小田川 (高梁川水系)

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小田川
小田川 2006年4月撮影
観音橋(矢掛町・笠岡市)から西望
水系 一級水系 高梁川
種別 一級河川
延長 72.9 km
平均の流量 -- m³/s
流域面積 492 km²
水源 神石高原(広島県)
水源の標高 -- m
河口・合流先 高梁川(岡山県)
流域 広島県岡山県
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小田川(おだがわ)は、高梁川水系支流広島県東北部から岡山県西部を流れる一級河川である。

概要[編集]

広島県神石郡神石高原町上・光信地区周辺に源を発し、吉備高原(通称:神石高原)を南東方向に流れる。石灰岩質の地質の吉備高原を侵食しながら神石高原町・福山市山野町境付近まで見事な渓谷美の猿鳴峡(山野峡)を形成している。岡山県井原市天神峡を経て井原市街地で東流に転じ、小田郡矢掛町を経て倉敷市真備町総社市との境界付近で高梁川へ注ぐ。

河川データ[編集]

  • 源流 : 広島県神石郡神石高原町
  • 河口 : 岡山県倉敷市
  • 河川延長 : 72.9 km (広島県 32.7 km 、岡山県 40.2 km )
  • 別名 : 山野川 [注 1][注 2]、吉井(芳井)川 [注 3]、矢田川[注 4]
  • 支川 : 鴫川・宇戸川・美山川・稲木川等[2]

歴史[編集]

古くは中下流域に沿って旧山陽道が通っており、川辺宿、矢掛宿などの宿場町が並び栄えたが、現在の国道2号傾動地塊を避けて瀬戸内海沿いに通されたため衰微した。

江戸時代以前においては、源流からの水流は、現在の井原市の市街地から西に流れ、備後灘に注いでいたとされる。それを備後福山の初代藩主である水野勝成が備後福山城下を洪水から守るために、瀬変えを行なわせ、現在の流路ができあがったという説があるが、相当な土木工事であったはずなのに、そのことを記した文献が残っていないという難がある。他方、河川争奪が生じたという説や、かつては井原市の市街地から東西に分かれていたところ、何かの理由で西への流れだけが遮られたという説もあり、現時点では定説はない。

1972年7月中旬、昭和47年7月豪雨氾濫し、流域の岡山県部分のうち3.96km2が浸水、床上625棟・床下322棟の建物被害があった[3]1976年9月の昭和51年台風第17号で、同じく3.89km2・床上873棟・床下1034棟が水に浸かった[3]1979年1981年1985年1998年にも洪水による浸水被害が生じた[3]

2018年7月7日平成30年7月豪雨で支川の高馬川・真谷(またに)川・末政川を含め8か所で堤防決壊し、倉敷市真備町の約12km2が冠水[4][5][6]、4000棟以上の建物に浸水した。矢掛町で約600棟、井原市で約300棟に浸水被害があった[7]

地理[編集]

流域の自治体[編集]

並行する交通[編集]

鉄道[編集]

道路[編集]

同名河川[編集]

福山市と倉敷市には、同一河川名の二級河川が存在。他の同名河川は小田川を参照。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 井原市以北での呼称。
  2. ^ 広島県福山市山野町での呼称[1]
  3. ^ 井原市以北でのかつての呼称。
  4. ^ 井原市以東でのかつての呼称。

出典[編集]

  1. ^ 『補遺 やまの - 福山市山野町の民俗』 山野まちづくり推進委員会 山野民俗資料保存会、2009年、50頁。
  2. ^ 高梁川水系小田川ブロック河川整備計画 (PDF)”. 岡山県. p. 1 (2010年6月). 2018年7月7日閲覧。
  3. ^ a b c 高梁川水系小田川ブロック河川整備計画 (PDF)”. 岡山県. p. 4-5 (2010年6月). 2018年7月7日閲覧。
  4. ^ 岡山県豪雨被害が拡大、3人死亡 9河川決壊、倉敷で家屋多数水没”. 山陽新聞. 山陽新聞社 (2018年7月8日). 2018年7月8日閲覧。
  5. ^ 倉敷・真備の堤防3カ所決壊確認 豪雨浸水被害で国交省調査団”. 山陽新聞. 山陽新聞社 (2018年7月8日). 2018年7月16日閲覧。
  6. ^ 西日本豪雨 6カ所決壊、真備支流 岡山県が20年放置”. 毎日新聞. 毎日新聞社 (2018年7月14日). 2018年7月16日閲覧。
  7. ^ 土砂崩れ続き井笠地域は被害甚大 決壊の小田川では重機で復旧作業”. 山陽新聞. 山陽新聞社 (2018年7月14日). 2018年7月16日閲覧。