カルロス・マーモル
| ボストン・レッドソックス(マイナー) | |
|---|---|
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シカゴ・カブス時代 | |
| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 出身地 | モンセニョール・ノウエル州ボナオ |
| 生年月日 | 1982年10月14日(36歳) |
| 身長 体重 |
6' 2" =約188 cm 215 lb =約97.5 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 1999年 アマチュア・フリーエージェントとしてシカゴ・カブスと契約 |
| 初出場 | 2006年6月4日 セントルイス・カージナルス戦 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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| 国際大会 | |
| 代表チーム |
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| WBC | 2009年 |
この表について
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カルロス・アグスティン・マーモル(Carlos Agustín Mármol, 1982年10月14日 - )は、ドミニカ共和国・モンセニョール・ノウエル州ボナオ出身のプロ野球選手(投手)。現在はMLBのボストン・レッドソックス傘下ポータケット・レッドソックスに所属している。
目次
経歴[編集]
カブス時代[編集]
1999年7月3日にシカゴ・カブスと契約を結び、17歳でアメリカ合衆国でプロ野球選手としてのキャリアをスタートさせた。入団した時点では野手としてのプロ入りであり、投手に転向するまでは捕手や外野手として試合に出場していた。
マイナー時代[編集]
2001年にプロデビュー。ルーキー級のチームで40試合に出場し、打率.295・11二塁打という数字を残した。
2002年、野手として62試合に出場し、プロ初本塁打や20打点・10盗塁という数字を残した傍ら、投手としても試合に出場。1試合だけマウンドに上がり、1イニングで四球と奪三振を1個ずつ記録した。
2003年から本格的に投手に転向。ルーキー級のチームで14試合に登板。3勝5敗・防御率4.19という数字を記録。また、621⁄3イニングで三振を74個奪うピッチングを見せた。
2004年は、A級のチームに昇格し、先発投手として26試合に登板(先発登板は24試合)。14勝8敗・防御率3.20・1542⁄3イニング・53四球・154奪三振という成績をマークし、マイナーリーグながら2ケタ勝利をマークした。
2005年は、前年よりも上位に位置するA+級とAA級の2チームに配属され、ここでも先発投手として防御率3.41・9勝6敗という成績を記録した。
メジャー昇格から退団まで[編集]
2006年6月4日、セントルイス・カージナルス戦でメジャーリーグデビューを果たした。自身初のメジャーリーグでの登板は2.0イニングに登板し、三振を3個奪うという内容だった。2005年まで、マイナーリーグでは主に先発投手として登板していた為、2006年もカブスで先発投手として登板する機会が多かった。最終的には19登板のうち13試合に先発投手として登板。メジャー初勝利を含む5勝を挙げたが、勝利数を超える7敗・防御率6.08という成績に終わった。元々野手をやっていたので、この年は打率.261・1二塁打・1本塁打・1打点と、バッティングが良いところを見せた[1]。
2007年は、リリーフ専業の投手として、59試合すべてにリリーフ登板。前年に6.00を超えていた防御率は1.43まで低下し、5勝1敗1セーブという数字を残した。また、691⁄3イニングで96奪三振(奪三振率12.47)を記録するなど、この頃から投球イニングを上回る三振を奪っていた。
2008年、登板試合数を24試合上積みし、最終的にはシーズン試合数の半数以上となる82試合に登板した。この年は87.1イニングで114個の三振を奪い、奪三振率は11.75という数値だった。
2009年開幕前の3月に第2回WBCのドミニカ共和国代表に選出された[2]。予選のオランダ戦で延長11回に悪送球してしまい、ドミニカが予選で敗退する原因となってしまった[3]。
シーズンでは、WBCでの調整不足の影響から10.0イニングで5死球、6月までの26.0イニングで30死球を記録するなど[3]、死四球を連発した。しかし、シーズン終盤に当時のカブスのクローザーであったケビン・グレッグが調子を落としたため、8月の途中からクローザーを務め[3]、15セーブをマークした。最終的には79試合に登板したが、リリーフ投手専業になって以降では最低の防御率(3.41)だった。一方、この年も投球イニングを上回る奪三振を記録した(74イニングで93奪三振・奪三振率11.31)。
2010年は、年間通じてクローザーとして登板し、77試合に登板(3年連続で77試合以上に登板した)。防御率2.55・2勝3敗38セーブという数字をマークした。また、772⁄3イニングで自己ベストの138奪三振を記録し、奪三振率15.98という数字を記録。これは、2003年にロサンゼルス・ドジャースでクローザーを務めていたエリック・ガニエの記録を更新する数字だった[4]。それまでも2007年以降は11.00以上の奪三振率を記録していたが、それが2010年になって急上昇した(奪三振数が増えた)理由としては、それまでフォーシームの速球とスライダーの割合が半分ずつくらいであったのを、速球約4割に対してスライダー約6割という割合に変えた事が挙げられる[4]。また、変化球がスライダーだけにもかかわらず滅多に打たれないのは、3種のスライダーをそれぞれ異なる軌道で投げているからである[4]。
2013年は、開幕から不振で4月7日には藤川球児に抑えが配置転換された[5]。
ドジャース時代[編集]
2013年7月2日に金銭トレードでロサンゼルス・ドジャースに移籍した。数試合に登板した後に、DFAとなった。ドジャース傘下3Aでプレーすることになった。10月31日にFAとなった[6]。
マーリンズ時代[編集]
2014年2月6日にマイアミ・マーリンズと125万ドルの1年契約に合意したことが報道され[7]、2月11日に球団が発表した[8]。開幕後は15試合に登板し、0勝3敗、防御率8.10と結果を残せず、5月10日のサンディエゴ・パドレス戦では1回を4安打4失点1四球と抑えられず、試合終了後にDFAとなった[9]。5月19日に自由契約となった[10]。
レッズ傘下時代[編集]
2014年5月27日に、シンシナティ・レッズとマイナー契約を結んだ[6]。
移籍後は、傘下AAAのルイビル・バッツで3試合に登板した。
オフの11月17日に自由契約となった[11]。
インディアンス傘下時代[編集]
2015年5月8日にクリーブランド・インディアンスとマイナー契約を結んだ。11月7日にFAとなった[6]。
レッドソックス傘下時代[編集]
2016年2月16日にボストン・レッドソックスとマイナー契約を結び、同年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[12]。
選手としての特徴[編集]
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詳細情報[編集]
年度別投手成績[編集]
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2006 | CHC | 19 | 13 | 0 | 0 | 0 | 5 | 7 | 0 | 0 | .417 | 356 | 77.0 | 71 | 14 | 59 | 2 | 5 | 59 | 3 | 1 | 54 | 52 | 6.08 | 1.69 |
| 2007 | 59 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 1 | 1 | 16 | .833 | 285 | 69.1 | 41 | 3 | 35 | 3 | 4 | 96 | 5 | 1 | 11 | 11 | 1.43 | 1.10 | |
| 2008 | 82 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 4 | 7 | 30 | .333 | 348 | 87.1 | 40 | 10 | 41 | 3 | 6 | 114 | 6 | 1 | 30 | 26 | 2.68 | 0.93 | |
| 2009 | 79 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 4 | 15 | 27 | .333 | 335 | 74.0 | 43 | 2 | 65 | 3 | 12 | 93 | 6 | 1 | 29 | 28 | 3.41 | 1.46 | |
| 2010 | 77 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 3 | 38 | 0 | .400 | 332 | 77.2 | 40 | 1 | 52 | 4 | 8 | 138 | 2 | 2 | 23 | 22 | 2.55 | 1.18 | |
| 2011 | 75 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 6 | 34 | 2 | .250 | 327 | 74.0 | 54 | 5 | 48 | 2 | 9 | 99 | 4 | 0 | 33 | 33 | 4.01 | 1.38 | |
| 2012 | 61 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 3 | 20 | 2 | .500 | 247 | 55.1 | 40 | 4 | 45 | 0 | 2 | 72 | 2 | 0 | 24 | 21 | 3.42 | 1.54 | |
| 2013 | 31 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 4 | 2 | 5 | .333 | 129 | 27.2 | 26 | 6 | 21 | 1 | 3 | 32 | 2 | 0 | 19 | 18 | 5.86 | 1.70 | |
| LAD | 21 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | ---- | 96 | 21.1 | 14 | 1 | 19 | 2 | 1 | 27 | 3 | 1 | 7 | 6 | 2.53 | 1.55 | |
| '13計 | 52 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 4 | 2 | 6 | .333 | 225 | 49.0 | 40 | 7 | 40 | 3 | 4 | 59 | 5 | 1 | 26 | 24 | 4.41 | 1.63 | |
| MLB:8年 | 504 | 13 | 0 | 0 | 0 | 23 | 32 | 117 | 83 | .418 | 2455 | 563.2 | 369 | 46 | 385 | 20 | 50 | 730 | 33 | 7 | 230 | 217 | 3.46 | 1.34 | |
- 各年度の太字はリーグ最高
背番号[編集]
- 49 (2006年 - 2014年)
代表歴[編集]
脚注[編集]
- ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2008』 廣済堂出版、2008年、320頁。ISBN 978-4-331-51300-2。
- ^ 2009 Tournament Roster The official site of World Baseball Classic (英語) 2016年3月7日閲覧 [リンク切れ]
- ^ a b c 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2010』 廣済堂出版、2010年、341頁。ISBN 978-4-331-51439-9。
- ^ a b c 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2011』 廣済堂出版、2011年、381頁。ISBN 978-4-331-51518-1。
- ^ Carrie Muskat (2013年4月7日). “Marmol out, Fujikawa in as Cubs' closer” (英語). MLB.com. 2016年2月17日閲覧。
- ^ a b c MLB公式プロフィール参照。
- ^ Jesse Sanchez (2014年2月6日). “Marmol excited for MLB contract as DR eliminated”. MLB.com. 2016年2月17日閲覧。
- ^ “Marlins sign RHP Carlos Marmol to one-year contract” (英語) (プレスリリース), MLB.com (Miami Marlins), (2014年2月11日) 2016年2月17日閲覧。
- ^ Joe Frisaro (2014年5月11日). “Marmol's run with Marlins ends after rough outing” (英語). MLB.com. 2016年2月17日閲覧。
- ^ Joe Frisaro (2014年5月19日). “Reliever Marmol released by Marlins” (英語). MLB.com. 2016年2月17日閲覧。
- ^ Joey Nowak (2014年11月17日). “Reds release righty reliever Marmol” (英語). MLB.com. 2016年2月17日閲覧。
- ^ Jason Mastrodonato (2016年2月16日). “Red Sox invite former Cubs closer Carlos Marmol to spring training” (英語). Boston Herald. 2016年2月17日閲覧。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- Carlos Marmol stats MiLB.com (英語)
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