランチとしてレアンドロ・ドミンゲスと酒井宏樹の右サイドアタック陣を支え続けJ1優勝に大きく貢献した。同年にはFIFAクラブワールドカップ2011にも出場し、準々決勝モンテレイ戦でのPK戦ではキッカーも務めてベスト4入りに貢献した。その後もこぼれ球の予測に長けセカンドボール回収に優れる[2]ボランチの中軸として出場を続け、主将大谷秀和に代わってゲームキャプテンを務める機会もあり、2013年のヤマザキナビスコカップでは自身の手で優勝杯を掲げた[26]。また、同年3月にタレントの佐藤弥生と結婚[27][28]ジョルジ・ワグネルが退団した2014年からはチーム最年長となり先発を外れる機会が多くなったが[29]、衰えない運動量で[30]計算できる貴重な選手として[31]重宝された。

人物[編集]

  • 同時期にFC東京に在籍していた今野泰幸馬場憂太と特に仲が良く[4]、頻繁に部屋を行き来していた。柏に移籍後も馬場とは親しく、馬場のブログに登場することがある。
  • ジュビロ磐田との試合で相性が良く、通算3試合で3得点を挙げ「磐田キラー」と呼ばれた[15]

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2004 流経大 - - - 1 0 1 0
2004 FC東京 33 J1 6 0 3 1 - 9 1
2005 27 34 3 5 1 2 0 41 4
2006 13 1 2 0 1 0 16 1
2007 22 0 5 0 3 0 30 0
2008 4 0 3 0 - 6 0
28 11 1 - 5 0 16 1
2009 32 0 4 0 2 0 38 0
2010 J2 31 0 - 3 0 34 0
2011 J1 31 0 2 0 3 0 36 0
2012 26 0 3 0 4 0 33 0
2013 26 0 5 0 3 0 34 0
2014 14 0 5 0 0 0 19 0
2015 19 0 1 0 2 0 22 0
2016 18 1 2 0 2 0 22 1
2017 7 0 6 0 2 0 15 0
2018
通算 日本 J1 263 6 46 2 29 0 338 8
日本 J2 31 0 - 3 0 34 0
日本 - - 1 0 1 0
総通算 294 7 46 2 33 0 373 8
  • 2004年は特別指定選手として出場

その他の公式戦

国際大会個人成績 FIFA
年度 クラブ 背番号 出場 得点 出場 得点
AFCACLクラブW杯
2011 28 - 3 0
2012 4 0 -
2013 10 2 -
2015 3 0 -
2018 2 0 -
通算 AFC 19 2 3 0
出場歴

脚注[編集]

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注釈
  1. ^ 習志野高校の2年先輩であった玉田圭司の柏在籍時の背番号でもあった。
  2. ^ この年のリーグ戦では、チーム最多となる11枚のイエローカードを提示されている。
出典
  1. ^ a b c PLAYER'S DATABASE - ウェイバックマシン(2007年9月27日アーカイブ分) WEBサッカーマガジン (2007年2月13日)
  2. ^ a b c 『Jリーグ選手名鑑2014 エルゴラッソ特別編集』、2014年、60頁。
  3. ^ a b 栗澤僚一選手(流通経済大学)来季新加入内定のお知らせ - ウェイバックマシン(2004年8月13日アーカイブ分) FC東京 (2004年7月21日)
  4. ^ a b c d 『FC東京ファンブック2008』 毎日新聞社2008年、31頁。
  5. ^ a b c d e f PLAYER'S HISTORY FILE 014 - ウェイバックマシン(2010年7月2日アーカイブ分) Jリーグ選手協会 (2008年4月11日)
  6. ^ a b c on the way 柏レイソル
  7. ^ a b c 365日FC東京 <第19回> MF 栗沢 僚一 意識高い阿部さんの影響大きかった - ウェイバックマシン(2004年8月3日アーカイブ分) 東京中日スポーツ (2004年7月23日)
  8. ^ 第77回関東大学サッカーリーグ戦・順位表・表彰者一覧 College Soccer Central
  9. ^ 栗澤僚一選手(流通経済大学)「JFA・Jリーグ 特別指定選手」承認のお知らせ - ウェイバックマシン(2004年5月13日アーカイブ分) FC東京 (2004年2月26日)
  10. ^ 練習中に左足肉離れ ケリーまた離脱!! 栗沢が代役出場に意欲 - ウェイバックマシン(2004年10月25日アーカイブ分) 東京中日スポーツ (2004年4月29日)
  11. ^ 365日FC東京 高い技術に裏打ちされた栗沢の先制ゴール - ウェイバックマシン(2004年10月27日アーカイブ分) 東京中日スポーツ (2004年7月21日)
  12. ^ 馬場負傷開幕ピンチ でも栗沢がいる! - ウェイバックマシン(2005年2月20日アーカイブ分) 東京中日スポーツ (2005年2月17日)
  13. ^ 365日FC東京 <第42回> MF 栗沢 僚一 いい判断ができる選手になりたい。あとは熱い気持ち - ウェイバックマシン(2005年10月28日アーカイブ分) 東京中日スポーツ (2005年3月18日)
  14. ^ 選手出場記録 Jリーグ (2005年12月3日)
  15. ^ a b ジュビロキラー栗沢復活 東京中日スポーツ 2006.11.17
  16. ^ 【J1:第11節 F東京 vs 名古屋】プレビュー J's GOAL (2008年5月5日)
  17. ^ 引退の文丈が栗沢を後継者に 背番号『10』を託す 東京中日スポーツ (2006年11月29日)
  18. ^ a b MF栗沢 復活スタメン - ウェイバックマシン(2007年12月8日アーカイブ分) 東京中日スポーツ (2007年12月7日)
  19. ^ a b 栗沢 柏へレンタル移籍 鈴木が新加入 東京中日スポーツ (2008年8月27日)
  20. ^ 栗澤僚一選手 柏レイソルへ期限付き移籍決定のお知らせ - ウェイバックマシン(2008年8月29日アーカイブ分) FC東京 (2008年8月26日)
  21. ^ 栗澤僚一選手が期限付き移籍加入 柏レイソル (2008年8月26日)
  22. ^ 栗澤僚一選手 柏レイソルへの期限付き移籍延長のお知らせ - ウェイバックマシン(2012年7月14日アーカイブ分) (2009年1月9日)
  23. ^ 栗澤僚一選手の期限付き移籍延長 柏レイソル (2009年1月9日)
  24. ^ 栗澤僚一選手 柏レイソルへ完全移籍決定のお知らせ - ウェイバックマシン(2010年1月10日アーカイブ分) FC東京 (2010年1月6日)
  25. ^ a b 栗澤僚一選手が移籍加入 柏レイソル (2010年1月6日)
  26. ^ 優勝杯を掲げたキャプテン代理の柏MF栗澤「最高でした!」 ゲキサカ (2013年11月2日)
  27. ^ 栗澤僚一選手が入籍 柏レイソル (2013年4月1日)
  28. ^ 柏の栗沢結婚「王様のブランチ」佐藤弥生 日刊スポーツ (2013年4月1日)
  29. ^ サッカーダイジェスト No.1334』 日本スポーツ企画出版社2015年、65頁。
  30. ^ 第2ステージ(2)走行距離トップは柏のMF栗沢、ダッシュしたのは名古屋のMF永井 産経ニュース (2015年7月18日)
  31. ^ 『Jリーグ選手名鑑2015 J1・J2・J3 (エルゴラッソ特別編集)』 三栄書房2015年、48頁。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]