伊礼忠彦
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 |
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| 出身地 |
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| 生年月日 | 1970年8月20日(56歳) |
| 身長 体重 |
175 cm 82 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 外野手 |
| プロ入り | 1992年 ドラフト5位 |
| 初出場 | 1994年6月11日 |
| 最終出場 | 1994年6月19日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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来歴
[編集]石垣島出身。沖縄水産高校では第69回選手権、第70回選手権と2度夏の甲子園に出場。70回大会ではホームランを2本打っている。高校の1学年上には、後にプロでも同僚となった上原晃がいた。卒業後は九州共立大学に進学し、日米大学野球選手権大会に日本代表として出場。リーグ戦首位打者1回、打点王2回、盗塁王1回、ベストナイン3回。
1992年ドラフト会議で中日ドラゴンズに5位で入団。
1994年に対読売ジャイアンツ戦で一軍初出場し、レフト前へのプロ初安打も記録した(その際、守っていた吉村禎章の弱肩を見越して二塁を狙ったが、タッチアウトとなってしまった)。このプレーについて、当日テレビ中継で解説を務めていた広岡達朗に「野球を舐めている」と酷評された。
詳細情報
[編集]年度別打撃成績
[編集]| 年 度 | 球 団 | 試 合 | 打 席 | 打 数 | 得 点 | 安 打 | 二 塁 打 | 三 塁 打 | 本 塁 打 | 塁 打 | 打 点 | 盗 塁 | 盗 塁 死 | 犠 打 | 犠 飛 | 四 球 | 敬 遠 | 死 球 | 三 振 | 併 殺 打 | 打 率 | 出 塁 率 | 長 打 率 | O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1994 | 中日 | 6 | 3 | 3 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | .333 | .333 | .333 | .667 |
| 通算:1年 | 6 | 3 | 3 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | .333 | .333 | .333 | .667 | |
記録
[編集]背番号
[編集]- 36 (1993年 - 1995年)
脚注
[編集]関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 個人年度別成績 伊礼忠彦 - NPB.jp 日本野球機構
- 選手の各国通算成績 Baseball-Reference (Japan)