高瀬舟

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復元された高瀬舟(京都府高瀬川にて)

高瀬舟(たかせぶね)とはかつて日本各地で使用されていた小型である。

概要[編集]

高瀬舟は河川や浅海を航行するための木造船である。室町時代末期頃の岡山県の主要河川(吉井川高梁川旭川等)で使用され始め、江戸時代になると日本各地に普及し、昭和時代初期まで使用された。中世には船体が小さく、底が深く(高背)、近世には型が大きくなり、底が平たく浅くなった。帆走もしくは馬や人間が曳いて運行され、物資の輸送を主な目的としていた。角倉了以が、京都伏見間で開いた高瀬川は、高瀬舟の運航にちなんで名付けたものである。

高瀬船の規模[編集]

高瀬船は江戸時代の利根川舟運の代表的な川船の一種で、大小さまざまなものが建造されていた[1]

高瀬船の規模が求められる史料には、『忍藩御手船新艘注文帳』正田家文書がある[✝ 1]。 これは、文化14年(1817年)に、忍藩が高瀬船1艘を新造した時の注文書である[1]。 それによると、注文した高瀬船の敷長12尋1尺、横胴敷1丈3寸、敷板厚1寸6分、巾78寸、釘間5寸ッとある[2]。 忍藩から、全長約22メートルの大型船の高瀬船新造を注文した記録がある[1]

日本各地の高瀬舟[編集]


脚注[編集]

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注釈
  1. ^ 「242 文化十四年(一八一七)二月 忍藩御手船新艘注文帳」(埼玉県立文書館所蔵 正田家文書)拠り、(行田市史編さん委員会『行田市史 資料編 近世1』2010年所収)。
出典
  1. ^ a b c 行田市史編さん委員会(2010)498頁。
  2. ^ 行田市史編さん委員会(2010)494-498頁。


参考文献[編集]

文献

  • 行田市史編さん委員会「242 文化十四年(一八一七)二月 忍藩御手船新艘注文帳(埼玉県立文書館所蔵 正田家文書)」、『行田市史 資料編 近世1』、行田市、2010年、494-498頁。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]