小川龍也

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小川 龍也
埼玉西武ライオンズ #29
CD-Ryuya-Ogawa20110506.jpg
中日時代(2011年)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 千葉県千葉市花見川区
生年月日 (1991-09-03) 1991年9月3日(30歳)
身長
体重
182 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2009年 ドラフト2位
初出場 2011年10月20日
年俸 3,600万円(2021年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム フィリピンの旗 フィリピン
WBC 2013年

小川 龍也(おがわ りゅうや、1991年9月3日 - )は、千葉県千葉市花見川区出身のプロ野球選手投手)。左投左打。埼玉西武ライオンズ所属。日本人の父とフィリピン人の母を持つ[2]

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

両親の薦めで野球を始める。小学1年で軟式の少年野球チーム「こてはし台ヤングライオンズ」に入り小学4年から投手。中学時代は硬式の「千葉北シニア」でプレーした。

千葉英和高時代は、1年時の夏から外野手として出場。2年時の秋から本格的に投手へ転向。3年時の夏は、千葉大会5回戦で木更津総合高を相手に延長15回引き分けによる再試合の末に敗れた。いずれの試合も小川一人で投げ切った。

2009年10月29日、プロ野球ドラフト会議にて中日ドラゴンズから2位指名を受け、契約金5,000万円、年俸600万円で入団が決まった(金額は推定)[3][4]

中日時代[編集]

2010年は一軍登板はなく、ウエスタン・リーグでは2試合の登板で防御率7.20であった。

2011年は春季キャンプで一軍参加し、10月20日に一軍初昇格。同日の対広島東洋カープ戦(マツダスタジアム)でプロ初登板、1回をプロ初奪三振を含む三者凡退に抑えてプロ初ホールドを記録した。この年の一軍登板はこの試合だけであった。

2012年には第3回WBCフィリピン代表入りする[5]。9月27日の横浜DeNAベイスターズ戦でプロ初先発、4回2失点で敗戦投手となり、以降の一軍登板は無かった。

2013年は9月29日に一軍登録され、10月3日の広島戦でシーズン初登板初先発となったが、3回2失点。3年連続で一軍登板は1試合のみであった。

2014年からは背番号が57に変更。6月11日に一軍登録され、3試合の救援登板で3回1失点も7月3日に登録抹消。8月1日に再昇格し、1試合の救援登板を経て同6日の広島戦でシーズン初先発。8死四球の大乱調ながらも2失点と粘りのピッチングを見せた(勝敗は付かず)。翌日に登録抹消。同27日に3度目の一軍昇格となったが、2試合連続で失点を喫して二軍再調整となり、そのままシーズンを終えた。1先発を含む7試合の登板で0勝1敗、防御率3.65であった。

2015年はシーズン途中からサイドスローに転向したが、一軍登板は救援登板2試合に留まった。

2016年は初の開幕一軍入りを果たした。8月5日の対横浜DeNAベイスターズ戦(横浜スタジアム)でプロ初勝利を挙げた[6]。3度の登録抹消があったものの自己最多の44試合に登板し、1勝1敗9ホールド、防御率2.27を記録した。

2017年は走者なしでは被打率.190に対して走者ありでは被打率.280と打ち込まれ、首脳陣の信頼を得られず、3ホールド・防御率2.19を記録したものの、登板数は18試合と前年の半分以下に留まった[7]

2018年ウエスタン・リーグ公式戦では好調だったものの、一軍公式戦への出場を果たせなかった。

西武時代[編集]

2018年7月19日、埼玉西武ライオンズへの移籍が西武球団より発表された。金銭トレードによる[8]移籍で、7月23日、NPBから公示される[9]。背番号は44となった。移籍後は、8月の初登板から10試合連続無失点を記録[10]。15試合の登板で1勝0敗4ホールド、防御率1.59を記録し、チームのリーグ優勝に貢献した。

2019年は開幕一軍を勝ち取り、4月25日の千葉ロッテマリーンズ戦ではプロ初セーブを挙げた。しかし、シーズン中盤になると左打者に痛打される場面が多くなり、6月22日に登録抹消[11]。7月下旬に再昇格すると問題視されていた左打者との対戦成績も良化し、終わってみれば自己最多を更新する55試合の登板、4勝1敗15ホールド1セーブ、防御率2.58を記録した[12]。シーズンオフには背番号を29に変更することが発表された[13]

2020年は6月19日の開幕こそ二軍で迎えるも、同23日に一軍昇格。8月7日から1か月ほど二軍再調整があったものの、それ以外は一軍でシーズンを過ごした。しかし、左打者への四死球が多く、対左被出塁率は.370であり、首脳陣からの信頼を落として登板数は38試合に留まった。2勝1敗3ホールド、防御率2.10だった。11月16日に左肘の鏡視下関節形成術を受けた[14]

選手としての特徴・人物[編集]

最速144km/hのストレートと、右打者にはフォーク、左打者にはスライダーを決め球にする。時折、スローカーブも交えた変幻自在のピッチングが持ち味。2015年より投球フォームを サイドスローに変更している。

WBCのフィリピン代表入りした際にチームメイトとなった元メジャーリーガーのジェノ・エスピネリから、カーブチェンジアップの握りを教わった[15]

2018年12月に一般女性と結婚したことを公表した[16]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2011 中日 1 0 0 0 0 0 0 0 1 ---- 3 1.0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0.00 0.00
2012 1 1 0 0 0 0 1 0 0 .000 17 4.0 4 1 1 0 0 3 1 0 2 2 4.50 1.25
2013 1 1 0 0 0 0 0 0 0 ---- 14 3.0 3 1 2 0 1 0 0 0 2 2 6.00 2.00
2014 7 1 0 0 0 0 1 0 0 .000 60 12.1 11 1 12 0 0 5 3 0 9 5 3.65 1.86
2015 2 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 10 2.0 3 0 1 0 1 1 0 0 2 2 9.00 2.00
2016 44 0 0 0 0 1 1 0 9 .500 126 31.2 21 1 9 0 3 34 1 0 10 8 2.27 0.95
2017 18 0 0 0 0 0 0 0 3 ---- 55 12.1 11 0 5 0 3 9 1 0 3 3 2.19 1.30
2018 西武 15 0 0 0 0 1 0 0 4 1.000 46 11.1 11 0 3 0 1 7 0 0 3 2 1.59 1.24
2019 55 0 0 0 0 4 1 1 15 .800 157 38.1 35 4 12 0 3 28 4 0 12 11 2.58 1.23
2020 38 0 0 0 0 2 1 0 3 .667 109 25.2 22 1 14 1 1 13 2 0 6 6 2.10 1.40
NPB:10年 182 3 0 0 0 8 5 1 35 .615 597 141.2 121 9 59 1 13 101 12 0 49 41 2.60 1.27

年度別守備成績[編集]



投手












2011 中日 1 0 0 0 0 ----
2012 1 0 1 0 0 1.000
2013 1 0 0 0 0 ----
2014 7 0 4 1 0 .800
2015 2 0 0 0 0 ----
2016 44 1 6 0 1 1.000
2017 18 1 1 0 0 1.000
2018 西武 15 2 3 1 1 .833
2019 55 1 6 1 0 .875
2020 38 6 7 0 1 1.000
通算 182 11 28 3 3 .929
  • 2020年度シーズン終了時

記録[編集]

背番号[編集]

  • 16(2010年 - 2013年)
  • 57(2014年 - 2018年途中)
  • 44(2018年途中 - 2019年)
  • 29(2020年 - )

登場曲[編集]

代表歴[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 西武 - 契約更改 - プロ野球”. 日刊スポーツ. 2021年1月14日閲覧。
  2. ^ 中日小川にWBCフィリピン代表オファー”. 日刊スポーツ (2012年10月29日). 2012年10月29日閲覧。
  3. ^ 2009年 ドラフト入団選手”. 中日ドラゴンズ オフィシャルウェブサイト. 2021年7月25日閲覧。
  4. ^ ドラのドラ2位 小川が5000万で仮契約”. スポニチ Sponichi Annex (2009年11月22日). 2021年7月25日閲覧。
  5. ^ 中日・小川、WBCフィリピン代表入り”. サンケイスポーツ (2012年11月14日). 2012年11月15日閲覧。
  6. ^ “7年目の中日小川プロ初勝利「勝ちに縁がないと…」”. 日刊スポーツ. (2016年8月5日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/201711120000496.html 2016年10月26日閲覧。 
  7. ^ “中日小川100万円減「監督の信頼得られなかった」”. 日刊スポーツ. (2017年11月12日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/201711120000496.html 2018年7月26日閲覧。 
  8. ^ “トレードのお知らせ”. 埼玉西武ライオンズ. (2018年7月19日). https://www.seibulions.jp/news/detail/00001866.html 2018年7月20日閲覧。 
  9. ^ トレード 2018年度公示 2018年度シーズン途中・2月以降 ~”. 日本野球機構. 2021年7月25日閲覧。
  10. ^ “西武・小川「獅子也」で自己最高年俸 7月に中日から移籍、10戦無失点”. 西日本新聞. (2018年12月3日). https://www.nishinippon.co.jp/nsp/baseball_lions/article/470535/ 2018年12月13日閲覧。 
  11. ^ “6月22日 ソフトバンク・今宮が抹消”. サンケイスポーツ. (2019年6月22日). https://www.sanspo.com/baseball/news/20190622/npb19062212550006-n1.html 2019年11月26日閲覧。 
  12. ^ “西武小川は自己最多55戦登板「溶け込めてきてる」”. 日刊スポーツ. (2019年9月25日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/201909250000027.html 2019年11月26日閲覧。 
  13. ^ 西武、8選手の背番号変更を発表 山川穂高は「33」→「3」、金子侑司は松井稼頭央らの「7」”. ベースボールチャンネル(BaseBall Channel) (2019年11月25日). 2021年7月25日閲覧。
  14. ^ 西武、小川龍也の「左肘鏡視下関節形成術」を発表 来季開幕までの実戦復帰目指す”. Full-Count (2020年11月16日). 2021年7月25日閲覧。
  15. ^ フィリピン代表の中日・小川 WBC予選で収穫大”. スポニチ Sponichi Annex (2012年12月26日). 2013年1月29日閲覧。
  16. ^ “西武小川が結婚 中日から移籍しリーグ優勝に貢献”. 日刊スポーツ. (2018年12月29日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/201812280000802.html 2018年12月30日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]