ストレッチャー
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ストレッチャー(英語: stretcher)は、動けない怪我人や病人を搬送するための器具である。
種類[編集]
救急車に積載されているストレッチャーにはメインストレッチャー、サブストレッチャー、スクープストレッチャー等がある。
担架[編集]

病人や負傷者を搬送するため枠に麻布などを張った持ち手部分をもつ器具[1]。最も基本的な構造としては、人の身長より長い棒またはパイプを左右に配し、その間に丈夫な布を渡して縫いつけたもの。これに傷病者を乗せ、二人以上の人が前後から支えて運ぶ。折り畳み式のものもある。また、傷病者の体を固定するためのベルトを供えたものもある。
かつて日本では災害の折など、雨戸の戸板や畳を担架がわりにすることもあったが、担架の普及に伴い、あまり見られなくなった。しかし、緊急性があり用意できない場合は現代でも使用される場合がある。
プロスポーツの会場では担架を事前に用意してあることがほとんどである。特にサッカーなど接触プレイの多い競技においては何らかの負傷を負う選手が多いためである。また担架1つでは足りない場合もあるので2つ以上用意されていることが多い。担架で運ぶ役割を担う者は大学のサッカー部など一般人が担当することもある。
臨時用[編集]
災害時などは、怪我人の数などから標準的かつ有効な担架が用意できない場合が多々ある。そのため、ボーイスカウト、ガールスカウトなど団体によっては簡便な担架の作り方を講習しているところもある。
事例としては、以下のものがあるが、他にもある。写真や詳しい製作等は災害関係のサイトを参照のこと。
いずれの場合も2本の棒に
- 椅子をくくりつけたもの(王様が運ばれるような四人持ちの輿と考えればよい)
- 上着の服を二枚逆にむけ、2本の棒を通すもの
- 二本の棒に毛布を折りたたみながらかぶせたもの(意外と重みに耐えられ、丈夫)
- 均等に紐を二本の棒に括り付けていったもの(あやとりを思い浮かべれば考えやすい)
大日本帝国陸軍のたんか[編集]
大日本帝国陸軍のたんかは四三年式たんか、三五年式たんか、吊たんか、安南たんかなど数種類である。いずれも組立式で、格納、携行に便利なようにできている。これらのほかに最寄りの材料で応用、急造することもある。
四三年式たんかは、総重量 4.3 kg 、床(とこ)1個、轅(ながえ)、横鉄、帯紐(おびひも)2個および負紐(おいひも)2個からなる。 床は矩形のズック製で、両長辺は轅を通すために長く管状で、裏面の両端近くにはそれぞれ1条の力帯があり、患者車で吊るための吊環が力帯の両端にある。 一端に関節があり、轅の牝螺にはまる。 負紐の両端は管状でこれに柄を通す。 運搬者はたんかの両端にいて、負紐を肩にかけ、柄を両手で提げて搬送する。 運搬は最少前後2人で可能であるが、長距離には堪えぬために4人で提送または担送される。 四三年式たんかが戦時、平時ともに最も多く使用される。
三五年式たんかもおおむねこれと同様の構造である。
吊たんかは総重量 19.4 kg 、四三年式たんかの負紐の代わりに弾力性のある吊金(つりがね)を用いたもので、これに鉄棒1本が附属し、両端を前後2人で担いで運搬する。 この式は被運搬者の全身をおおう日覆(赤十字章が付される)、息杖(いきづえ)が附属する。 吊たんかは患者車の動揺に耐えがたい頭蓋、胸部、腹部の臓腑を負傷した者、脊柱、大腿の骨折などの重傷者を搬ぶのに用いられる。
安南たんかは吊たんかに類似し、2人で肩で担う。天幕状の日覆(赤十字章が付される)が付せられる。
移送車[編集]
患者を臥位のまま搬送できるよう上部が平坦となっており4つの車輪を持つベッド状の移送車[2][1]。寝台車とも称する。自立歩行や車椅子での移動が困難な患者に用いられる[2]。病院では手術室への移動などに、脚と車のついたストレッチャーを用いる場合が多い。