サッカーの背番号

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
背番号 > サッカーの背番号

本項ではサッカーの背番号(サッカーのせばんごう)について解説する。

概要[編集]

サッカーにおいて背番号制度の導入がなされたのは20世紀初頭になってからである[1]。1897年、オーストラリアブリスベンで行われたラグビーのクインズランド対ニュージランド戦で使用されたのを契機に、イギリスにおいてサッカーでも使用すべきではという言説がなされるようになった[1]。こうした議論を経て、1928年のイングランドリーグ、アーセナルチェルシー戦において、サッカーで初めて背番号をつけたジャージー(ユニフォーム)での試合が行われた[2]。チーム関係者からは「数字がチームカラーをスポイルする」として不評だったが、プログラムブックを見なければ選手が判らないことに対して不満を感じていた観戦者から概ね好評であった[2]。その後、1933年にFAカップ決勝戦(エヴァートンマンチェスター・シティ)で再び背番号入りのジャージーが試用され、エヴァートンの選手が1番から11番を、マンチェスターシティの選手が12番から22番をそれぞれ着用して試合が行われた[3]。以降FAカップでは背番号制度が本格的に導入され、1939年にはイングランド・リーグでも導入されるようになる<[3]

導入当時は1番から11番まで固定で、19世紀末から1920年代半ばまで世界のサッカー界を席巻していた2-3-5のVフォーメーションに沿ってゴールキーパーから順に、ポジションが前に行くに従って番号が大きくなるよう設定された[3]。まず最後尾のゴールキーパー1番。続いて2人のフルバックは右から順に、ライトバック2番、レフトバック3番が割り振られた。3人のハーフバックも同様に、右からライトハーフ4番、センターハーフ5番、レフトハーフ6番。5人が並ぶフォワードは、ライトウィング7番、インサイドライト8番、センターフォワード9番、インサイドレフト10番、レフトウィング11番となった。

この背番号がスタンダードとなり、世界に広まっていった。

ピラミッド・システム

しかし、その後のそれぞれの国でのフォーメーションの変化にともない、各背番号が指すポジションは国ごとに変化していった[注釈 1]

以前は試合ごとにスターティングメンバー1番から11番までが与えられていたが、現在、世界中のほとんどのプロリーグで背番号は固定制となり、選手は年間を通じて好きな番号を付けることができるようになった。また特に目立つことが好きな選手には、昔は誰もつけていなかったような大きな数字でさえ選ばれるようになった。ファンや観客が選手を特定するのが容易になった反面、ポジションと背番号との同一性はあまり感じられなくなってしまった。

永久欠番[編集]

1993年、プレミアリーグでスコッド・ナンバー制度が導入され、試合ごとに背番号を割り当てるのではなく、個人ごとに番号が割り当てられるようになった[3]。これにより、他の競技で見られるような永久欠番の概念がサッカーにも登場し、ナポリの10番(ディエゴ・マラドーナ)、マンチェスター・シティの23番(マルク=ヴィヴィアン・フォエ)などが知られている[3]

各国の歴史[編集]

イングランド[編集]

イングランドでは、1930年代から3-2-2-3のWMフォーメーションが一般的になる。それにともない、HBから5番のセンターハーフがFBの真ん中に下がる。そしてFWから8番と10番が下がってHBに加わった。このフォーメーションと背番号がヨーロッパ全体に広まった。

1960年代には、6番がディフェンスラインに下がって4バックを形成する4-3-3へと変化する。

その後、ヨーロッパの中ではいち早く4-4-2システムに移行。現在のイングランドで4-4-2と言えば、GK 1、DFは左から3 6 5 2、MFは左ハーフ11、中央に48、右ハーフ7が並ぶ。そして、FWはセンターフォワード9番と10番がコンビを組むこととなる。

4番と8番では8番の方が攻撃的な選手で、シャドーストライカー・タイプや他国なら10番を付けるタイプが務める。またイングランドでは他国とは異なり、10番は伝統的にチームエースストライカー的存在のフォワードの選手が付けていた(マイケル・オーウェンなど)。しかし国内トップリーグのプレミアリーグにおける2000年代の外国人監督の増加とそれに伴う他国式の戦術の採用の影響か、近年では中盤のいわゆるトップ下の選手のポジションそのものを「10番」と呼ぶようにさえなってきており、より普遍的なイメージに近づいている[5][6]

WMシステム イングランド4-3-3 イングランド4-4-2

南米[編集]

南米では、フォーメーションはヨーロッパとは異なる進化を遂げる。前述の2バックのVフォーメーションから、WMフォーメーションの3バックを経ずにいきなり4-2-4という4バックのフォーメーションを採用。選手のポジション変更にともない、背番号の配置も変わって行った。

ブラジルでは、HBの両サイド、4番と6番がFBの2人を挟むように下がり、FWラインから8番がHBに加わった。その後、4番が内側の2番と入れ替わり、現在の4バックの布陣となった。左から並べると、6 3 4 2となる(さらに3番と4番が入れ替わり、6 4 3 2となることも)。

一方、アルゼンチンではHBの46番は、FBと交互に並ぶように後ろに下がった。左から並べると3 6 4 2となる。

ブラジル4-2-4 アルゼンチン4-2-4

1958年にはブラジルがこの4-2-4のフォーメーションでワールドカップを制覇。この時、ペレが10番をつけていたことが、チームの中心=10番というイメージを世界中に広めることに一役買った。その後、ブラジルは4-3-3を採用して1962年のワールドカップも制し、世界中の国がそれを採用することになった。

現在のブラジルでは、4-4-2の場合、以下のようになることが多い。GK 1、DFは左から 6 3 4 2ボランチ 5 8、攻撃的MF 7 10、FW 9 11。もともと左右のウイングだった711は、FWとMFの位置を入れ替わることもある。

ブラジル4-3-3 ブラジル4-4-2

イタリア[編集]

現在、国内トップリーグであるセリエAでは、1番から99番まで自由に背番号を決めて良いという規定があり、選手は99番などの大きな数字を背中に付けたり、自分の生年の下2桁を背番号にしたりすることもある[4]

オランダ[編集]

オランダの場合、6番はボランチ、8番はサイドアタッカー、10番はトップ下に与えられる番号[6]

伝統的なアヤックス風の3-4-3フォーメーションでは、GK 1、DFは左から5 3 2、MFはダイヤモンド型の下の頂点が4、左が8、右が6、上の頂点が10、FWは左から11 9 7となる。

オランダ3-4-3

国内プロリーグでは、ファン獲得のために1970年に固定背番号制を採用したが、これは当時のヨーロッパでは画期的なことだった[7]

スペイン[編集]

スペインの場合、一般的には4-2-3-1だが、オランダ人のクライフが監督を務めたバルセロナがオランダ風の背番号のつけ方をしていた。

スペイン4-2-3-1 クライフ時代のバルセロナ4-2-3-1

フランス[編集]

フランス4-4-2

ドイツ[編集]

ドイツ3-5-2

日本[編集]

背番号とポジションの関係[編集]

日本では欧州と南米のサッカー両方の影響を強く受けている関係上、背番号もその両者のイメージが混在している。また世界のほとんどの国と同様、10番は特別な選手が付ける番号と思われている。

一般的には、

  • 1番:ゴールキーパー
  • 2番:右サイドバック、左サイドバック
  • 3番:センターバック、左サイドバック、右サイドバック
  • 4番:センターバック、右サイドバック
  • 5番:守備的ミッドフィールダー、センターバック
  • 6番:左サイドバック、守備的ミッドフィールダー
  • 7番:右ウイング、右サイドハーフ、攻撃的ミッドフィールダー、フォワード
  • 8番:守備的ミッドフィールダー、攻撃的ミッドフィールダー
  • 9番:センターフォワード
  • 10番:攻撃的ミッドフィールダー、フォワード
  • 11番:左ウイング、左サイドハーフ、フォワード

とされることが多い。

プロおよびアマチュアの全国リーグ[編集]

1965年に初めての全国リーグである日本サッカーリーグが誕生した際には、「ファンに選手を覚えてもらおう」ということで、選手ごとに番号がつけられる固定背番号制が採用された[7]。しかし、これには登録が随時のためにレギュラーであるはずの外国籍選手の番号が20番や30番といった大きな番号になってしまうという問題があった[8]

1993年に開幕した国内初のサッカーのプロリーグであるJリーグでは、初年度の1993年から1996年まではポジションごとの役割が理解しやすいようにと、試合ごとに先発選手がポジションに応じて1番から11番を、そして控え選手が12番から16番をつける変動背番号制が採用され、1997シーズンからは、選手の認知度を高めることを目的に、再び固定背番号制が採用された[7][8][注釈 2]

現在、Jリーグの定める「ユニフォーム規約」では、

  • 背番号はJリーグへ登録し、シーズン途中の変更は認められない。
  • 背番号0番は不可。
  • 背番号1番はゴールキーパー、背番号2番から11番まではフィールドプレーヤーが付けなければならない。
  • 背番号12番以降は、登録選手が50人以下であれば50番まではポジションとは無関係に自由に付けることができる。ただし登録選手が51人を超えた場合は、51番から連番で番号をつけなければならない。

などの取り決めがある[8][9]

特に決まりはないが、Jリーグでは12番はサポーターナンバーとされることが多く、実質欠番扱いのクラブもある(2015年現在、Jリーグ52クラブで12番を欠番にしていないのはサガン鳥栖1クラブのみ[注釈 3]である。浦和レッドダイヤモンズ2014年までは12番を選手に付けさせていた[注釈 4])。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ ただし、過去にはワールドカップでのアルゼンチン代表やイタリア代表のように、背番号を名前のアルファベット順に割り振った国もある[4]
  2. ^ 詳しくは、日本プロサッカーリーグ#背番号の項参照。但し、Jリーグ発足以後の下位リーグ=ジャパンフットボールリーグ日本フットボールリーグはJリーグが変動性だった1993-96年も固定背番号制となっている。
  3. ^ サガンは17番を欠番としている
  4. ^ ただし、横断幕には12番をかたどったマークはあった

出典[編集]

  1. ^ a b 加納正洋『サッカーのこと知ってますか?』、新潮社、2006年5月、 130頁。
  2. ^ a b 加納正洋『サッカーのこと知ってますか?』、新潮社、2006年5月、 131頁。
  3. ^ a b c d e 加納正洋『サッカーのこと知ってますか?』、新潮社、2006年5月、 132頁。
  4. ^ a b 【第10回】「知ってます?世界のサッカー常識」-知られざる背番号ストーリー Part2”. サカイク (2011年2月19日). 2014年10月18日閲覧。
  5. ^ 香川10番トップ下マンU監督構想”. 日刊スポーツ (2013年7月17日). 2014年10月18日閲覧。
  6. ^ a b ファンハール監督がトップ下香川を高評価 複数ポジションでの起用も示唆”. Soccer Magazine ZONE web (2014年7月30日). 2014年10月18日閲覧。
  7. ^ a b c No.180 Jリーグも固定番号制に”. サッカーの話をしよう 大住良之オフィシャルアーカイブサイト (1997年2月17日). 2012年5月2日閲覧。
  8. ^ a b c Jリーグについて - 大会ルール”. Jリーグ公式サイト. 2014年10月18日閲覧。
  9. ^ 【第9回】「知ってます?世界のサッカー常識」-知られざる背番号ストーリー Part1”. サカイク (2011年2月10日). 2014年10月18日閲覧。

参考文献[編集]

  • 加納正洋 『サッカーのこと知ってますか?』 新潮社、2006年5月、130-132頁。ISBN 4103026715