北海道百年記念塔

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北海道百年記念塔
HyakunenNoTo2005-2.jpg
北海道百年記念塔
情報
用途 モニュメント
展望台
設計者 井口健[1]
久米建築事務所
施工 伊藤組土建
建築主 北海道
構造形式 鉄骨トラス構造[2]
階数 25階
高さ 100m
エレベーター数 1基(保守用)
着工 1968年昭和43年)11月
竣工 1970年(昭和45年)7月
所在地 北海道札幌市厚別区厚別町小野幌(野幌森林公園内)
座標 北緯43度3分23.4秒 東経141度29分46.83秒 / 北緯43.056500度 東経141.4963417度 / 43.056500; 141.4963417 (北海道百年記念塔)座標: 北緯43度3分23.4秒 東経141度29分46.83秒 / 北緯43.056500度 東経141.4963417度 / 43.056500; 141.4963417 (北海道百年記念塔)
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全体の造形

北海道百年記念塔(ほっかいどうひゃくねんきねんとう)は、北海道札幌市厚別区野幌森林公園の一角にある高さ100メートルの塔である。1968年昭和43年)11月に北海道開道百年を記念して着工され、 1970年(昭和45年)7月に竣工[3]、翌年の1971年(昭和46年)4月より一般公開された[4]野幌森林公園にあるため、北海道博物館北海道開拓の村と隣接している。

建設の経緯[編集]

1962年(昭和37年)の北海道百年記念事業の準備委員会で、町村金五道知事がラシュモア山のアメリカ大統領彫刻を引き合いに大規模なモニュメントの案を発言し[5]、有識者懇談会にて橋本東三(元北海道庁拓殖計画課長)が札幌市大通に、頂上に金の北斗星と上部に明治天皇黒田清隆佐藤昌介依田勉三と下段に開拓功労者10人以上の像を据えた高さ100(約33m)の記念塔建設案を提案[6][5]。その後、アイヌ民族や開拓事業の犠牲者の慰霊碑の建設案も寄せられた後、特定人物の顕彰に限定せず「開拓の先人に対し感謝と慰霊のまことを捧げる」「将来に向かってのたくましい北海道の建設を誓う道民の総意を込めた記念塔」の方針を決定[5]1967年(昭和42年)に設計公募を行い[1]黒川紀章ら有力者からの案を含め全国から299点が寄せられ佐藤武夫審査委員長と田上義也大野和男高山英華谷口吉郎・横山尊雄(北海道大学教授)の道内外建築家6名、島本融前田義徳・阿部謙夫(北海道放送社長)・関文子(北海道教育委員)の学識者4名による審査ののち[6]、札幌市在住(北海道今金町出身)で久米建築事務所所属の井口健のグループの案が採用された[1][3]

構造[編集]

百年に合わせて高さ100メートルとなる塔の造形は[7]、「天をついて限りなく伸びる発展の勢い」を表現するべく[1]、空に向かい無限に延びる二次曲線によって未来への発展を象徴し[4]、塔壁面の凹凸は風雪と闘った歴史の流れを表現して[8]、塔断面は「北」の文字を[3]、基部の平面は六角形の雪の結晶を形象している[8][9]。また、下部には静的・瞑想的空間形成を図る池も配置された[6]

構造は鉄骨造で外壁は茶色の厚さ4.5-6.0ミリメートルの耐候性高張力鋼板で覆われ、塔は鉄骨等も含めた鋼材の総量約1500トンより成る[3]。総工費は約5億円を要しており、その半分の2億5000万円は北海道民の寄付による[3][8]。また入口付近には佐藤忠良による北海道庁玄関レリーフの原型となるレリーフ「開拓」が配置されている[10]。この他当初設計では和人の歴史観でアイヌ民族への敬意を欠いた百年記念事業への批判に関係し、塔の根元にアイヌと和人の全ての先人への慰霊と感謝を込めたアイヌ文様を壁面に施した石積みのモニュメントを設置する案も存在したが、予算不足を理由に実現しなかった[1]

25階建であるが[3]1970年代後半よりエレベーターは長らく閉鎖され、保守用となった。8階の展望室までは塔内の階段で登ることができ(9:00-17:00、入塔 -16:30)、高さ23.5メートルの展望室からは[3][11]札幌市江別市など[2]石狩平野が見渡せた[4]。展望室は入場無料で、冬季期間(11月上旬-4月上旬)は閉鎖された。

廃止の経緯[編集]

複雑な構造の塔は雨水が溜まりやすく腐食が予想以上に進み[1]1992年平成4年)に2億円、1999年(平成11年)に3億5千万円をかけて大規模修繕を行うも完全修復には至らず[12]2014年(平成26年)7月からは老朽化によって金属片が落下したことなどにより、塔は立入禁止となった[10][13]。その後2016年(平成28年)9月より「北海道の歴史文化施設活性化に関する懇談会」で存廃を検討し[10][12]2017年(平成29年)には今後50年間の維持費として展望台としての原状復帰で28.6億円・現状維持で26.5億円・除却で4.1億円が試算された後[10]2019年(平成31年)2月に解体の方針を決定[14]。跡地には将来の北海道を象徴する新モニュメントの建設を予定する[1]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g 未完だった百年記念塔 アイヌ民族など慰霊碑も構想 設計の井口さん「完成させたかった」 - 北海道新聞2019年5月10日夕刊9面
  2. ^ a b 北海道百年記念塔”. 北海道開拓記念館. 2012年11月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年10月20日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g 『札幌の碑』札幌市教育委員会編、北海道新聞社さっぽろ文庫45〉、1988年、143頁。ISBN 4-89363-044-X
  4. ^ a b c 百年記念塔”. 北海道開拓の村. 2013年10月22日閲覧。
  5. ^ a b c 【スクエア】「百年記念塔」進む老朽化、行く末は - 朝日新聞デジタル 2018年7月7日
  6. ^ a b c 北海道百年記念事業の記録 - 北海道百年記念施設建設事務所(1969年)
  7. ^ 『わが街 新風景』札幌市教育委員会編、北海道新聞社〈さっぽろ文庫74〉、1995年、194頁。ISBN 4-89363-073-3
  8. ^ a b c 野幌森林公園の見所(北海道百年記念塔ほか)”. 札幌市厚別区役所. 2013年10月20日閲覧。
  9. ^ 『北海道の歴史散歩』北海道高等学校日本史教育研究会編、山川出版社〈歴史散歩 1〉、2006年、132頁。ISBN 4-634-24601-5
  10. ^ a b c d 百年記念施設の継承と活用に関する考え方~50年後を見据えた自然・歴史・文化「体感」交流空間としての再生~ - 北海道環境局生活部 文化・スポーツ局文化振興課
  11. ^ 野幌森林公園 - 施設案内”. 北海道. 2013年10月20日閲覧。
  12. ^ a b 百年記念塔に解体論 道、年内に方針決定 有識者懇 - 北海道新聞2019年1月5日夕刊
  13. ^ “百年記念施設、進む老朽化 改修・解体に多額の費用 道内自治体苦慮 閉館も”. 北海道新聞. (2017年12月24日). https://www.hokkaido-np.co.jp/sp/article/153221?rct=n_hokkaido 2019年1月6日閲覧。 
  14. ^ 百年記念塔の解体正式決定 道が「構想」を策定”. 北海道新聞社. 2019年2月10日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]