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フェルナンド・タティス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
フェルナンド・タティス
Fernando Tatis
ニューヨーク・メッツでの現役時代
(2009年6月17日)
基本情報
国籍 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
出身地 サンペドロ・デ・マコリス州サンペドロ・デ・マコリス
生年月日 (1975-01-01) 1975年1月1日(51歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
185 lb =約83.9 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 三塁手一塁手外野手
プロ入り 1992年 アマチュアFA
初出場 1997年7月26日
最終出場 2010年7月4日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国代表
WBC 2009年

フェルナンド・ガブリエル・タティス(Fernando Gabriel Tatis、1975年1月1日 - )は、ドミニカ共和国サンペドロ・デ・マコリス州サンペドロ・デ・マコリス出身の元プロ野球選手三塁手一塁手外野手)。右投右打。

息子は同じくプロ野球選手のフェルナンド・タティス・ジュニアである。その息子と区別するため、フェルナンド・タティス・シニアと呼ばれることもある。なお、ジュニアは1999年1月2日生まれでシニアとは誕生日が1日違いである。

MLB唯一の1イニングで2本の満塁本塁打を記録した選手である[1]

経歴

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プロ入りとレンジャーズ時代

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1992年にアマチュア・フリーエージェントでテキサス・レンジャーズと契約を結んだ。

1997年にMLB初昇格を果たし、7月26日にMLB初出場を果たした[2]

カージナルス時代

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1998年7月31日にトッド・ストットルマイヤーロイス・クレイトンとのトレードで、ダレン・オリバーマーク・リトル英語版と共にセントルイス・カージナルスへ移籍した。

1999年4月23日のドジャー・スタジアムでのロサンゼルス・ドジャース戦は、3回表無死満塁で打席が回り、朴賛浩の直球を捉えた打球は、左翼奥のドジャースのブルペンまで飛ばす満塁本塁打となった。この日まで23本塁打を記録しているが、満塁本塁打はこれが初めてだった。さらにカージナルスの猛攻は続いて打者一巡し、2死満塁で打席が回ってきた。そして今度は朴賛浩のスライダーを捉え、左翼席に2打席連続の満塁本塁打を放った。この1イニング2満塁本塁打は史上唯一のことで、また1イニング8打点は新記録だった[1]。2本目の満塁本塁打について「起こったことが信じられない。自分はマーク・マグワイアのようなホームラン打者ではないから、もう一本打てるなんて期待しなかった[3]」と述べた。試合はタティスの2発が効いて12-5で勝利した。この1999年は、149試合に出場して160安打、34本塁打、107打点、打率.298というキャリア最高の成績を残した。

エクスポズ時代

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2000年12月14日にダスティン・ハーマンソン英語版スティーブ・クラインとのトレードで、ブリット・リームス英語版と共にモントリオール・エクスポズへ移籍した。

2003年に退団した。その後、引退した。

オリオールズ時代

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2006年ボルチモア・オリオールズと1年契約を結び、現役復帰を果たした。

メッツ時代

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2008年ニューヨーク・メッツに入団した。

同年は、三塁手以外に、外野手、一塁手もこなして、この年のナショナルリーグプレイヤーズ・チョイス・アワーズ・カムバック賞を受賞した。

2009年はシーズン開幕前の3月に開催された第2回WBCドミニカ共和国代表に選出された[4]。オフの11月19日にFAとなった[2]

2010年1月29日にメッツと再契約を結んだ[2]。オフの11月7日にFAとなった[2]

メキシカンリーグ時代

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2014年4月1日にメキシカンリーグラグナ・カウボーイズと契約を結んだ[2]。5月1日にFAとなった[2]。同年限りで現役引退した。

引退後

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2019年にはドミニカン・サマーリーグドミニカン・サマーリーグ・レッドソックス英語版の監督を務めた。

母国ドミニカ共和国のウィンターリーグであるリーガ・デ・ベイスボル・プロフェシオナル・デ・ラ・レプブリカ・ドミニカーナ(LIDOM)のエストレージャス・オリエンタレスで監督を務めた。

2021年4月23日に息子がドジャー・スタジアムでのドジャース戦で1試合2本塁打を記録し、22年前には同じドジャー・スタジアムでタティースが1イニングで2本の満塁本塁打を記録していたため、MLB史上初の同じ日・同じ球場で2本の本塁打を記録した親子となった[5]。夏には東京オリンピック予選の野球ドミニカ共和国代表監督を務める予定だったが、4月23日に辞退している[6]

詳細情報

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年度別打撃成績

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O
P
S
1997 TEX 602412232957908902930221400426.256.297.404.701
1998 953503304189172311932624012246610.270.303.361.664
STL 55229202285816281022673012412576.287.367.505.872
'98計 15057953269147334112215813541363612316.276.329.415.744
1999 14963953710416031234297107219048241612811.298.404.553.957
2000 96394324598221118159642312571109413.253.379.491.870
2001 MON 411681452037902521100031604435.255.339.359.698
2002 11443038143871811515255221535189015.228.303.399.702
2003 531961751534602461521001803407.194.281.263.543
2006 BAL 2864567146122880002610172.250.313.500.813
2008 NYM 923062733381161111324730012933597.297.369.484.853
2009 1253793404296214814948414422395413.282.339.438.777
2010 4172656124022260010600191.185.254.338.592
MLB:11年 9493468305142780717414113134844850211324321165970996.265.344.442.785

表彰

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記録

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  • 1イニング満塁本塁打:2(1999年4月23日、史上唯一[7])※1試合2本では史上10人目
  • 1イニング打点:8(同上[8]

背番号

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  • 4(1997年)
  • 11(1998年 - 同年途中)
  • 23(1998年途中 - 2000年、2006年)
  • 21(2001年 - 2003年)
  • 17(2008年 - 2010年)
  • 34(2014年)

代表歴

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脚注

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  1. 1 2 Andrew Simon (2020年4月23日). Two grand slams in one inning? Won't happen again (英語). MLB.com. 2020年4月25日閲覧。
  2. 1 2 3 4 5 6 MLB公式プロフィール参照
  3. 朝日新聞東京本社版1999年4月25日付朝刊34面、1イニング満塁本塁打2本、大リーグ初、カージナルスのタティス
  4. 2009 Tournament Roster[リンク切れ] The official site of World Baseball Classic (英語) 2016年3月7日閲覧 [リンク切れ]
  5. AJ Cassavell (2021年4月24日). Family tradition: 2 Tatis HRs on dad's day (英語). MLB.com. 2021年4月25日閲覧。
  6. Olympic qualifier: Hector Borg to replace Fernando Tatis as Dominican Republic National Team Baseball manager (英語). WBSC (2021年4月23日). 2021年5月1日閲覧。
  7. 2 Grand Slams In 1 Game”. Baseball Almanac. 2018年3月3日閲覧。
  8. Runs Batted in Records (RBI Records)”. Baseball Almanac. 2018年3月3日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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