サッカーの背番号

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 本項ではサッカーの背番号(サッカーのせばんごう)について解説する。

始まり[編集]

 サッカーの母国イングランドユニフォームに背番号がつけられるようになったのは、1920年代になってからである。1928年のアーセナルチェルシーのリーグ戦で、初めて使用された。選手は1 - 11までの背番号を与えられた。そしてそれが義務化されたのは、1939年のことであった。初めはどの数がどのポジションを表すかという規則はなかったが、時間が経って様々なフォーメーションが現れるにつれ、ほとんどのチームにその傾向が認められるようになった。1965年にゲーム中の交代が認められるようになると、交代要員は、通常、12番を着けた。2人目の交代が許されるようになると、そのプレーヤーは14番を着けた。ジンクスを信じるサッカープレーヤーが、縁起の悪い数字とされる13番を強制的に着けさせられることはなかった。

 19世紀末から1920年代半ばまで世界のサッカー界を席巻していたのは、(1-)2-3-5のピラミッド・システムだった。後ろから、ゴールキーパー (GK) 1人、フルバック (FB) 2人、ハーフバック (HB) 3人、フォワード (FW) 5人が並ぶフォーメーションである。そのフォーメーションに対し、後ろから順番に番号が与えられた。

 まず最後尾のGKは1番。続いてFB。右から順に番号を割り振り、ライトバック2番、レフトバック3番。HBも同様に、右からライトハーフ4番、センターハーフ5番、レフトハーフ6番。FWはライトウィング7番、インサイドライト8番、センターフォワード9番、インサイドレフト10番、レフトウィング11番となった。 この背番号がスタンダードとなり、世界に広まっていった。

ピラミッド・システム

 しかし、その後のそれぞれの国でのフォーメーションの変化にともない、各背番号が指すポジションは国ごとに変化していった。

 ただし過去には、ワールドカップでのアルゼンチン代表やイタリア代表のように、背番号を名前のアルファベット順に割り振った国もあった。

イングランド[編集]

 イングランドでは、1930年代から3-2-2-3のWMシステムが一般的になる。それにともない、HBから5番のセンターハーフがFBの真ん中に下がる。そしてFWから8番と10番が下がってHBに加わった。 このフォーメーションと背番号がヨーロッパ全体に広まった。

 1960年代には、6番がディフェンスラインに下がって4バックを形成する4-3-3へと変化する。

 その後、ヨーロッパの中ではいち早く4-4-2システムに移行。現在のイングランドで4-4-2と言えば、GK 1、DFは左から3 6 5 2、MFは左ハーフ11、中央に48、右ハーフ7が並ぶ。そして、FWはセンターフォワード9番と10番がコンビを組むこととなる。

 4番と8番では、8番の方が攻撃的。シャドーストライカーをこなすタイプや、他国なら10番を付けるタイプが務める。他国とは異なり、イングランドでは10番と言えば、主にチームエースストライカーを指す。

WMシステム イングランド4-3-3 イングランド4-4-2

南米[編集]

 南米では、フォーメーションはヨーロッパとは異なる進化を遂げる。3バックを経ずに、いきなり4-2-4システムという4バックのフォーメーションを採用。

 ブラジルでは、HBの両サイド、4番と6番がFBの2人を挟むように下がり、FWラインから8番がHBに加わった。その後、4番が内側の2番と入れ替わり、現在の4バックの布陣となった。左から並べると、6 3 4 2となる。

 一方、アルゼンチンではHBの46番は、FBと交互に並ぶように後ろに下がった。左から並べると3 6 4 2となる。

 1958年にはブラジルがこのフォーメーションでワールドカップを制覇。この時、ペレが10番をつけていたことが、チームの中心=10番というイメージを世界中に広めることに一役買った。その後、ブラジルは4-3-3を採用して1962年のワールドカップも制し、世界中の国がそれを採用することになった。

 現在のブラジルでは、4-4-2の場合、以下のようになることが多い。GK 1、DFは左から 6 3 4 2ボランチ 5 8、攻撃的MF 7 10、FW 9 11。もともと左右のウイングだった711は、FWとMFの位置を入れ替わることもある。

ブラジル4-2-4 アルゼンチン4-2-4 ブラジル4-3-3 ブラジル4-4-2

その他の国[編集]

オランダ[編集]

 オランダの場合、伝統的なアヤックス風の3-4-3フォーメーションでは、GK 1、DFは左から5 3 2、MFはダイヤモンド型の下の頂点が4、左が8、右が6、上の頂点が10、FWは左から11 9 7となる。

オランダ3-4-3

スペイン[編集]

 スペインの場合、一般的には4-2-3-1だが、オランダ人のクライフが監督を務めたバルセロナがオランダ風の背番号のつけ方をしていた。

スペイン4-2-3-1 クライフ時代のバルセロナ4-2-3-1

フランス[編集]

フランス4-4-2

ドイツ[編集]

ドイツ3-5-2

現在[編集]

 現在では背番号は固定制となり(以前は、試合ごとにスターティング・メンバーに1 - 11番までが与えられていた)、選手は好きな番号を年間通してつけられるようになった。特に目立つことが好きな選手には、昔は誰もつけていなかった大きな番号も選ばれるようになった。選手の特定は容易になったが、その反面、ポジションと背番号との同一性はあまり感じられなくなってしまった。

日本[編集]

 Jリーグ以前の日本サッカーリーグ時代は、選手ごとに番号がつけられていた。Jリーグ発足後は試合ごとに背番号が与えられていたが、1997年からは固定背番号制がとられるようになった[1](詳しくは、日本プロサッカーリーグ#背番号の項参照 但し、Jリーグ発足以後の下位リーグ=ジャパンフットボールリーグ日本フットボールリーグはJリーグが変動性だった1993-96年も固定背番号制となっている)。

 特に決まりはないが、Jリーグでは12番はサポーターナンバーとされることが多く、実質欠番扱いのクラブもある。1番はゴールキーパーしか付けられない番号である。

有名選手と背番号[編集]

 背番号は、ある特定の選手と結びついて記憶されていることが多い。

 日本では、

などが知られている。

 自分の生まれた年の下二桁を背番号に選択するケースがある。

 リーガ・エスパニョーラでは登録選手数25人は1-25番を使用する為、今のところ事実上不可能。リーグの規定で認められていても、大きすぎる番号を付けることを認めないクラブもある。

1~3番[編集]

1> : GKの番号。その他のポジションの選手が付けることは滅多に無い。一時期、アルゼンチン代表はアルファベット順に背番号を決めたため、1番をフィールドプレーヤーが着けていたことがある(オズワルド・アルディレスなど)。現在はパンテリス・カフェス(元ギリシア代表)がMFながらもつけている。

2> : 一般的に右SB、アルゼンチンでは右CBの番号。主な選手は、

 ガイスカ・トケーロ(アスレティック・ビルバオ)はFWながら2を使用している。

3> : 一般的に左SBCBの番号。主な選手は、

4~6番[編集]

4> : 一般的にはCBボランチ(DH。ディフェンシブハーフ)の、アルゼンチンでは右CBの番号。スペインではピボーテの背番号で、その代表が元バルセロナグアルディオラで、現在はセスクがつけている。また、守備的というイメージを払拭したいし、日本でエースストライカーの番号になってもいいという理由から、日本代表本田圭佑がつけている(栗原勇蔵に譲ってもらう)。主な選手では

5> : 一般的にはCBだが、ブラジルやアルゼンチンではボランチ(DH。ディフェンシブハーフ)、オランダ代表では左SBの番号。主な選手として

 また、ジネディーヌ・ジダン(引退。OH。R・マドリー在籍時)やディエゴ・フォルラン(FW。ビジャレアル在籍時)がそのクラブのみで着用していたことがある。

6> : 主にCBボランチの番号だが、ブラジル代表では左ラテラル(SB)の番号。主な選手では、

7番[編集]

7> : 一部のサッカーファンの間では「快速アタッカー」というイメージがある。主な選手として、

 マンチェスターUでは特別な番号とされ、ジョージ・ベストブライアン・ロブソンエリック・カントナ、ベッカム、クリスティアーノ・ロナウドらが着用し、それぞれクラブの歴史に名を残している。ロナウドはマンU移籍時、前所属チームのスポルティング・リスボンで使用していた28番を付けたかったが、監督のサー・アレックス・ファーガソンが期待を込めて彼に付けさせた。  アレッサンドロ・デル・ピエロイタリア代表で、フランチェスコ・トッティに10番を譲ってくれと言われ快く譲り、その後付けた番号である。これはこれで気に入っているらしく、トッティが代表引退した後でも着用している。  近年のチェルシーではこの番号を付けた選手が振るわないため、「呪いの番号」のようになってしまっている(アドリアン・ムトゥマテヤ・ケジュマン、シェフチェンコの影響。その後7を好むリカルド・クアレスマが加入したが18を選択、後にインテルへレンタルバックした際には7を選択。10-11シーズンからラミレスが使用)。

8~9番[編集]

<8> : 一般的には、スタミナ豊富で攻守両面で活躍する、いわゆる "ダイナモ" と呼ばれるようなMFというイメージがある。主な選手は、

 一方近年、この番号を付けてからしばらくして10番に変更するケースが多くなっている(ウェイン・ルーニーなど)。  旧ユーゴ地域ではプレドラグ・ミヤトヴィッチがクラブ・代表で使用していたこともあり、FWに人気の番号。主な選手は、

9> : 典型的なストライカー、特にセンターフォワードの番号。近年この番号の印象が強い選手では、

 アルフレッド・ディ・ステファノ(FW。現R・マドリード名誉会長)が現役時代着用していた番号。かつてヨハン・クライフは、自身が14番という番号を着用していることについての質問への回答として、「だって9番といえばディ・ステファノ。10番はペレ。私がそんな番号付けたら紛らわしいじゃない。」と答えた。

10番[編集]

10> : サッカーでは特別な番号とされ、テクニックに優れた選手 "ファンタジスタ" やチームの中心選手(主にオフェンス)が付けることが多い。イングランドでは少し文化が違ってあまり特別視されず、センターフォワードの番号とされていて(近年ではテディ・シェリンガムマイケル・オーウェンウェイン・ルーニー)、10番より7番の方が格のある番号という印象がある。世界的名選手であるペレディエゴ・マラドーナミシェル・プラティニジーコなどの影響により、このような番号となった。1982 FIFAワールドカップアルゼンチン代表はアルファベット順に背番号を決めていた(1は前述のMFのアルディレス)。しかし、マラドーナは10番を強く希望、そして順番を無視してこの番号を付けた。近年この番号の印象が強い名選手では、

 高いテクニックと創造性を備えた選手が多く東欧のブラジルと呼ばれた90年代ユーゴスラビアはマルセイユのストイコビッチ、R・マドリードのロベルト・プロシネチキ、ミランのサビチェビッチが同時期に西欧のビッグクラブで10番を背負っていたほか、同じくミランで10番をつけるズボニミール・ボバンなどを輩出している。守備的なポジションでこの番号をつける選手は珍しく、その一人がアーセナル所属時のDFのウィリアム・ギャラスである(これはアーセン・ヴェンゲル監督が、以前10番をつけていたデニス・ベルカンプの引退時、次に付ける選手が偉大な彼と比較され、プレッシャーを感じるといけないと考えたため)。他に、リベロローター・マテウスや守備的DHのラッサナ・ディアッラ(R・マドリード在籍時)や、キエーヴォなどで活躍したGKクリスティアーノ・ルパテッリ。かつてエンポリFCでは、10番を付ける権利を選手のオークションで決めたことがある。

11番[編集]

11> : 一般的には、WGまたはFWのイメージがある番号。主な選手は、

 ロナウドのR・マドリー移籍が決まった際、彼の名が入った9番のレプリカユニフォームが公式ユニフォーム(11番)ができる前に出回りすぎてしまい、公式のものが売れなくなってしまった為、2年目からは9番に変更した。

12番以降[編集]

12> : 過去にはオフェラートジレスなど。元オランダ代表でのファン・バステンの影響で、アンリフランス代表で付けている。更にその影響で伊藤翔が付けていた。「12番目の選手(サポーター)」番号という意味で欠番にしているチームもある。

13> : 一般的には不吉な番号とされているが、「強大な力を持っている」と捉え付ける選手もいる。ドイツにおいては、かつてゲルト・ミュラーがつけていたことから、栄光の背番号でもある。近年はバラック(レバークーゼンB・ミュンヘンチェルシー)、2010W杯では同じ姓であるトーマス・ミュラーが使用。セレソンでは控えの右ラテラルの番号。他にはネスタ(ラツィオミランモントリオール・インパクト)、マイコン(インテルローマ)、パク・チソン(マンチェスターU)など。

  • 17 : 7番を付けたいが使用済の場合付ける場合があるがつけない場合もある。クリスティアーノ・ロナウドは、ポルトガル代表では7番はフィーゴが使用、そして引退後は非公式永久欠番となっていた為この番号を使用。欧州選手権など登録選手は登録人数の1-23番までしか使用できない為、EURO2008は7番を彼が継承。この大会以降は7番を使用するようになった。またファビオ・カンナバーロパルマ時代に着用しており、当時は彼に倣って着用するDFも多かった。

21> : アイマール(バレンシア時代。これは移籍当時のバルセロナのルイス・エンリケの番号から。そしてアイマールの退団時、彼の名指しでダビド・シルバが継承)。他にピルロ(イタリア代表ミランユヴェントス)、バレロン(引退。スペイン代表デポルティボ)、ジダン(引退。ユヴェントス時のみ)、テュラム(引退。パルマユヴェントスバルセロナ)など。

22> : カカ(ACミラン)、中沢佑二((日本代表東京ヴェルディ横浜F・マリノス)、ロッシ(ビジャレアルオッド(引退。ラツィオACミランでは使用中のため倍の44)、グジョンセン(引退。アイスランド代表、[[チェルシー)など。

  • 52 : ベントナーアーセナル) 前年まで26だったが09/10シーズンからこの番号に変更。理由は秘密にしているが、本人にとって思い入れのある番号。

脚注[編集]

  1. ^ a b No.180 Jリーグも固定番号制に”. サッカーの話をしよう 大住良之オフィシャルアーカイブサイト (1997年2月17日). 2012年5月2日閲覧。