パシフィック・ミュージック・フェスティバル

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公益財団法人パシフィック・ミュージック・フェスティバル組織委員会
団体種類 公益財団法人
設立 1990年
所在地 北海道札幌市
法人番号 3430005006343
ウェブサイト https://www.pmf.or.jp/
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パシフィック・ミュージック・フェスティバルPacific Music Festival 略称:PMFピー・エム・エフ)は、1990年に20世紀を代表する指揮者、作曲家のレナード・バーンスタインがロンドン交響楽団とともに札幌で創設した国際教育音楽祭[1]

概要[1][編集]

毎年7月に札幌市を中心に開催され、「タングルウッド音楽祭」「シュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭」とともに、世界三大教育音楽祭のひとつとされる。公益財団法人パシフィック・ミュージック・フェスティバル組織委員会と札幌市が主催する。

「PMFアカデミー」が音楽祭の中核をなし、オーディションで選ばれた若手音楽家(アカデミー生)が、世界一流の指揮者や、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団フィラデルフィア管弦楽団などヨーロッパや北米を代表するオーケストラの首席奏者らから指導を受ける。

教育の成果は、札幌をはじめ各地で開催される演奏会で広く披露される。特に、アカデミー生により編成される「PMFオーケストラ」は、世界トップレベル・アジア随一のユースオーケストラとして、毎年多くの聴衆を魅了している。

創設の経緯と存続[編集]

バーンスタインは、環太平洋地域の若手音楽家を集めたアジアでの教育音楽祭を企画していた。彼は長年故郷に近いボストンの「タングルウッド音楽祭」で若手演奏家の指導に尽力してきたが、それをアジアにも拡大したいと願った。最初の構想では開催地は北京であったが、1989年6月の天安門事件の発生により、当地での開催を断念し、ロンドン交響楽団とともに札幌でPMFを創設した。第1回の音楽祭では、約900人のオーディション受験者の中から123人の若手演奏家がアカデミー生に選ばれ、バーンスタインは彼らにシューマンの交響曲第2番を教えた[2]

バーンスタインは第1回の開催後、肺癌により急逝したため、この時の公演が日本における最後の指揮となった。彼の死後、札幌市が以後の開催と協力を宣言し、第2回以降は札幌市が中心となってPMF組織委員会を設立し、運営に当たっている。2017年10月時点での修了生は、のべ約3,400人を数える。

主な参加音楽家[編集]

芸術監督
首席指揮者
指揮者
演奏家(ソリスト)
オーケストラ
オーケストラ・アカデミー教授陣(所属楽団は参加当時)

 ヴァイオリン

 ヴィオラ

 チェロ

 コントラバス

 フルート

 オーボエ

 クラリネット

 ファゴット

 ホルン

 トランペット

 トロンボーン

 パーカッション

 ティンパニ

 ハープ

コンダクティング(作曲)・アカデミー教授
弦楽四重奏アカデミー教授
ヴォーカル・アカデミー教授

参考文献[編集]

  • 木之下晃(写真・文)、財団法人PMF組織委員会(編)『青春の音楽 PMF-Sapporo』北海道新聞社、2009年。 - 「主な参加音楽家」への資料として
  • 『PMF-20 Years』財団法人パシフィック・ミュージック・フェスティバル組織員会、2009年。 - 「主な参加音楽家」への資料として

脚注[編集]

  1. ^ a b 公式ウェブサイト「PMFとは」[1]
  2. ^ 公式ウェブサイト「アーカイブ」

外部リンク[編集]