四条隆謌

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
 
四条隆謌
Sijyoutakauta.jpg
時代 江戸時代後期 - 明治時代
生誕 文政11年9月9日1828年10月17日
死没 明治31年(1898年11月24日
墓所 京都府京都市左京区東大路二条下ル北門前町の妙傳寺
官位 近衛権少将、正四位侯爵、贈正二位
主君 仁孝天皇孝明天皇明治天皇
氏族 四条家
父母 父:四条隆生、養父:四条隆美
兄弟 隆美隆謌隆平
正室:銈姫黒田長溥の養女、奥平昌高の娘)
継室:春子中井好馬の長女、土方久元の養女)
実輝隆愛加根子
養子:隆平
テンプレートを表示
四条隆謌卿之墓(妙傳寺)

四条 隆謌(しじょう たかうた)は、江戸時代後期から明治時代にかけての日本の華族陸軍軍人。官位は陸軍中将正四位勲二等侯爵に昇り、元老院議官貴族院議員を務める。権大納言四条隆生(たかあり)の二男[1]で、醍醐輝久の孫。安政勤王八十八廷臣の一人。

生涯[編集]

幕末期は攘夷公卿として幕府に建言していたが、八月十八日の政変によって失脚し一時官位を剥奪された(七卿落ち)。1867年(慶応3年)12月の王政復古で討幕派が朝廷の実権を握ると京に戻って官位を復され、戊辰戦争では中国四国追討総督・大総督宮参謀・仙台追討総督・奥羽追討平潟口総督などを務め、1869年(明治2年)6月、維新の功績により永世禄300石を与えられ、同年7月に陸軍少将に任ぜられる。

1872年(明治5年)1月には大阪鎮台司令長官に就任、1874年(明治7年)4月に名古屋鎮台司令長官に移るが、1877年(明治10年)5月には大阪鎮台司令長官を兼ねた(同年10月に兼職を免ぜられる)。1880年(明治13年)の仙台鎮台司令長官を経た後、1881年(明治14年)2月に陸軍中将に昇り元老院議官に就任する。1884年(明治17年)7月に伯爵1891年(明治24年)4月に侯爵に昇爵し、貴族院議員となる。1893年(明治26年)12月、予備役。1898年(明治31年)11月薨去。

年譜[編集]

  • 文久2年(1862年10月 侍従
  • 明治元年(1868年1月 中国四国追討総督
  • 明治2年(1869年)7月 陸軍少将
  • 明治4年(1871年)10月 大坂鎮台出張
  • 明治5年(1872年)1月 大坂鎮台司令長官
  • 1874年(明治7年)4月 名古屋鎮台司令長官
  • 1877年(明治10年)5月 兼大坂鎮台司令長官(- 同年10月)
  • 1879年(明治12年)9月 名古屋鎮台司令官
  • 1880年(明治13年)4月 仙台鎮台司令官(- 1881年2月)
  • 1881年(明治14年)2月 陸軍中将、元老院議官(- 1883年6月)。
  • 1884年(明治17年)7月 伯爵
  • 1888年(明治21年)12月 休職
  • 1891年(明治24年)4月 侯爵、貴族院議員(- 1898年11月)。
  • 1893年(明治26年)12月 予備役

栄典[編集]

家族[編集]

  • 先妻:銈姫 - 黒田長溥養女(実父・奥平昌高)。不仲のため子供はなかった。
  • 後妻:春子(1856年 - 1908年) - 中井好馬長女。先妻死去後、長年囲っていた京都祇園舞妓出身の春子を土方久元の養女として後妻に迎える[5]
  • 子:
    • 七男:実輝(1866年 - 1924年) - 一条家に養子に入り海軍大佐公爵東宮侍従長等を務める。
    • 九男:隆愛(1880年 - 1938年) - 母は後妻の春子。四条侯爵家を継ぐ。陸軍に入り、陸軍少佐まで進む。
    • 女子:満子 - 飛鳥井雅望夫人
    • 女子:芳 - 木下秀有養女
    • 三女:加根子 - 三島弥太郎子爵に嫁ぎ、通陽を生む。
    • 養子:隆平(1841年 - 1911年) - 実は隆生の子、隆謌の弟。別家を立て、男爵となる。

補注[編集]

  1. ^ 『明治維新人名辞典』479頁。
  2. ^ 『官報』第307号「叙任及辞令」1884年7月8日。
  3. ^ 『官報』第4622号「叙任及辞令」1898年11月25日。
  4. ^ 『官報』第4622号「叙任及辞令」1898年11月25日。
  5. ^ 『女聞き書き 徳川慶喜残照』朝日新聞社(朝日文庫)、ISBN 4-02-260359-3 大河内富士子(隆謌孫)の回想より

参考文献[編集]

  • 秦郁彦編『日本陸海軍総合事典』第2版、東京大学出版会、2005年。
  • 日本歴史学会編『明治維新人名辞典』吉川弘文館、1981年。
日本の爵位
先代:
陞爵
侯爵
四条家初代
1891年 - 1898年
次代:
四条隆愛
先代:
叙爵
伯爵
四条家初代
1884年 - 1891年
次代:
陞爵