寧越郡

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Camera-photo Upload.svg 画像提供依頼:郡庁の建物の外観の画像提供をお願いします。2013年4月
江原道 (南) 寧越郡
KOCIS Hanbando-myeon, Yeongwol-gun, Gangwon Province (4618108384).jpg
韓半島面・韓半島地形の側を流れる平昌江(西江)。向こう側の崖の上は五間材展望台(韓半島地形展望台)
位置
寧越郡の位置
各種表記
ハングル: 영월군
漢字: 寧越郡
日本語読み仮名: ねいえつぐん
片仮名転写: ヨンウォル=グン
ローマ字転写 (RR): Yeongwol-gun
統計
面積: 1,127.45 km2
総人口: 40,040(2017年4月30日) 人
行政
国: 大韓民国の旗 大韓民国
上位自治体: 江原道 (南)
下位行政区画: 2邑7面
寧越郡の木: マツ
寧越郡の花: クロフネツツジ
寧越郡の鳥: クマゲラ
自治体公式サイト: 寧越郡
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寧越郡(ヨンウォルぐん)は、大韓民国江原道にある

歴史[編集]

韓半島面甕亭里仙岩村・韓半島地形の全景
端宗清泠浦御所
  • 1699年 - 寧越都護府
  • 1895年旧暦閏5月1日 - 忠州府寧越郡[1]
  • 1896年8月4日 - 江原道寧越郡[2]
  • 1906年 - 原州郡管轄の水周面と酒泉面が寧越郡に編入。
  • 1914年4月1日 - 郡面併合により、寧越郡に以下の面が成立。[3](8面)
    • 郡内面・両辺面・水周面・下東面・上東面・北面・西面・南面
  • 1931年3月1日 - 両辺面が酒泉面に改称。(8面)
  • 1937年7月1日 - 郡内面が寧越面に改称。(8面)
  • 1960年1月1日 - 寧越面に上東面蓮下里を編入させ、寧越邑に昇格。[4](1邑7面)
  • 1963年1月1日(1邑7面)
  • 1973年7月1日(2邑6面)[7]
    • 上東面に旌善郡新東面泉浦里の一部を編入させ、上東邑に昇格。
    • 下東面正陽里と南面興月里・八槐里が寧越邑に編入。
    • 西面北双里が南面に編入。
  • 1986年4月1日 - 上東邑の碌田出張所(碌田里・稷洞里・梨木里)・石項出張所(石項里・蓮上里・禾院里を管轄)を中東面として分離。(2邑7面)
  • 2009年10月20日(2邑7面)[8]
    • 西面が韓半島面に改称。
    • 下東面が金サッカ面に改称。
  • 2016年11月15日 - 水周面が武陵桃源面に改称。[9](2邑7面)

下位行政区画[編集]

邑・面 法定里
寧越邑 巨雲里、徳浦里、文山里、芳節里、三玉里、蓮下里、永興里、正陽里、八槐里、下松里、興月里
上東邑 九来里、内徳里、徳邱里、川坪里
中東面 碌田里、稷洞里、梨木里、禾院里、蓮上里、石項里
酒泉面 酒泉里、板雲里、桃川里、新日里、金馬里、龍石里
武陵桃源面 桃源里、斗山里、武陵里、法興里、雲鶴里
金サッカ面 津別里、角洞里、大野里、玉洞里、礼密里、注文里、臥石里、外龍里、内里
北面 磨磋里、文谷里、延徳里、恭基里、徳上里
韓半島面 甕亭里、広銭里、新川里、後灘里、双龍里
北面 淵堂里、倉院里、土橋里、助田里、北双里、広川里

交通[編集]

鉄道[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 勅令第98号 地方制度改正件(1895年旧暦5月26日)
  2. ^ 칙勅令第36号 地方制度官制改正件(1896年8月4日)
  3. ^ 朝鮮総督府令第111号(1913年12月29日)
  4. ^ 法律第539号 읍설치에관한법률(1960年1月1日
  5. ^ 法律第1172号 서울특별시·도·군·구의관할구역변경에관한법률(1962年11月21日
  6. ^ 法律第1175号 시·군관할구역변경및면의폐치에관한법률(1962年11月21日
  7. ^ 大統領令第6543号 邑設置に関する規定(1973年3月12日
  8. ^ 寧越郡条例第2011号、2009年10月9日
  9. ^ 寧越郡条例第2409号、2016年11月4日

外部リンク[編集]