メジュ

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乾燥したメジュ

メジュ(메주)は大豆発酵させた、朝鮮調味料に用いる材料。大豆を茹でてからつぶし、成形して乾燥および発酵させたもので、コチュジャンテンジャンカンジャンなどの原料となる[1]

概要[編集]

表面が乾燥した状態で販売・使用され、乾燥した層のすぐ内側にはニホンコウジカビなどのカビ、中心部は枯草菌などの細菌が生育している[2]。このため中心部は黒に近い茶褐色となる[2]。また、韓国はメジュを吊るす冬季の湿度が低いうえ、カビの生育によって水分が引き出されるので表面はのように固く乾いている[3]。家庭で作るほかスーパーマーケットなどで市販もされ、2013年の調査では5.5キログラムで定価110,000ウォン(当時のレートで約11,000円)となっている[4]。ここから7~8キログラムのカンジャン、15~20キログラムのテンジャンを作ることができる[4]

形状は様々で、煉瓦大ぐらいのサイズの直方体[5]であったり、板状、球形などのものがある[6]。なお、全羅北道淳昌郡ではコチュジャン向けに特に粳米と大豆を等量ずつ混ぜてドーナツ型に成形したメジュを製造している[7]

朝鮮には下記のように、メジュとそれを用いた調味料作りに関することわざがある。

  • 「豆からメジュを作るといっても」(大豆からメジュを作るという当然の事さえも信じられない、という意味)[8]
  • 「味噌の味が良ければ人情も篤く、福も来る」[6]
  • 「醤の味が変わると家門が滅ぶ」[9]

製法[編集]

一般的なスケジュールでは秋に収穫した大豆を使い、気温の下がった11月末から12月初頭にかけてメジュを作る[4]。伝統的なスケジュールでは冬至や年内最後のの日にメジュを作り始め、旧暦1月の日に塩水に漬けてテンジャンを作る[4]。原料には白太またはメジェコンと呼ばれる品種の大豆を用い[5]、韓国産だけでなく安価なアメリカ合衆国産の大豆も使用する[10]

伝統的な製法[編集]

大豆は0.5~1日かけて水に漬けて吸水させ、軟らかくなるまで茹でてからでついて粗くつぶす[5]。これを両手で集めて板に叩きつけながら直方体にまとめたり[5]麻織物布巾を敷いたに詰めこむ[8]などして成形する。細かく潰しすぎたり、成形時に圧縮しすぎると、空気を通さずメジュの内部が腐敗しやすい[6]。この段階から大豆の塊はメジュと呼ばれるようになり、形を整えずに塩を混ぜて発酵させるとチョングッチャンという納豆様の食品になる[5]

成形されたメジュは1~2日板の上でそのまま乾燥させ、崩れにくくなったらをかけて天井に吊るし、40~45日間かけてカビを生えさせる[5]。一般的には屋外に吊るすが、積極的に枯草菌を増殖させたい場合はオンドルで保温された室内に吊るす[4]。十分カビが成長したらメジュを降ろし、ブラッシングして埃を払うとともに青カビなどの不要なカビを除去する[11]。主に白カビだけを残した状態で軒先に吊るし、1~2日かけて太陽光と外気に当てると完成する[11]

これを粉砕したものはメジュカル(メジュの粉末)と呼ばれ、コチュジャンスターターなどに用いられる[5]。テンジャンやカンジャンを作る場合はメジュを崩さずに甕に入れ、大豆:塩:水=1:1.5:4ぐらいの比率で塩水を注いで3か月ほど発酵させる[11]

近代的な工場での製法[編集]

工場における生産では、大豆を水に24時間漬けてからで2時間茹でて2時間放冷する工程を数回繰り返す[12]。軟らかくなった大豆は機械でミンチにし、型に詰めて成形する[12]。成形されたメジュは角を丸くし、棚板に並べて乾燥機で2日間ほど乾燥させる[12]。これを発酵室で稲わらと交互に積み重ね、場合によってはコウジカビ枯草菌を選択的に接種する[12][2]。温湿度を制御した発酵を進め、2週間程度でカビや細菌の生育したメジュが完成する[2]

発酵[編集]

主として、表面付近ではニホンコウジカビなどのカビ、中心部では枯草菌などの細菌が自然に繁殖する[1]日本豆味噌の中間原料となる味噌玉にも似ているが、枯草菌の増殖を抑えて作る味噌玉やと異なり、メジュは内の枯草菌を積極的に利用する[1]。また、麹が40~70時間で完成するのに対してメジュは短くても2週間はかかる[2]。メジュには下記の微生物が繁殖する[1]

枯草菌は大豆のpHを高めてアルカリ加水分解英語版を促進するため、アンモニア臭がする場合もある[1]アンモニアは熟成中に揮発するほか、テンジャンなどを作る際に木炭を入れて吸着させるため、最終製品にはアンモニア臭は残らない[13]。一方、枯草菌は納豆菌の近縁のため、最終製品に納豆のような匂いがする場合もある[1]

歴史[編集]

朝鮮の「醤」に関する最も古い記録は『三国史記』に見られ、統一新羅の初期に味噌などが作られていたとされる[14]。醤の具体的な製法については明宗9年(1554年)に発行された『救荒撮要』に多くの記述があり、15世紀前半の世宗の治世に大きな進展があったと考えられる[14]。また、17世紀から18世紀の『東医宝鑑』や『山林経済』などの書物には大豆発酵させた味噌や醤油についての記録が多く見られる[14]

1876年日朝修好条規が締結されると朝鮮半島へ移住する日本人が増え、1889年までには日本人などの経営する醤工場が朝鮮で17か所に上っている[15]日本統治時代に70か所を超えた醤類の工場は第二次世界大戦後に減少したが、生活の変化とともに醤やその原料のメジュを生産する工場は増加している[15]2011年の調査では、韓国内の36.3%の家庭がテンジャン、20.1%の世帯がカンジャンをそれぞれ自分の家庭で作っている[16]

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • 金臻榮「料理物語 豆 : 地球を蘇らせる健康食品」『Koreana 韓国の芸術と文化』第23巻第4号、韓国国際交流財団、2016年、 62-65頁、 NAID 40021080425
  • 金華榮「軒下に味噌玉が吊るされる立冬の頃」『Koreana 韓国の芸術と文化』第22巻第4号、韓国国際交流財団、2015年、 1頁。
  • 福留奈美「アジアのソイソース『韓国におけるカンジャンの利用』」 (pdf) 『フードカルチャー』第24号、キッコーマン国際食文化研究センター、2014年、 14-25頁、 NAID 40020234548
  • 長谷川摂「韓国の麹「メジュ」について」 (pdf)あいち産業科学技術総合センターニュース第7号、あいち産業科学技術総合センター、2013年。
  • 宋基正、宮崎清、朴燦一「全羅北道淳昌地域における醤類づくりを基底に据えた地域振興 : 韓国における地域革新体制(RIS)の考察」『デザイン学研究』第57巻第5号、日本デザイン学会、2011年、 37-46頁、 doi:10.11247/jssdj.57.37_2
  • 井上昂「たまり麹」『日本醸造協会誌』第85巻第8号、日本醸造協会、1990年、 532-537頁、 doi:10.6013/jbrewsocjapan1988.85.532
  • 島田彰夫「韓国における大豆利用発酵食品」『日本釀造協會雜誌』第81巻第2号、日本釀造協會、1986年、 103-108頁、 doi:10.6013/jbrewsocjapan1915.81.103
  • 塩田日出夫「韓国の伝統的発酵食品をたずねて (2)」『日本釀造協會雜誌』第78巻第2号、日本釀造協會、1983年、 106-108頁、 doi:10.6013/jbrewsocjapan1915.78.106