アペリーの定理

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

アペリーの定理(アペリーのていり、Apéry's theorem)とは、リーマンゼータ関数 ζ の特殊値 ζ(3)無理数である、という定理である。つまり、

\zeta(3)=\sum_{n=1}^\infty \frac{1}{n^3}=\frac{1}{1^3}+\frac{1}{2^3}+\frac{1}{3^3}+\ldots = 1.2020569\ldots

は、2つの整数 pq の分数 p/q としては表すことができない。この ζ(3)アペリーの定数と呼ばれる。

正の整数でのリーマンゼータ函数特殊値は、偶数での値はベルヌーイ数で表すことができ、無理数であることを示すことができる。しかし、奇数での値は、無理数であることが予想されているが、一般には未解決である。

歴史[編集]

レオンハルト・オイラーは、n が正の整数であれば、ある有理数 p/q に対し、

\frac{1}{1^{2n}}+\frac{1}{2^{2n}}+\frac{1}{3^{2n}}+\frac{1}{4^{2n}}+\ldots = \frac{p}{q}\pi^{2n}

であることを証明した。具体的には、左辺の無限級数を ζ(2n) と書き直せば、オイラーはこの有理数がベルヌーイ数 Bn を用いて次のように表されることを示したのである。

\zeta(2n) = (-1)^{n+1}\frac{B_{2n}(2\pi)^{2n}}{2(2n)!}.

πn が常に有理数ではないことを示すことにより、ζ(2n) がすべての正の n に対し有理数でないことを示した。

奇数のゼータ定数 ζ(2n + 1)n は正整数)については、偶数の場合と異なり π を用いた表現が知られていない。また奇数のゼータ定数に関しては、すべての整数 n ≥ 1 に対し、ゼータ定数と π の冪の比、

\frac{\zeta(2n+1)}{\pi^{2n+1}}

が超越的であることが予想されている。[1]

そのため、未だそれらがすべて超越的であると信じられているにも拘らず、奇数のゼータ定数が無理数であることの証明は見つけられていない。1978年6月、ロジェ・アペリー (Roger Apéry) が「ζ(3) の無理性について」(Sur l'irrationalité de ζ(3)) と題する講演を行った。この講演の中で、アペリーは ζ(3)ζ(2) が無理数であることの証明の概略を示した。アペリーは ζ(2) に用いられた方法を単純化して、ζ(3) に対しても適用した。得られた結果がまったく期待されていない性質のものであったことと、アペリーの議論が大雑把で無頓着なものであったことから、聴講していた数学者達の多くはアペリーの証明は破綻しているとして切り捨てた[2]。しかしながら、アンリ・コーエン英語版 (Henri Cohen)、ヘンドリック・レンストラ英語版 (Hendrik Lenstra)、アルフレット・ファン・デル・ポールテン英語版 (Alfred van der Poorten) らは、アペリーが何か正しいことを言っているかも知れないと思い、彼の証明の確認をし始めた。二ヶ月後に、彼らはアペリーの証明の検証を終え、8月18日にコーエンは証明全体の詳細を講義で明らかにした。講義の後にアペリー自身は、彼のアイデアの源泉を説明するために講義を行った。[3]

アペリーの証明[編集]

アペリーの元々の証明[4][5]は、ペーター・グスタフ・ディリクレのよく知られた無理性判定条件に立脚していた。この無理性判定条件は、無限に多くの互いに素な整数のペア pq が存在して、ある決められた c, δ > 0 に対して、

\left|\xi-\frac{p}{q}\right|<\frac{c}{q^{1+\delta}}

が成り立つとき、数 ξ が無理数であるという判定条件である。

アペリーの出発点は、ζ(3) の級数表現である

\zeta(3) = \frac{5}{2} \sum_{n=1}^\infty \frac{(-1)^{n-1}}{n^3\binom{2n}{n}}

であった。大まかには、アペリーは、数列 cn,k を定義し、上記の級数と同じ速さで ζ(3) へ収束し、特に

c_{n,k}=\sum_{m=1}^{n}\frac{1}{m^{3}}+\sum_{m=1}^{k}\frac{(-1)^{m-1}}{2m^{3}\binom{n}{m}\binom{n+m}{m}}

である。従って、彼はさらに 2 つの数列 anbn を定義し、商 cn,k を得た。これらの数列は、

a_{n}=\sum_{k=0}^{n}c_{n,k}\binom{n}{k}^{2}\binom{n+k}{k}^{2}

b_{n}=\sum_{k=0}^{n}\binom{n}{k}^{2}\binom{n+k}{k}^{2}

であった。数列 an/bnζ(3) へ評価条件を適用するに充分早く収束するが、不幸にも ann = 2 以後は整数ではない。にもかかわらず、アペリーはこの問題に対処するため、適切な整数を anbn に乗じたのちでさえ、収束は無理性を保証するに充分な速さであることを示した。

後日の証明[編集]

アペリーの結果が得られた同じ年、フリッツ・ボイカース英語版 (Frits Beukers) は、アペリーとは別な証明を発見した[6]。彼はアペリーの級数を、ずらしルジャンドル多項式 ~Pn(x) を意味する整数に置き換えた。後日、ハッジャコスタの公式英語版(Hadjicostas's formula)を一般化する表現を使い、ボイカースは、ある整数列 An と Bn に対して、

\int_{0}^{1}\int_{0}^{1}\frac{-\log(xy)}{1-xy}\tilde{P_{n}}(x)\tilde{P_{n}}(y)dxdy=\frac{A_{n}+B_{n}\zeta(3)}{\operatorname{lcm}\left[1,\ldots,n\right]^{3}}

であることを示した(数列 A171484A171485)。部分積分と ζ(3) が有理的であり、a/b に等しいことを前提に、ボイカースは結局、不等式

0<\frac{1}{b}\leq\left|A_{n}+B_{n}\zeta(3)\right|\leq 4\left(\frac{4}{5}\right)^{n},

を導出した。右辺の数列は 0 となる傾向にあり、結局 1/b 以下になる必要があるので、この証明方法は、背理法である。

さらに最近のヴァディム・ズディーリン英語版(Wadim Zudilin)による証明[7] は、さらにアペリーの元々の証明ににていて、さらにユーリ・ネステレンコ英語版(Yuri Nesterenko)の第四の証明が類似している。[8] これらの後での証明は、またも、ζ(3) が有理的であり、0 に近づく傾向があり正の定数により小さい有界であるという前提から矛盾を引き出す方法である。彼らの証明は、超幾何級数の上で行うことに頼っており、早い段階の証明に比べて、いくらかは透明性が高い。

また、ズディーリンは、ζ(5), ζ(7), ζ(9), ζ(11) のうち、少なくとも一つは無理数であることを示した[9]

高次ゼータ定数[編集]

アペリーとボイカースは、級数表現

\zeta(2)=3\sum_{n=1}^{\infty}\frac{1}{n^{2}\binom{2n}{n}}

のおかげで、かれらの証明を単純化して ζ(2) で結果を得ることができた。アペリーの方法の成功のおかげで、研究は

\zeta(5)=\xi_{5}\sum_{n=1}^{\infty}\frac{(-1)^{n-1}}{n^{5}\binom{2n}{n}}

の性質を持つ数 ξ5 のために行われた。そのような ξ5 が見つかったならば、アペリーの定理の証明に使った方法は、ζ(5) が無理性を持っていることを証明することに使うことができのではないかという期待を持たせる。しかし、不幸にも、計算機による研究[10] はそのような定数を見つけることに失敗し、実際、現在では ξ5 が存在し、多くとも次数 25 の代数的数であれば、その最小多項式の係数が、少なくとも 10383 であるという巨大な数で、従ってアペリーの証明の拡張は大きな奇数のゼータ定数で結果を得ることは、うまくいくようには思われない。

この事実にもかかわらず、この分野の多くの数学者がいつか近い将来ブレイクスルーが来ると期待している[11]。事実、最近のヴァディム・ズディーリン英語版(Wadim Zudilin)とタンニュイ・リヴォアール(Tanguy Rivoal)は ζ(2n+1) が無理数である n は無限大であることを示し[12] さらに、少なくとも ζ(5), ζ(7), ζ(9), と ζ(11) の中のひとつの数値は無理数である必要があることをしめした[13]。彼らの仕事は、ゼータ函数の値に線型形式を使い、奇素数上でのゼータ函数の値によりはられるベクトル空間の次元の限界を見積もった。ズディーリンがこの中のひとつを除外したという期待は、出版され公開されていないが、この問題への挑戦は現在、活発な研究分野である。高次のゼータ定数は物理学への応用も持っている。彼らは、量子スピンチェーン英語版(quantum spin chains)の相関函数を記述している。たとえば、[14]を参照。

脚注[編集]

  1. ^ Kohnen 1989, pp. 231–233.
  2. ^ アペリーはフランス人数学者で、当時隆盛を誇っていたブルバキとは疎遠に、独自でこの方法を開拓した。
  3. ^ van der Poorten 1979, pp. 195–203.
  4. ^ Apéry 1979.
  5. ^ Apéry 1981.
  6. ^ Beukers 1979, pp. 268–272.
  7. ^ W. Zudilin (2002), An Elementary Proof of Apéry's Theorem.
  8. ^ Ю. В. Нестеренко (1996). Матем. Заметки (in Russian) 59 (6): 865–880 http://mi.mathnet.ru/mz1785 |url= missing title (help).  Unknown parameter |script-title= ignored (help) English translation: Yu. V. Nesterenko (1996). "A Few Remarks on ζ(3)". Math. Notes 59 (6): 625–636. doi:10.1007/BF02307212. 
  9. ^ Zudilin 2001.
  10. ^ D. H. Bailey, J. Borwein, N. Calkin, R. Girgensohn, R. Luke, and V. Moll, Experimental Mathematics in Action, 2007.
  11. ^ Jorn Steuding (2005). Diophantine Analysis (Discrete Mathematics and Its Applications). Boca Raton: Chapman & Hall/CRC. pp. 280. ISBN 978-1-58488-482-8. 
  12. ^ Rivoal, T. (2000). "La fonction zeta de Riemann prend une infinité de valeurs irrationnelles aux entiers impairs". Comptes Rendus de l'Académie des Sciences. Série I. Mathématique 331: 267–270. arXiv:math/0008051. doi:10.1016/S0764-4442(00)01624-4. 
  13. ^ W. Zudilin (2001). "One of the numbers ζ(5), ζ(7), ζ(9), ζ(11) is irrational". Russ. Math. Surv. 56 (4): 774–776. doi:10.1070/RM2001v056n04ABEH000427. 
  14. ^ H. E. Boos, V. E. Korepin, Y. Nishiyama, M. Shiroishi (2002). "Quantum Correlations and Number Theory". Journal reference: Journal of Physics A 35: :4443–4452. 

参考文献[編集]

  • Kohnen, Winfried (1989). "Transcendence conjectures about periods of modular forms and rational structures on spaces of modular forms". Proc. Indian Acad. Sci. Math. Sci. 99 (3): 231–233. doi:10.1007/BF02864395. 
  • van der Poorten, A. (1979). "A proof that Euler missed...". The Mathematical Intelligencer 1 (4): 195–203. doi:10.1007/BF03028234. 
  • Apéry, R. (1979). Irrationalité de ζ(2) et ζ(3) 61. Astérisque. pp. 11–13. 
  • Apéry, R. (1981), “Interpolation de fractions continues et irrationalité de certaines constantes”, Bulletin de la section des sciences du C.T.H.S III, pp. 37–53 
  • Beukers, F. (1979). "A note on the irrationality of ζ(2) and ζ(3)". Bulletin of the London Mathematical Society 11 (3): 268–272. doi:10.1112/blms/11.3.268. 
  • Zudilin, W. (2001). One of the Numbers ζ(5), ζ(7), ζ(9), ζ(11) Is Irrational 56. Uspekhi Mat. Nauk. pp. 149–150. 

外部リンク[編集]