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大野郡

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岐阜県大野郡の位置(緑:白川村 薄黄:後に他郡に編入された区域 水色:後に他郡から編入した区域)

大野郡(おおのぐん)は、岐阜県飛騨国)の

人口1,582人、面積356.64km²、人口密度4.44人/km²。(2016年10月1日、推計人口

下記の1村を含む。

郡域

1879年明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記1村のほか、以下の区域にあたる。

  • 高山市の大部分(国府町各町・上宝町各町・奥飛騨温泉郷各町・高根町各町・朝日町各町・久々野町久須母・久々野町柳島・久々野町大西・久々野町小屋名・久々野町辻を除く)
  • 下呂市の一部(萩原町山之口)

歴史

近世以降の沿革

知行 村数 村名
幕府領 灘郷 16村 ○一之町村[2]、二之町村[3]、三之町村、片野村、○石浦村、花里村、○西之一色村、○千島村、○冬頭村、春国村、上岡本村、七日町村、○下岡本村、桐生村、本母村、江名子村
三枝郷 5村 前原村、赤保木村、下切村、中切村、○上切村
大八賀郷 11村 山口村(現・高山市大名田地区)、塩屋村(現・高山市大名田地区)、大島村、滝村、大洞村、岩井村、○三福寺村、松本村、松之木村、○五名村、○漆垣内村
小八賀郷 27村 小野村、根方村、白井村、芦谷村、板殿村、○日面村、日影村、駄吉村、○旗鉾村、久手村、岩井谷村、池之俣村、瓜田村、法力村、大萱村、○坊方村、○山口村(現・高山市丹生川地区)、大谷村(現・高山市丹生川地区)、塩屋村(現・高山市丹生川地区)、○町方村、桐山村、新張村、細越村、下保村、殿垣内村、○小木曾村、下坪村
河内郷 7村 ○有道村、小坊村、引下村、木賊洞村、長淀村、渚村、阿多粕村
久々野郷 5村 ○宮村、○山之口村、久々野村、山梨村、無数河村
川上郷 17村 下林村、○山田村、○新宮村、○下之切村、○八日町村、三日町村、○牧ヶ洞村、○藤瀬村、福寄村、○三ツ谷村、○下本村、坂村、○有巣村、二俣村、中野村(現・高山市清見地区)、○楢谷村、○大原村
小鳥郷 6村 江黒村、○大谷村(現・高山市清見地区)、○池本村、○二本木村、○夏厩村、○上小鳥村
白川郷 42村 森茂村、○六厩村、○三尾河村、○寺河戸村、○黒谷村、惣則村、一色村、猿丸村、町屋村、○新淵村、野々俣村、中畑村、牧戸村、○牛丸村、○岩瀬村、○赤谷村、○中野村(現・高山市荘川地区)、○海上村、○尾上郷村、○尾神村、○平瀬村、○御母衣村、○牧村、○福島村、○長瀬村、○木谷村、保木脇村、○野谷村、大牧村、大窪村、○馬狩村、○荻町村、島村、牛首村、○鳩谷村、○飯島村、○内ヶ戸村、○加須良村、○椿原村、○有家ヶ原村、○芦倉村、○小白川村
  • 慶応4年
  • 明治4年11月20日1871年12月31日) - 第1次府県統合により、筑摩県の管轄となる。
  • 明治8年(1875年) - 以下の町村の統合が行われる。(1町6村)
    • 高山町 ← 一之町村、二之町村、三之町村
    • 大名田村 ← 片野村、石浦村、花里村、西之一色村、千島村、冬頭村、春国村、上岡本村、七日町村、下岡本村、桐生村、本母村、江名子村、山口村(現・高山市大名田地区)、塩屋村(現・高山市大名田地区)、大島村、滝村、大洞村、岩井村、三福寺村、松本村、松之木村、五名村、漆垣内村
    • 位山村 ← 宮村、山之口村、久々野村、山梨村、無数河村、有道村、小坊村、引下村、木賊洞村、長淀村、渚村、阿多粕村
    • 清見村 ← 森茂村、下林村、山田村、新宮村、下之切村、八日町村、三日町村、牧ヶ洞村、藤瀬村、福寄村、三ツ谷村、下本村、坂村、有巣村、二俣村、中野村(現・高山市清見地区)、楢谷村、大原村、江黒村、大谷村(現・高山市清見地区)、池本村、二本木村、夏厩村、上小鳥村、前原村、赤保木村、下切村、中切村、上切村
    • 荘川村 ← 六厩村、三尾河村、寺河戸村、黒谷村、惣則村、一色村、猿丸村、町屋村、新淵村、野々俣村、中畑村、牧戸村、牛丸村、岩瀬村、赤谷村、中野村(現・高山市荘川地区)、海上村、尾上郷村
    • 白川村 ← 尾神村、平瀬村、御母衣村、牧村、福島村、長瀬村、木谷村、保木脇村、野谷村、大牧村、大窪村、馬狩村、荻町村、島村、牛首村、鳩谷村、飯島村、内ヶ戸村、加須良村、椿原村、有家ヶ原村、芦倉村、小白川村
    • 丹生川村 ← 小野村、根方村、白井村、芦谷村、板殿村、日面村、日影村、駄吉村、旗鉾村、久手村、岩井谷村、池之俣村、瓜田村、法力村、大萱村、坊方村、山口村(現・高山市丹生川地区)、大谷村(現・高山市丹生川地区)、塩屋村(現・高山市丹生川地区)、町方村、桐山村、新張村、細越村、下保村、殿垣内村、小木曾村、下坪村、吉城郡折敷地村、大沼村、森部村、三之瀬村、柏原村
  • 明治9年(1876年8月21日 - 第2次府県統合により、岐阜県の管轄となる。
  • 明治12年(1879年2月18日 - 郡区町村編制法の岐阜県での施行により、行政区画としての大野郡が発足。「大野益田吉城郡役所」が吉城郡高山町に設置され、同郡および益田郡とともに管轄。
  • 明治16年(1883年) - 位山村が分割し、一部(宮組)が宮村、一部(無数河組・山梨組・久々野組)が久々野村、一部(山之口組)が山之口村、残部(阿多粕組・渚組・長淀組・木賊洞組・引下組・小坊組・有道組)が河内村となる。(1町9村)
  • 明治20年(1887年) - 高山町の一部(町方)が大名田村に合併。

町村制以降の沿革

1.荘川村 2.白川村 3.宮村 4.久々野村 5.河内村 6.山之口村 7.大名田村 8.丹生川村 9.上枝村 10.清見村 11.高山町(紫・高山市 赤:下呂市 青:合併なし)
  • 明治22年(1889年7月1日 - 町村制の施行により、荘川村(現・高山市)、白川村現存)、宮村久々野村河内村(現・高山市)、山之口村(現・下呂市)、大名田村丹生川村上枝村清見村高山町(現・高山市)が発足。それにともない以下の変更が行われる。(1町10村)
    • 清見村の一部(下林組・山田組・新宮組・下之切組・八日町組・前原組・赤保木組・下切組・中切組・上切組)が分立して上枝村が発足。
    • 久々野村が益田郡朝日村の一部(久須母組・柳島組・大西組・小屋名組・辻組)を合併。
    • 高山町と大名田村との間で境界変更が行われる。
  • 明治25年(1892年5月19日 - 大名田村の一部(上岡本・下岡本・松本・桐生・本母・冬頭)が分立して灘村が、一部(三福寺・松ノ木・五名・漆垣内・大洞・塩屋・山口・大島・岩井・滝)が分立して大八賀村(おおはちがむら)がそれぞれ発足[4]。 (1町12村)
  • 明治30年(1897年
    • 4月1日 - 久々野村・河内村が合併し、改めて久々野村が発足。(1町11村)
    • 8月1日 - 郡制を施行。郡役所が高山町に設置。
  • 大正12年(1923年
    • 4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
    • 10月10日 - 大名田村が町制施行して大名田町となる。(2町10村)
  • 大正15年(1926年
    • 7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
    • 10月1日 - 灘村が高山町に編入。(2町9村)
  • 昭和10年(1935年) - 面積1,606.88平方km、人口58,937人(男30,571人・女28,366人)[5]
  • 昭和11年(1936年11月1日 - 高山町・大名田町が合併して高山市が発足し、郡より離脱。(9村)
  • 昭和18年(1943年)4月1日 - 上枝村が高山市に編入。(8村)
  • 昭和25年(1950年)4月1日 - 益田郡朝日村高根村の所属郡が本郡に変更。(10村)
  • 昭和29年(1954年)4月1日 - 久々野村が町制施行して久々野町となる。(1町9村)
  • 昭和30年(1955年)4月1日 - 大八賀村が高山市に編入。(1町8村)
  • 昭和31年(1956年8月25日 - 山之口村が益田郡萩原町・川西村と合併し、改めて益田郡萩原町が発足。(1町7村)
  • 平成17年(2005年2月1日 - 丹生川村・清見村・荘川村・宮村・久々野町・朝日村・高根村が高山市に編入。(1村)

変遷表

脚注

  1. ^ 領主から年貢免除の特権を与えられた土地。
  2. ^ 記載は壱之町村。
  3. ^ 記載は弐之町村。
  4. ^ 大八賀村の読み方については『高山市史』など正しく扱われているものもあるが、平凡社・角川書店の地名辞典では「だいはちがむら」と誤っているので注意を払う必要がある。なお、河川の大八賀川も「おおはちが―がわ」が正しい[要出典]
  5. ^ 昭和10年国勢調査による。国立国会図書館の近代デジタルライブラリーで閲覧可能。

参考文献