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安八郡

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安八郡(あんぱちぐん)は、美濃国岐阜県である。人口43,954人、面積59.27km²、人口密度742人/km²。(2016年6月1日、推計人口

上が神戸町、下が輪之内町、中が安八町

以下の3町を含む。

歴史

日本書紀』壬申紀に、安八磨郡(あはちまのこおり)として現れる。この時期の評を書紀は郡に書き改めているので、当時の呼び名は安八磨評である。672年の安八磨郡には大海人皇子(後の天武天皇)の湯沐令として多品治がおり、郡全体が大海人皇子の湯沐邑だったと考えられる。壬申の乱では皇子のために真っ先に兵を挙げた。

大宝2年(702年)の戸籍には味蜂間郡のものがあり、これも同じ郡を指す。その戸籍にある味蜂間郡の春部里は、後の池田郡の春日とみられ、古い味蜂間郡(安八磨郡)は後の池田郡をもあわせた領域だったと推測される。10世紀の和名類聚抄成立までに池田郡が分離した。

「あんぱちぐん」と呼ばれるようになったのは明治以降といわれている。明治以降、その大半は大垣市、一部は揖斐郡や海津郡(現・海津市)となり、現存する安八郡はわずかである。

近代以前の沿革

  • 江戸時代初期 - 中郷村の南で新田開発が行われ、中郷新田ができる。
  • 1615年元和元年) - 西橋村の一部が尾張藩領となり、西ノ橋村[1]として分立。
  • 1622年(元和8年) - 海松新田が開発される。
  • 1645年(正保元年)
    • 禾森村の南で新田開発が行われ、築捨新田が成立。後に築捨村に改称。
    • 外花村の東側で新田開発が行われ、南外渕新田と一本木新田ができる。
  • 1646年(正保2年) - 釜笛村の新田として、浅草新田が出来る。
  • 1665年寛文5年) - 南外渕新田は外渕村に改称する。
  • 1679年延宝7年) - 外野村で新田開発が行われ、外渕村新田ができる。
  • 1701年(元禄14年)
    • 築捨村が東築捨村と西築捨村に分立する。
    • 浅草新田が浅草東村、浅草中村、浅草西村に分立する。
  • 1804年文化元年) - 西橋村は尾張藩領となる。
  • 1817年文化14年) - 外渕村新田は外渕新田となる。

近代以降の沿革

  • 江戸時代末期
    • 外渕新田は外花村の一部となる。
    • 北方村は一つの村であったが、村内に岩村藩領(通称:岩村領北方村)と旗本の名取家領(通称:名取領北方村)があり、実質2つの村であった。
  • 1868年(明治元年)
    • 宿地村が笠縫村に、禾森新田が禾森村にそれぞれ合併。
    • 東築捨村と西築捨村が合併し、築捨村となる。
    • 東高橋村と西高橋村が合併し、高橋村となる。
    • 4月15日 - 幕府領・旗本領が笠松裁判所の管轄となる。
    • 明治元年閏4月25日 - 笠松裁判所の管轄が笠松県となる。
  • 明治初年 - 安八郡で大規模な領地替えが行われ、後の本郡内は笠松県・大垣藩領・岩村藩領・今尾藩領・尾張犬山藩領・尾張名古屋藩領に再編される(管轄は上表参照)。
  • 1871年(明治4年)
    • 西橋村と西ノ橋村が合併して西橋村となる。
    • 天領下宿村と尾張藩下宿村が合併し、下宿村となる。
  • 1871年8月29日(明治4年7月14日)- 廃藩置県により藩領が名古屋県大垣県岩村県今尾県犬山県となる。
  • 1872年1月2日(明治4年11月22日)- 第1次府県統合により、全域が岐阜県となる。
  • 1872年(明治5年) - 今村入方が今村に、三ツ屋村が釜笛村に、島村が今福村にそれぞれ合併。
  • 1873年(明治6年) - 池尻入方、池尻新入方が池尻村に合併。
  • 1874年(明治7年)
    • 割田村が分立し、割田村と外野村となる。
    • 外花村から外渕新田が分離し、外渕村に編入される。
    • 郡内に2か所ずつ存在した一色村がそれぞれ南一色村(現・大垣市)、北一色村(現・神戸町)に改称。
    • 岩村領北方村と名取領北方村が合併し、北方村となる。
  • 1874年(明治7年)9月 - 北方村が分立。旧・岩村領北方村は北方村、旧・名取領北方村は西保村となる。
  • 1875年(明治8年)
    • 木戸村の一部を西崎村、切石村に編入する。
    • 室村の一部を木戸村に編入する。
    • 林中村、林東村、林本郷村、高屋村が合併して林村となる。
    • 上大榑村、上大榑新田、五反郷村、五反郷新田が合併して四郷村となる。
    • 豊喰新田が塩喰村に合併。
    • 大尻村と車戸村、海西郡須脇村が合併して三郷村となる。
    • 脇田村が海西郡野市場村が合併して蛇池村となり、海西郡所属となる。
  • 1875年(明治8年)1月
    • 和泉村、八条村、市島村[4]、青木村が合併して四成村となる。
    • 下大榑村、下大榑新田、福束新田、藻池新田、中郷新田、海松新田が合併し、福合村となる。
    • 海松村と柿内村が合併して松内村となる。
    • 成田村、下成田村、内野村が合併し平原村となる。
  • 1880年(明治13年) - 今村の一部(旧・今村入方)が、世安村として分立する。
  • 1881年(明治14年)
    • 8月13日 - 林村が分離し、林中村、林東村、林本郷村、高屋村となる。
    • 12月8日 - 福合村が分割され、下大榑村、下大榑新田、福束新田、藻池新田、中郷新田、海松新田となる。

町村制以降の沿革

  • 明治22年7月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足。特記以外は現・大垣市。(2町107村)
  • 明治23年3月24日 - 三里村が改称して御寿村となる。
  • 明治25年8月8日 - 神戸村が町制施行して神戸町となる。(3町106村)
  • 明治27年9月24日 - 墨俣村が町制施行して墨俣町となる。(4町105村)
  • 明治29年4月18日 - 郡制施行により以下の変更が行われる。(3町103村)
  • 明治30年
    • 4月1日 - 下記の町村の統廃合が行われる。いずれも新設合併。(3町19村)
      • 北杭瀬村 ← 河間村、笠木村、笠縫村、南一色村、木戸村、興福地村、池尻村
      • 安井村 ← 東前村、長沢村、禾森村、築捨村、江崎村、高橋村
      • 洲本村 ← 内阿原村、島里村、釜笛村、外渕村、川口村
      • 浅草村 ← 浅草東村、浅草中村、浅草西村、養老郡横曾根村
      • 川並村 ← 古宮村、小泉村、直江村、平村、米野村、深池村、難波野村、今福村
      • 三城村 ← 世保村、今宿村、三塚村、加賀野村、小野村、沢渡村
      • 中川村 ← 中川村、林東村、林中村、楽田村、貝曾根村、北方村、曾根村、領家村、中野村
      • 神戸町 ← 神戸町[神戸・川西]、末守村、北一色村、更屋敷村
      • 下宮村 ← 瀬古村、斎田村、柳瀬村、落合村、神戸町[下宮・新屋敷]
      • 北平野村 ← 田村、横井村、安次村、丈六道村、白鳥村
      • 南平野村 ← 加納村、四成村、中沢村、南方村、西保村、草道島村
      • 墨俣町 ← 墨俣町、西橋村、下宿村、二ツ木村
      • 御寿村 ← 御寿村、四郷村
      • 福束村 ← 福束村、里村、南波村、本戸村、中郷村、塩喰村
      • 仁木村 ← 下大榑村、下大榑新田、福束新田、中郷新田、藻池新田、海松新田、大吉新田、松内村
      • 名森村 ← 氷取村、大明神村、中須村、大野村、南今ヶ淵村、善光村、森部村、南条村、大森村、北今ヶ淵村、中村
      • 牧村 ← 牧村、馬瀬村
      • 結村 ← 東結村、西結村
      • 多芸島村 ← 多芸島村、上笠村、東大外羽村、西大外羽村、高淵村、南杭瀬村 [旧・友江村]
    • 8月1日 - 郡制を施行。
  • 明治35年8月27日 - 御寿村が町制施行の上で改称して大薮町となる。(4町18村)
  • 大正6年(1917年)、現住人口:82,225名。マラリア患者数:1,049名。
  • 大正7年4月1日 - 大垣町が市制施行して大垣市となり、郡より離脱。(3町18村)
  • 昭和3年4月15日 - 北杭瀬村(河間、笠木、笠縫、南一色、木戸)が大垣市に、北杭瀬村(興福地、池尻)が不破郡赤坂町に分割編入。(3町17村)
  • 昭和9年12月5日 - 南杭瀬村が大垣市に編入。(3町16村)
  • 昭和10年6月1日 - 多芸島村が大垣市に編入。(3町15村)
  • 昭和11年6月1日 - 安井村が大垣市に編入。(3町14村)
  • 昭和22年10月1日 - 洲本村が大垣市に編入。(3町13村)
  • 昭和23年
    • 6月1日 - 浅草村が大垣市に編入。(3町12村)
    • 10月1日 - 川並村が大垣市に編入。(3町11村)
  • 昭和24年4月1日 - 中川村が大垣市に編入。(3町10村)
  • 昭和25年4月1日(3町9村)
    • 北平野村の一部(田、横井、安次、丈六道)が神戸町に編入。
    • 北平野村の一部(白鳥)が揖斐郡池田村(現池田町)に編入。
  • 昭和26年4月1日 - 和合村が大垣市に編入。(3町8村)
  • 昭和27年6月1日 - 三城村が大垣市に編入。(3町7村)
  • 昭和29年4月1日 (3町3村)
    • 神戸町、下宮村、南平野村(加納、中沢、南方、西保、四成の一部)が合併し、改めて神戸町が発足。
    • 南平野村(草道島、四成の一部)が不破郡赤坂町に編入。
    • 大薮町、福束村、仁木村が合併して輪之内町が発足。
  • 昭和30年4月1日 - 名森村、牧村、結村が合併して安八村が発足。(3町1村)
  • 昭和35年4月1日 - 安八村が町制施行して安八町となる。(4町)
    • 同年 - 揖斐郡大野町西座倉が神戸町に編入(川合村が大野町に編入される前に決定)。
  • 平成18年3月27日 - 墨俣町が大垣市に編入。(3町)
明治22年以前 明治22年7月1日 明治22年 - 大正15年 昭和1年 - 昭和34年 昭和35年 - 昭和64年 平成1年 - 現在 現在
白鳥村 明治30年4月1日
北平野村
昭和25年4月1日
揖斐郡
池田村に編入
昭和25年8月1日
温知村に編入
昭和29年5月1日
町制改称
池田町
揖斐郡
池田町
田村 昭和25年4月1日
神戸町に編入
神戸町 神戸町 神戸町
横井村
安次村
丈六道村
神戸村 明治25年8月8日
町制
明治30年4月1日
神戸町
昭和29年4月1日
神戸町
末守村 末守村
北一色村 北一色村
更屋敷村 更屋敷村
瀬古村 明治30年4月1日
下宮村
斎田村
柳瀬村
落合村
加納村 明治30年4月1日
南平野村
中沢村
南方村
西保村

四成村

昭和29年4月1日
不破郡
赤坂町に編入
昭和42年9月1日
大垣市に編入
大垣市 大垣市
草道島村
興福地村 明治30年4月1日
北杭瀬村
昭和3年4月15日
不破郡
赤坂町に編入
池尻村
河間村 昭和3年4月15日
大垣市に編入
大垣市
笠木村
笠縫村
南一色村
木戸村
大垣町 大正7年4月1日
市制
大垣市
南杭瀬村 南杭瀬村 昭和9年12月5日
大垣市に編入
多芸郡
多芸島村
明治29年4月18日
安八郡へ
明治30年4月1日
多芸島村
昭和10年6月1日
大垣市に編入
多芸郡
上笠村
明治29年4月18日
安八郡へ
多芸郡
東大外羽村
明治29年4月18日
安八郡へ
多芸郡
西大外羽村
明治29年4月18日
安八郡へ
多芸郡
高淵村
明治29年4月18日
安八郡へ
東前村 明治30年4月1日
安井村
昭和11年6月1日
大垣市に編入
長沢村
禾森村
築捨村
江崎村
高橋村
内阿原村 明治30年4月1日
洲本村
昭和22年10月1日
大垣市に編入
島里村
釜笛村
外淵村
川口村
浅草東村 浅草東村 明治30年4月1日
浅草村
昭和23年6月1日
大垣市に編入
浅草中村 浅草中村
浅草西村 浅草西村
多芸郡
横曾根村
明治29年4月18日
養老郡
古宮村 明治30年4月1日
川並村
昭和23年10月1日
大垣市に編入
小泉村
直江村
平村
米野村
深地村
難波野村
今福村
中川村 中川村 昭和24年4月1日
大垣市に編入
林東村
林中村
楽田村
貝曾根村
北方村
曾根村
領家村
中野村
和合村 和合村 昭和26年4月1日
大垣市に編入
世保村 明治30年4月1日
三城村
昭和27年6月1日
大垣市に編入
今宿村
三塚村
加賀野村
小野村
沢渡村
墨俣村 明治27年9月24日
町制
明治30年4月1日
墨俣町
墨俣町 墨俣町 平成18年3月27日
大垣市に編入
西橋村 西橋村
下宿村 下宿村
二ツ木村 二ツ木村
氷取村 明治30年4月1日
名森村
昭和30年4月1日
安八村
昭和35年4月1日
町制
安八町 安八町
大明神村
中須村
大野村
南今ヶ淵村
善光村
森部村
南条村
大森村
北今ヶ淵村
中村
牧村 明治30年4月1日
牧村
馬瀬村
東結村 明治30年4月1日
結村
西結村
三里村 明治23年3月24日
改称
御寿村
明治30年4月1日
御寿村
明治35年8月27日
町制改称
大薮町
昭和29年4月1日
輪之内町
輪之内町 輪之内町 輪之内町
四郷村 四郷村
福束村 明治30年4月1日
福束村
里村
南波村
本戸村
中郷村
塩喰村
下大榑村 明治30年4月1日
仁木村
下大榑新田
福束新田
中郷新田
藻池新田
海松新田
大吉新田
松内村
今尾町 明治29年4月18日
海津郡
明治30年4月1日
海津郡
今尾町
昭和30年2月1日
海津郡
平田町の一部
平田町の一部 平成17年3月28日
海津市の一部
海津市
高田村 明治29年4月18日
海津郡へ
三郷村 明治29年4月18日
海津郡へ
仏師川村 明治29年4月18日
海津郡へ
土倉村 明治29年4月18日
海津郡へ
脇野村 明治29年4月18日
海津郡へ
西島村 明治29年4月18日
海津郡へ
平原村 明治29年4月18日
海津郡へ
昭和30年2月1日
海津郡
海津町に編入
海津町の一部

脚注

  1. ^ 「西端村」「西之橋村」とも表記されていた。
  2. ^ 尾張藩附家老竹腰氏領が慶応4年1月24日(1868年2月17日)に立藩。
  3. ^ 尾張藩附家老成瀬氏領が慶応4年1月24日(1868年2月17日)に立藩。
  4. ^ 市島村は戸数0であり、無人の村であった『神戸町史 上巻 P43』
  5. ^ この時点では大垣郭町、大垣宮町、大垣袋町、大垣外側町、大垣桐ヶ崎町、大垣栗屋町、大垣田口町、大垣弓町、大垣旗町、大垣室町、大垣鳩部屋町、大垣鳥見町、大垣番組町、大垣牛屋町、大垣西長町、大垣東長町、大垣鷹匠町、大垣馬場町、大垣新馬場町、大垣岐阜町、大垣歩行町、大垣高橋町、大垣東代官町、大垣西代官町、大垣新地町、大垣清水町、大垣中町、大垣魚屋町、大垣南新町、大垣北新町、大垣田町、大垣田町堤通、大垣西田町、大垣東今岡町、大垣西今岡町、大垣東主水的、大垣西主水町、大垣切石町が存在。
  6. ^ この時点では大垣伝馬町、大垣本町、大垣竹島町、大垣俵町、大垣東船町、大垣西船町が存在。
  7. ^ 宇代官町東、新地前、狐堀、村西、堤際のうち新規川(水門川支流)より西の地域。
  8. ^ 宇石田、勝沼分、町浦、北田分、堤外の一部、井川上河原畑の一部

参考文献

  • 内務省衛生局保健衛生調査室編『各地方ニ於ケル「マラリア」ニ関スル概況』1919年(大正8年)発行(国立国会図書館の『近代デジタルライブラリー』で閲覧可能)