リーマンゼータ関数の特殊値

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複素平面上のリーマンゼータ関数。点 s における色が ζ (s) の値を表しており、濃いほど 0 に近い。色調はその値の偏角を表しており、例えば正の実数は赤である。s = 1 における白い点はであり、実軸の負の部分および臨界線 Re s = 1/2 上の黒い点は零点である。
ベルンハルト・リーマン

リーマンゼータ関数の特殊値(リーマンゼータかんすうのとくしゅち、: Particular values of the Riemann zeta function)とは、数学におけるリーマンゼータ関数(英: Riemann zeta function)に整数を代入した際の値のことをいう。これはリーマンゼータ値(英: Riemann zeta value)とも呼ばれる[注釈 1]

解説[編集]

ゼータ関数は複素解析に頻繁に登場する特殊関数であるが、解析的整数論においても重要な関数である。ゼータ関数は、実部が 1 より真に大きい複素数 s自然数 n に対して、

で定義される関数 ζ のことをいい[1]、例えば s = 2 とすると、

のような級数が提供される。特に、整数引数に対してゼータ関数がとる値についてはこの例も含めすべて実数値をもち、さらに数値計算に効率のよい公式が存在する。この記事では、これらの公式を値の表とともに列挙し、その微分と整数引数でのゼータ関数からなる級数も記述する。

ゼータ関数は、s = 1 における一位のを除き解析接続によって複素平面全体に拡張される。しかしながら、上の定義式は解析接続された s に対しては無効であり、直に計算を試みると対応する和が発散する。例えば、ゼータ関数において s = −1 のとき、

となるが、これを上の定義式で計算すると、

となって発散級数となる。以下に列挙するゼータ関数の特殊値は負の偶数に対する特殊値も含み、これは恒等的に ζ (s) = 0 であり、いわゆる自明な零点となる。

自然数に対する特殊値[編集]

正の偶数に対する特殊値[編集]

1644年イタリアピエトロ・メンゴリイタリア語版ドイツ語版によって以下の問題が提起された。この問題は、解決に挑んだ数学者の多くがバーゼルの生まれであったことから、バーゼル問題と呼ばれる。

バーゼル問題 ― 以下の級数:

は収束するか。収束するならばその値はいくつか。

レオンハルト・オイラー

バーゼル問題は、スイスレオンハルト・オイラーによって初めて解決された。オイラーは、三角関数テイラー級数およびその無限乗積x2 の項の展開係数を比較することで、

となることから、

が成り立つことを示した。さらにオイラーの研究はバーゼル問題にとどまることはなく、より一般の場合の研究に努め、任意の自然数 n に対して、

が成り立つことも示した[2][3]。ただし、ここで B2n2n 番目のベルヌーイ数である。

この公式により、正の偶数に対する特殊値を容易く計算することができる。しかるに n = 1 から小さい順に n = 10 まで計算してみると、

となる。またその近似値は、以下の表に示す通りである。

正の偶数に対する特殊値の近似値
ζ (2n) 近似値 OEIS
ζ (2) 1.64493 40668 48226 43647... A013661
ζ (4) 1.08232 32337 11138 19151... A013662
ζ (6) 1.01734 30619 84449 13971... A013664
ζ (8) 1.00407 73561 97944 33937... A013666
ζ (10) 1.00099 45751 27818 08533... A013668
ζ (12) 1.00024 60865 53308 04829... A013670
ζ (14) 1.00006 12481 35058 70482... A013672
ζ (16) 1.00001 52822 59408 65187... A013674
ζ (18) 1.00000 38172 93264 99983... A013676
ζ (20) 1.00000 09539 62033 87279... A013678

この表からもわかるように、ゼータ関数は s → ∞ の極限で ζ (s) → 1 である。すなわち、

である。また、自然数 n に対して、

を満たすように anbn を定める。ただし、ここで anbn は任意の自然数 n に対して常に自然数をとるものとする。すると、このとき anbnn = 1 から n = 20 までの挙動は以下の表に示す通りである。

係数
n an bn
1 6 1
2 90 1
3 945 1
4 9450 1
5 93555 1
6 638512875 691
7 18243225 2
8 325641566250 3617
9 38979295480125 43867
10 1531329465290625 174611
11 13447856940643125 155366
12 201919571963756521875 236364091
13 11094481976030578125 1315862
14 564653660170076273671875 6785560294
15 5660878804669082674070015625 6892673020804
16 62490220571022341207266406250 7709321041217
17 12130454581433748587292890625 151628697551
18 20777977561866588586487628662044921875 26315271553053477373
19 2403467618492375776343276883984375 308420411983322
20 20080431172289638826798401128390556640625 261082718496449122051

さらに cn = bn/an と定めると、偶数に対する特殊値はより簡単に、

とかくことができる。するとこのとき、

なる漸化式が存在することがわかる。この漸化式は、ベルヌーイ数を効率的に求める漸化式に基づいている。また、特殊値の係数ではなく、ゼータ関数についての漸化式も存在する。余接関数の微分:

およびその部分分数分解による表現:

を用いれば、

が容易に導かれる[4]。ただし、ここで n > 1 である。

正の奇数に対する特殊値[編集]

ゼータ関数は Re s > 1 なる複素数 s に対して定義される関数であるが、その定義式に s = 1 を代入すると、

となって調和級数に一致する。調和級数は、古くにおいては収束すると考えられていたが、今日においては発散することが知られている。しかしこれはコーシーの主値は存在し、

である。ただし、ここで γオイラーの定数である[5]

また、正の偶数に対する特殊値はベルヌーイ数を用いる形で一般化されたが、正の奇数に対する特殊値は簡潔な形で表すことができないことが知られている。例えば、ゼータ関数に s = 3 を代入した実数 ζ (3)アペリーの定数として知られ、様々な積分表示や級数表示が発見されているものの、簡単な形で表すことができない。また ζ (3)無理数であることがわかっている。この主張をアペリーの定理という。また、正の偶数に対する特殊値が常に無理数となることはその一般化された公式を見れば一目瞭然である一方、正の奇数に対する特殊値がすべて無理数であるかどうかは現在もまだわかっていないが、すべて無理数ではないかと予想されている[6]。以下の表にその近似値を示す。

正の奇数に対する特殊値の近似値
ζ (2n + 1) 近似値 OEIS
ζ (1) - -
ζ (3) 1.20205 69031 59594 28539... A02117
ζ (5) 1.03692 77551 43369 92633... A013663
ζ (7) 1.00834 92773 81922 82683... A013665
ζ (9) 1.00200 83928 26082 21441... A013667
ζ (11) 1.00049 41886 04119 46455... A013669
ζ (13) 1.00012 27133 47578 48914... A013671
ζ (15) 1.00003 05882 36307 02049... A013673
ζ (17) 1.00000 76371 97637 89976... A013675
ζ (19) 1.00000 19082 12716 55393... A013677

アペリーの定数をはじめとした正の奇数に対する特殊値には様々な積分表示や級数表示が与えられており、それらを計算する場合はゼータ関数の定義式を利用するのではなく、別の収束速度の速い公式を利用することが多い。

ζ (3)[編集]

ζ (5)[編集]

ζ (2n + 1)[編集]

正の奇数 n に対して、

なる級数を定めるとき、ζ (3)ζ (5) で見られたような一連の級数は次の形で定式化される。

ただし、ここで AnBnCn および Dn は、任意の正の奇数 n に対して常に自然数をとるものとする。ここでの Bn はベルヌーイ数とは異なる。すると、このとき AnBnCn および Dnn = 3 から n = 19 までの挙動は以下の表に示す通りである。

係数
n An Bn Cn Dn
3 180 7 360 0
5 1470 5 3024 84
7 56700 19 113400 0
9 18523890 625 37122624 74844
11 425675250 1453 851350500 0
13 257432175 89 514926720 62370
15 390769879500 13687 781539759000 0
17 1904417007743250 6758333 3808863131673600 29116187100
19 21438612514068750 7708537 42877225028137500 0

これらの整数はベルヌーイ数の和として表現することができる。任意の整数引数に対するゼータ関数の高速計算アルゴリズムは、アナトリー・カラツバ英語版によって与えられている[7][8][9]

負の整数に対する特殊値[編集]

ゼータ関数の定義式は、

であったが、このままでは負の整数に対する特殊値の計算を実行することができない。しかしながらゼータ関数には、

なる複素平面全体で定義された関数が存在する。この積分を利用することで、任意の自然数 n に対して、

が成り立つことがわかる。

この公式を利用することで、負の整数に対する特殊値を計算することができる。一般に負の偶数に対しては、

が恒等的に成り立つ。これを自明な零点という。また負の奇数については n = 1 から小さい順に n = 29 まで計算してみると、

となる。特に ζ (−1)ラマヌジャン総和法英語版に関連する[11]

微分の特殊値[編集]

ゼータ関数の負の偶数での微分係数は、

である。これはゼータ関数の一様収束性から項別に微分すれば簡単に示すことができる。この公式を用いて特殊値を計算すると、

となる。またこれ以外にも、

なる特殊値が存在する。ただし、ここで Aグレイシャー・キンケリンの定数γ はオイラーの定数である。また、これらの特殊値の近似値は以下の表に示す通りである。

微分の特殊値の近似値
ζ' (n) 近似値 OEIS
ζ' (3) -0.19812 62428 85636 85333... A244115
ζ' (2) -0.93754 82543 15843 75370... A073002
ζ' (0) -0.91893 85332 04672 74178... A075700
ζ' (−1) -0.16542 11437 00450 92921... A084448
ζ' (−2) -0.03044 84570 58393 27078... A240966
ζ' (−3) +0.00537 85763 57774 30114... A259068
ζ' (−4) +0.00798 38114 50268 62428... A259069
ζ' (−5) -0.00057 29859 80198 63520... A259070
ζ' (−6) -0.00589 97591 43515 93745... A259071
ζ' (−7) -0.00072 86426 80159 24065... A259072
ζ' (−8) +0.00831 61619 85602 24735... A259073

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ リーマンゼータ関数の一般化として多重ゼータ値(英: Multiple zeta value; MZV)と呼ばれる実数が定義されているが、多重ゼータ値に関する論文においては、「リーマンゼータ関数の特殊値」ではなく「リーマンゼータ値」と呼ばれることが多い。

出典[編集]

  1. ^ Steuding, Jörn; Suriajaya, Ade Irma (2020-11-01). “Value-Distribution of the Riemann Zeta-Function Along Its Julia Lines” (英語). Computational Methods and Function Theory 20 (3): 389–401. doi:10.1007/s40315-020-00316-x. ISSN 2195-3724. "Theorem 2 implies that ζ has an essential singularity at infinity" 
  2. ^ Devlin, Keith (2002) (英語). The Millennium Problems: The seven greatest unsolved mathematical puzzles of our time. New York: Barnes & Noble. pp. 43–47. ISBN 978-0-7607-8659-8 
  3. ^ Apostol, Tom M. (1997) (英語). Introduction to Analytic Number Theory. New York: Springer Science & Business Media. pp. 265-266. doi:10.1007/978-1-4757-5579-4. ISBN 978-1-4419-2805-4. ISSN 0172-6056 
  4. ^ Remmert, Reinhold (1984) (ドイツ語). Funktionentheorie I. 5. Heidelberg: Springer Berlin. pp. 233-235. doi:10.1007/978-3-642-96793-1. ISBN 978-3-642-96793-1. ISSN 1431-4215 
  5. ^ Sondow, Jonathan (1998). “An antisymmetric formula for Euler's constant” (英語). Mathematics Magazine 71 (3): 219–220. doi:10.1080/0025570X.1998.11996638. オリジナルの2011-06-04時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110604123534/http://home.earthlink.net/~jsondow/id8.html 2006年5月29日閲覧。. 
  6. ^ Rivoal, T. (2000). “La fonction zeta de Riemann prend une infinité de valeurs irrationnelles aux entiers impairs” (フランス語). Comptes Rendus de l'Académie des Sciences, Série I 331 (4): 267–270. arXiv:math/0008051. Bibcode2000CRASM.331..267R. doi:10.1016/S0764-4442(00)01624-4. 
  7. ^ Karatsuba, Ekatherina A. (1995). “Fast calculation of the Riemann zeta function ζ(s) for integer values of the argument s (英語). Problemy Peredachi Informatsii 31 (4): 69–80. MR1367927. http://www.mathnet.ru/php/archive.phtml?wshow=paper&jrnid=ppi&paperid=294&option_lang=eng. 
  8. ^ Karatsuba, Ekatherina A. (1996). “Fast computation of the Riemann zeta function for integer argument” (英語). Doklady Mathematics 54 (1): 626. 
  9. ^ Karatsuba, Ekatherina A. (1993). “Fast evaluation of ζ(3)” (英語). Problemy Peredachi Informatsii 29 (1): 58–62. 
  10. ^ Tenenbaum, Gérald (1990) (英語). Introduction to Analytic and Probabilistic Number Theory. 163. Rhode Island: American Mathematical Society. p. 234. ISBN 978-0-8218-9854-3. ISSN 0950-6330 
  11. ^ Polchinski, Joseph (1998) (英語). An Introduction to the Bosonic String. String Theory. 1. Cambridge University Press. p. 22. ISBN 978-0-521-63303-1