佐々木善丈
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| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | 京都府京都市 |
| 生年月日 | 1969年10月7日(56歳) |
| 身長 体重 |
178 cm 73 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 投手 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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選手歴 | |
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コーチ歴 | |
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この表について
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佐々木 善丈(ささき よしたけ、1969年10月7日 - )は、京都府京都市出身の元アマチュア野球選手・指導者である。ポジションは投手。
来歴・人物
[編集]京都西高等学校では1年秋の近畿大会準々決勝で野村弘が先発したPL学園に6回コールド負け。2年春に第58回選抜高等学校野球大会で準々決勝へ進むが新湊高校を相手に延長14回ボークによって決勝点を奪われ敗退した。2年秋は近畿大会準決勝で延長11回を完投勝利、決勝は途中救援を仰ぐが延長10回の末に勝利して優勝。3年春の選抜に連続出場、2回戦で帝京高の芝草宇宙と投げ合うが完封負け。夏は府大会準決勝で延長11回の末に勝利したが決勝で敗れた。卒業後は1年浪人後に明治大学に入学する。1992年の春季リーグでチームの優勝に貢献し、ベストナインにも選ばれた[1][2]。同年の日米大学野球選手権大会の全日本メンバーにも選ばれた[3]。同期の主将が古沢淳であり、1学年上の三輪隆、1学年下の柳沢裕一とバッテリーを組んだ。鳥越裕介も1学年下。
大学卒業後は、社会人野球の三菱自動車川崎に入団し、1993年の都市対抗ではベスト4進出に貢献、大会優秀選手に選ばれた[4]。同期に渡邉博幸がいた。1995年の日本選手権では優勝を経験。
その後は、三菱ふそう川崎でコーチを務めた。
脚注
[編集]- ↑ 平成の黄金時代 | 概要・年表 | 野球部紹介 | 明治大学野球部公式サイト
- ↑ ベスト9 | 野球部紹介 | 明治大学野球部公式サイト
- ↑ 第21回 オールジャパンメンバー
- ↑ 「日本社会人野球協会会報1993」日本社会人野球協会 1994年 p28