南楊州市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
京畿道 南楊州市
Yeoyudang2.jpg
馬峴茶山村の與猶堂(丁若鏞生家)
位置
경기도 남양주시.png
各種表記
ハングル: 남양주시
漢字: 南楊州市
片仮名転写: ナミャンジュ=シ
ローマ字転写 (RR): Namyangju-si
統計
面積: 458.54 km²
総人口: 581,300(2012年3月) 人
行政
国: 韓国の旗 大韓民国
上位自治体: 京畿道
下位行政区画: 5邑4面6洞
行政区域分類コード: 31130
南楊州市の木: マツ
南楊州市の花: レンギョウ
南楊州市の鳥: キツツキ
自治体公式サイト: 南楊州市
南楊州市庁第1庁舎
南楊州市庁第2庁舎

南楊州市(ナミャンジュし)は、京畿道の中部にある市である。市庁舎は第1庁舎(旧渼金市庁)(市議会がある)と第2庁舎(旧南楊州郡庁)の分庁方式を採用している。

概要[編集]

ソウル特別市の東に位置し、ソウル市庁より南楊州市庁第1庁舎は東北東へ22km。ソウルのベッドタウンであり、人口は1990年に約20万人だったのが、1998年に30万人、2003年に40万人、2008年に50万人を突破している。2010年の外国人人口は5,615人で、中国人が最も多く約2,200人、日本人は190人が登録されている。また、モンゴル国との交流も深く、市内にはモンゴル文化村があり、市の公式ホームページも英語日本語中国語版のほかモンゴル語版も用意されている。

歴史[編集]

南楊州市、渼金市[編集]

  • 1989年1月1日 - 南楊州郡渼金邑が渼金市に昇格。
  • 1995年1月1日 - 渼金市・南楊州郡が合併し、南楊州市が発足(3邑5面)。
  • 1995年5月6日 - 榛接邑梧南出張所を梧南面に昇格(3邑6面)。
  • 2001年9月12日(5邑4面)
    • 真乾面が真乾邑に昇格。
    • 梧南面が梧南邑に昇格。
  • 2012年1月1日 - 別内面の一部が別内洞に昇格(5邑4面)。

南楊州郡[編集]

  • 1980年4月1日 - 楊州郡九里邑・渼金邑・榛接面・真乾面・水洞面・和道面・瓦阜面および別内面の一部をもって、南楊州郡を設置(2邑6面)。
  • 1980年12月1日 - 瓦阜面が瓦阜邑に昇格(3邑5面)。
  • 1983年2月15日 - 真乾面の一部が榛接面に編入(3邑5面)。
  • 1986年
    • 1月1日 - 九里邑が九里市に昇格・分離(2邑5面)。
  • " 4月1日 - 瓦阜邑鳥安出張所が鳥安面に昇格(2邑6面)。
  • 1989年1月1日 - 渼金邑が渼金市に昇格・分離(1邑6面)。
  • 1989年4月1日(2邑6面)
    • 榛接面が榛接邑に昇格。
    • 別内面退渓院出張所(退渓院里)を退渓院面に昇格。
  • 1991年12月1日 - 和道面が和道邑に昇格(3邑5面)。
  • 1995年1月1日 - 南楊州郡が渼金市と合併し、南楊州市が発足。南楊州郡は廃止。

行政[編集]

行政区域[編集]

行政洞・邑・面 法定洞・法定里
好坪洞 好坪洞
坪内洞 坪内洞
金谷洞 金谷洞
養正洞 一牌洞、二牌洞、三牌洞
芝錦洞 加雲洞、水石洞、芝錦洞
陶農洞 陶農洞
別内洞 別内洞
瓦阜邑 徳沼里、陶谷里、八堂里、月文里、栗石里
榛接邑 長峴里、内閣里、内谷里、蓮坪里、富坪里、八夜里、榛伐里、金谷里
和道邑 磨石隅里、墨峴里、嘉谷里、九岩里、琴南里、畓内里、月山里、倉峴里、鹿村里、車山里
真乾邑 思陵里、培養里、真官里、新月里、龍井里、松陵里
梧南邑 陽地里、八賢里、梧南里
水洞面 雲水里、芝屯里、水山里、内坊里、外坊里、立石里、松川里
鳥安面 陵内里、鳥安里、鎮中里、松村里、三峯里、時雨里
別内面 青鶴里、龍岩里、広田里
退渓院面 退渓院里

警察[編集]

消防[編集]

教育[編集]

教育支援庁[編集]

交通[編集]

鉄道[編集]

どちらも、一般の列車と首都圏電鉄の列車のそれぞれが運行されている。

京春線は、2012年に運転開始されたITX-青春が運転され、坪内好坪駅には1往復を除いた全てが停車し、龍山駅からの所要時間は37分。その他、退渓院駅・思陵駅は一部の列車のみ停車する。中央線は、京義・中央線電車のほかに一部のムグンファ号が徳沼駅に停車し、清凉里駅からの所要時間は14分。

バス[編集]

高速道路[編集]

観光[編集]

姉妹都市[編集]

韓国国内[編集]

韓国国外[編集]

外部リンク[編集]