木村龍治

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木村 龍治
読売ジャイアンツ ファームトレーニングコーチ #105
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛知県名古屋市港区
生年月日 (1970-09-01) 1970年9月1日(48歳)
身長
体重
174 cm
77 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1992年 ドラフト4位
初出場 1993年6月11日
最終出場 2003年7月30日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • 読売ジャイアンツ (2005 - )

木村 龍治(きむら りゅうじ、1970年9月1日 - )は、愛知県名古屋市出身の元プロ野球選手投手、右投右打)、コーチ。現在は読売ジャイアンツの一軍投手兼トレーニングコーチを務める。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

中京高校(現・中京大中京高校)時代には1年先輩に後に同僚となる後藤孝志がいた。1987年夏の甲子園1988年春の甲子園にエースとして出場。春の宇部商戦では9回1死まで完全試合を続けていたが、ボテボテのゴロが一二塁間を抜けるヒットの後、送りバントで二死二塁の状況で逆転2ランを打たれ、敗戦した。最後の夏は愛知県大会初戦で6失点敗退。

青山学院大学に進学し、東都大学リーグで通算50試合登板し21勝11敗、防御率2.50、217奪三振の成績を残した。3年生春には6勝1敗でベストナインを受賞した。1992年のドラフト会議で巨人に4位で指名される。

プロ入り後[編集]

入団後は、球威のある速球スライダーシュートを武器としていた。二軍では主戦級の活躍もあり他球団からの評価は高かったが、当時監督であった長嶋茂雄には評価されず[1]、登板機会は少なかった。

1999年にプロに入って初めて一軍に定着し中継ぎの一角として53試合に登板し、初勝利を含む5勝を記録した。2000年は月間MVPを獲得するなど、前年と同じく中継ぎの一角としてチームに貢献した。しかし翌年以降は成績が低迷。2004年限りで引退し、コーチに就任した。

現役引退後[編集]

2005年は二軍トレーニングコーチ補佐、2006年は二軍トレーニングコーチ、2007年から2009年は一軍トレーニングコーチ(2008年から2009年は一軍投手コーチ兼任)、2010年から2011年は二軍投手コーチを務めた。2012年から2014年は再び二軍トレーニングコーチを担当し、2015年からは再度二軍投手コーチに就任した。2017年から再び一軍投手コーチを務め、2018年はトレーニングコーチを兼任している。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1993 巨人 16 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 97 24.0 18 1 10 0 2 17 0 0 12 8 3.00 1.17
1994 7 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 53 12.1 10 0 5 0 0 9 0 0 4 2 1.46 1.22
1995 3 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 19 3.1 8 0 2 0 0 2 0 0 6 6 16.2 3.00
1996 7 0 0 0 0 0 1 0 -- .000 33 8.0 7 0 3 1 0 9 0 0 3 2 2.25 1.25
1998 2 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 9 2.0 3 1 1 0 0 2 0 0 2 2 9.00 2.00
1999 53 0 0 0 0 5 2 2 -- .714 249 59.2 56 6 19 2 2 31 3 2 26 25 3.77 1.26
2000 54 0 0 0 0 4 1 0 -- .800 206 47.2 45 8 16 2 1 38 4 0 19 15 2.83 1.28
2001 20 0 0 0 0 0 1 0 -- .000 92 19.1 30 5 4 1 0 12 0 0 12 12 5.59 1.76
2002 3 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 12 2.0 5 0 1 0 0 1 0 0 2 2 9.00 3.00
2003 7 0 0 0 0 1 0 0 -- 1.000 47 7.2 13 1 6 0 5 3 1 0 14 13 15.26 2.48
NPB:10年 172 0 0 0 0 10 5 2 -- .667 817 186.0 195 22 67 6 10 124 8 2 100 87 4.21 1.41
  • 「-」は記録なし

表彰[編集]

記録[編集]

  • 初登板:1993年6月11日、対中日ドラゴンズ9回戦(ナゴヤ球場)、8回裏に3番手として救援登板・完了、1回無失点
  • 初奪三振:同上、8回裏に大豊泰昭から
  • 初勝利:1999年5月29日、対阪神タイガース9回戦(東京ドーム)、8回表2死に5番手として救援登板・完了、1回1/3を無失点
  • 初セーブ:1999年7月17日、対阪神タイガース17回戦(阪神甲子園球場)、8回裏1死に6番手として救援登板・完了、1回2/3を無失点

背番号[編集]

  • 57 (1993年 - 1994年)
  • 41 (1995年 - 2004年)
  • 82 (2005年 - 2011年)
  • 104 (2012年 - 2014年)
  • 73 (2015年 - 2016年)
  • 85 (2017年)
  • 80 (2018年)
  • 105 (2019年 - )

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 1998年日刊スポーツ発行プロ野球選手写真名鑑

外部リンク[編集]