細川俊夫 (作曲家)
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細川俊夫(2016年) | |
| 基本情報 | |
| 出生名 | 細川 俊夫 |
| 生誕 | 1955年10月23日(70歳) |
| 出身地 |
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| 学歴 | ベルリン芸術大学 |
| ジャンル | 現代音楽 |
| 職業 | 作曲家 |
細川 俊夫(ほそかわ としお、1955年10月23日 - )は、日本の現代音楽の作曲家。
現代音楽を代表する作曲家の一人として国際的に活動しており、国内外の主要なオーケストラ、音楽祭、オペラ劇場などから数多くの委嘱を受けて作品を発表している[1]。
経歴
広島市安芸区出身。祖父は生け花の師範、母は箏をたしなんでいたが、当初は日本の伝統芸能を「退屈」と感じていた[2]。幼少からピアノを学び始め、広島大学附属東雲中学校3年生の時に、武満徹の琵琶、尺八、オーケストラのための《ノヴェンバー・ステップス》をレコードで聴き、感銘を受け作曲家を志すようになる[2]。翌年、上京し、国立音楽大学附属高等学校に入学。その後も国立音楽大学作曲科で学業を継続するが、演奏会で聴いた尹伊桑の作品に感銘を受け、ドイツに留学することを決意し、1976年からベルリン芸術大学で尹に作曲を師事する[2]。その間、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団100周年記念作曲コンクールとヴァレンティーノ・ブッキ国際作曲コンクールで第1位を獲得している。1983年からは、フライブルク音楽大学でクラウス・フーバーに作曲、ブライアン・ファーニホウに楽曲分析を学び、1987年にフライブルク音楽大学を卒業し、日本に帰国する[3]。ベルリン留学時代、ベルリン芸術週間(1981)の折に武満徹と出会い、それ以降親交が生まれた[4]。武満は、音楽祭「ミュージック・トゥデイ」で細川の新作《河のほとりで》(1982)を委嘱し、篠崎史子によって世界初演された[4]。 1987年の帰国以後、磯崎新、中村雄二郎、山口昌男、鈴木忠志、門脇佳吉、上田閑照といった日本の知識人たちと交流を持ち、現代アートや哲学、宗教について多くを学んだ。
ダルムシュタット国際現代音楽夏期講習会(1980年に初参加)などに講師として招かれ、世界の若手作曲家たち後進の指導にも当たっている。1996年以降、ショット社の本社があるマインツに家を持ち、日本とヨーロッパの間を頻繁に往復するようになった[5]。
1998年、ミュンヘンビエンナーレで初めてのオペラ《リアの物語》(演出、鈴木忠志)を世界初演。2004年エクサンプロヴァンス音楽祭で、オペラ《班女》(演出、アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル、指揮、大野和士)世界初演。2011年モネ劇場で、オペラ《松風》(演出、サッシャ・ヴァルツ、指揮、パブロ=エラス・カサド)、2015年ハンブルクで、オペラ《海、静かな海》(演出、平田オリザ、指揮、ケント・ナガノ)、2016年パリで、アンサンブル・アンテルコンタンポラン、オペラ《二人静》(演出、平田オリザ、指揮、マティアス・ピンチャー)、2018年シュトゥットガルトで、オペラ《地震・夢》(演出、ヨッシ・ヴィーラー、指揮、シルヴァン・カンブルラン)、2025年東京新国立劇場で、オペラ《ナターシャ》(演出、クリスチャン・レート、指揮、大野和士)と数多くのオペラを作曲する[6]。
2006年にベルリン高等研究所(Wissenschaftskollegs zu Berlin)に招待され、1年間ベルリンに滞在。その間、ベルリン・ドイツ交響楽団のコンポーザー・イン・レジデンス(ケント・ナガノ指揮)を務める。ベルリンで、サッシャ・ヴァルツ、塩田千春、多和田葉子といったアーティストたちと交流し、それが後のオペラ制作の重要な出会いとなる。
作品は、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、クリーヴランド管弦楽団、NHK交響楽団、東京都交響楽団、アンサンブル・アンテルコンタンポラン、クラングフォールム・ウィーンなど国内外の主要なオーケストラやアンサンブルによって演奏されている。また、小澤征爾、大野和士、準・メルクル、シルヴァン・カンブルラン、ケント・ナガノ、サイモン・ラトル、パーヴォ・ヤルヴィらの指揮者をはじめ、ピアノの児玉桃、北村朋幹、ヴァイオリンのアーヴィン・アルディッティ、樫本大進、ヴィオラの今井信子、フルートのピエール=イヴ・アルトー、エマニュエル・パユ、上野由恵、ハープの吉野直子、笙の宮田まゆみ、サクソフォンの大石将紀など、国内外で活躍する多くの演奏家によって取り上げられてきた。
1989年から1998年まで秋吉台国際20世紀音楽セミナー&フェスティバルを山口県の作曲家たちと共に企画し、ヨーロッパの最も前衛的な現代音楽の動向を日本に紹介した。2001年から武生国際作曲ワークショップにその役割が引き継がれている。1994年より武生国際音楽祭に参加、2001年から同音楽監督。
作風
細川の作風は、西洋音楽と日本の伝統音楽・芸術という二つの芸術文化を背景として形成された。バッハ、ベートーヴェン、シューベルトなど20世紀以前の西洋音楽に強い関心を持つ一方、ルイジ・ノーノ、ヘルムート・ラッヘンマン、クラウス・フーバーら戦後ヨーロッパの作曲家から影響を受けた[10]。また、武満徹の音楽と思想からも大きな影響を受けている[11]。ドイツ留学当初は西洋の現代音楽を中心に学んでいたが、尹伊桑やフーバーらとの出会いを通して日本の伝統文化を再認識し、雅楽や能などの日本の伝統音楽を研究するようになった。こうした経験をもとに、西洋音楽と日本の伝統文化の双方に根ざした独自の音楽語法を形成していった。細川が自身の作品について論じる上でよく用いる語があり、そのいくつかを以下に挙げる。
「書」「線」「歌」
細川は、自らの音楽を「空間、時間への書」と捉え、「書(カリグラフィー)」を音の線や「歌」、中心的な旋律のあり方と結びつけて説明している[12]。この考えの背景には、師の尹伊桑から学んだ東洋音楽における旋律の捉え方がある。そこでは旋律は複数の音を組み合わせて構築されるものではなく、一つの音が沈黙の中から生まれ、毛筆で描かれる線のように変化しながら成長し、やがて衰退していくものとして捉えられている。グリッサンドやヴィブラート、音色の変化なども、こうした一つの音の「いのち」の過程を表現するものとされる[12]。 また細川は、自身の「線」について、日本の書からも影響を受けたと述べ、とりわけ線が描かれる背景の「余白」を重視している[12]。書において線が周囲の余白によって際立つように、細川の音楽では音と沈黙が相互に関係し、音は沈黙によって強い表現力を獲得する。このように毛筆の線が音楽的な余白の中に描かれていく過程を追求した初期の作品として、フルート独奏曲《線I》(1984)が挙げられる。ここでは、休符から音符へとスラーをつなぐ記譜によって、音が沈黙から生まれる過程を表現している。 こうした「書」と「線」の思想は「歌」の概念と密接に結びついている。細川自身、「私の音楽の根本は,カリグラフィー的な音の線であるが,これを私は『うた』と呼んでいる」と述べ、さらに「私の音楽の本質は『うた』である」と語っている[13]。《垂直の歌》(1995)では、時間の中に垂直に立ち上がるような「歌」が追求され、《リート》(2007)ではフルートを声の延長と捉え、「言葉のない歌“Lieder ohne Worte”」として、細川が「歌の形の原型」と呼ぶものが示されている[12]。
「母胎」「母胎音響」
このように細川の「書」、「線」、「歌」は、一つの音が沈黙の中から生まれ、変化し、再び沈黙へと消えていく過程を捉える、相互に結びついた概念である。そして細川は、この音が生まれてくる背景を「母胎」と呼んでいる[14]。1980年代後半以降、雅楽との関わりを深める中でこの理念を重視するようになり、龍笛や篳篥の旋律を、沈黙や笙の持続音を背景とする「母胎」として、そこから生まれるものと捉えている[15]。また、雅楽における龍笛・篳篥の旋律と笙の持続音の関係を「人と自然、人と宇宙の関係」に重ね合わせ[16]、この発想を独奏楽器とオーケストラのための作品や協奏曲などにも展開している(《ランドスケープIII》(1993)、《サクソフォン協奏曲》(1998/99)、《旅I-X》(1997-2009)など)。さらに、こうした背景となる持続的な響きを「母胎音響」と呼び、一つの中心音や中心和音を核として音楽を展開する作曲技法へと発展させている[17]。近年、細川はこのように持続する音響を「音のトンネル」とも呼んでいる[18]。中心音として細川はF♯を「私の調性であり、私の身体の基本音」としてしばしば用いていたが[17]、2012年にはE♭も採用するようになったと語っている[19]。また多くの作品では、研究者によって「母胎和音」と呼ばれる中心和音が用いられている。この名称は細川自身がドイツ語で用いた Mutterakkord に由来するが、日本語では主に研究者によって使用され、「母胎音響」と必ずしも厳密には区別されていない[20]。具体的な音高としてはC–F♯–G–D♭が挙げられ[21]、これは二つの完全5度を含み、雅楽の笙の合竹との共通性や[18]、ヴェーベルンの《弦楽四重奏のための6つのバガテル》作品9第4曲との関連が指摘されている[22]。細川はこの和音に含まれる音程から新たな和音や旋律を導き、さらに短3度下に移高したE–A–B♭–E♭と組み合わせることも多い。両者を合わせた8音はオクタトニック・スケール(メシアンの「移調の限られた旋法」第2番)を形成し、こうした音組織は1990年代中頃以降の作品で重要な役割を担っている[23]。
「陰陽」
細川は、対照的な二つの要素が互いを否定することなく、補完し合うことによって一つの音楽的な宇宙を形成するという「陰陽」の考えを、自らの作曲思想の一つとしている。この考えは師の尹伊桑から影響を受けたもので、細川は尹の「陰陽の音宇宙」の思想を自身の「作曲原理の中心課題」の一つに挙げている[11]。細川作品において、陰陽は、光と影、男性と女性、高音と低音、強と弱など、対照的な二つの要素として現れ、それらは「お互いに相手を殺しあうことなく、共存し、補いあい、結びつきながら、宇宙の調和を形成していく」[24]。この原理は様々な形で作品に現れる。例えば、音楽学者のエヴェレット宇野弥生は、《ヒロシマ・声なき声》(1989/2000–01)において、「陰と陽の二元性が各楽章の内部に現れる」と同時に、全5楽章を統合する大規模な構成にも反映されていると分析している[25]。エヴェレット宇野によると、第1楽章「前奏曲・夜」、第3楽章「冬の声」、第5楽章「梵鐘の声」が「自然の内向的」で影をもつ側面(陰)を示すのに対し、原爆に関する証言をコラージュした第2楽章「死と再生」と「春と再生の力」を告げる第4楽章「春のきざし」は、外向的で光をもつ側面(陽)に対応し、作品全体が陰陽の交替と相互作用によって構成されている[25]。オペラ《松風》(2011)では、「狂乱」する松風と「冷静で理性的」な村雨が「一人の女性の二つの側面」を表す陰と陽として捉えられている[26]。また、笙とサクソフォンのための《明暗》(2020/2021)においては、細川は二つの楽器による「シンプルなメロディー断片の反復」を「歌の糸を織る」ように組み合わせ、そのなかで「明るい音程と暗い音程、上行音形と下降音形[を]交差[させる]」ことによって、「陰陽の宇宙」を形成することを意図している[27]。
「垂直」「梵鐘」
「垂直」は細川作品を特徴づける重要なキーワードとみなされている[28]。この概念は、とりわけ1980年代から1990年代にかけての作品や言説に顕著にみられ、《垂直の歌 I》(1995)や《ヴァーティカル・タイム・スタディ I–III》(1992-94)などの作品名にも直接現れている。《ヴァーティカル・タイム・スタディ》では、西洋音楽のように音楽を水平的な時間軸上で発展させるのではなく、「能の鼓の運動性」や「笙の吐く吸うことによる息の往還運動」から着想を得て、一瞬を断ち切る垂直的な打撃が円を描くように反復される時間が追求されている[17]。また、「垂直」の発想は、一つ一つの音を単なる時間的な連続の一部としてではなく、その内部に広がる響きを深く聴き取るという細川の考えとも結びついている。《バビロンの流れのほとりにて》(1995)では、「ひとつひとつの響き、声を梵鐘の響きのように捉え」、「言葉になる以前の混沌とした世界の垂直的な深さ」を生み出そうとしたと述べている[29]。ここで用いられる「梵鐘」は1990年代後半の細川の言説にしばしば現れる語である[30]。彼は「梵鐘」の響きを自らの音楽を構想するためのモデルとみなし、これを「梵鐘様式」と呼んでいる[31]。《遠景II》(1996)では、長い間隔をおいて鳴らされる日本の寺院の鐘に着想を得て、一つの鐘の響きが背景から立ち現れ、その余韻が他の鐘の響きと混じり合うことで、新たな響きが生み出される[32]。梵鐘は「急激な膨張」を伴うオーケストラのトゥッティによって表現され、そこから遠いこだまのような弱い音が徐々に生み出され、「空気」や「霧」を象徴する背景を形成する。細川はまた、遠くから聞こえる鐘の音には過ぎ去ったものの記憶を呼び覚ますとともに、未知の音響世界を開く働きがあると考えている[32]。この「梵鐘」の考えは《ヒロシマ・声なき声》(1989–2001)においても観察できる。第5楽章の「梵鐘の声」(2001)では、松尾芭蕉の句「月いずこ、鐘はしづみて海の底」から海底に沈んだ梵鐘の響きがイメージされ、細川はこれを「祈りの音楽」であり、「梵鐘様式による音楽」とみなしている[33]。
「シャーマン」
細川は、近年「シャーマン(巫女)」という語をよく用いている。彼は、演奏家を音によって人間の世界と自然・宇宙、あるいは死者や異界とを媒介する「シャーマン」として捉えている。特に《松風》(2010)以降、細川は、自身の音楽において「常に演奏家がシャーマンであり、巫女的存在であり、彼らが歌うこと、演じることによって、超越的な世界と交信し、そうすることで魂の浄化を得る、という儀式的(セレモニアル)な『形』を持つことに[なった]」と語っている[34]。《大鴉》(2012)では、女性歌手は死者や不可思議な世界と交感するシャーマンとして位置づけられ[35]、《3つの天使の歌》(2014)でもソプラノが天使であると同時に「シャーマン」として歌うことが意図されている[36]。また、ヴァイオリン協奏曲《祈る人》(2023)では、独奏者がシャーマン、オーケストラがその「内と外に拡がる宇宙、自然」と捉えられ、独奏者の呼びかけに宇宙が呼応あるいは反発し、最終的に両者が一体化していく過程が描かれる[37]。この独奏者とオーケストラの関係は、上記の「歌」や「人と自然、人と宇宙の関係」などに関わるものである。このような「シャーマン」の考えは、《セレモニー》(2021-22)や《ナターシャ》(2025)など、近年の多くの細川作品で観察できる。
「海」「花」
細川作品では、「海」や「花」などの自然のイメージがしばしば重要な役割を担っている。 細川は自然と人間との関係を創作上の主要なテーマの一つとしており、2011年の東日本大震災以前の自身の音楽において、最終的に「自然とひとつになって、自然の中に自分が溶けていく」ことがテーマであったと述べている[38]。 「海」は、こうした自然観を示す重要なイメージの一つである。哲学者・美学者の柿木伸之は、「広島に生まれ、瀬戸内の多島海を眺めて育った」細川にとって、「海景は、彼の作曲の原風景と言える」と指摘している[39]。《遠景III―福山の海風景―》(1996)はこうした「原風景」と結びついた作品であり、細川自身もこれを自身が書いた「最初の海の曲」であると語っている[40]。《海景・夜》(1997)や《海景・夜明け》(1997)などの作品は《遠景III》を「さらに発展させたもの」である[41]。《循環する海》(2005)では、音を水として捉え、その流れと変化を音楽によって表現することが試みられている。海から雲、雨、嵐を経て再び海へと戻る水の循環は、自然現象の描写にとどまらず、生命の循環とも関連づけられている[42]。一方、東日本大震災と福島第一原子力発電所事故以後、細川の自然に対する意識には変化がみられる。細川は《海、静かな海》(2016)などについて、人間によって自然そのものが破壊されていることが作品のテーマとなったと述べている[43]。 「花」もまた、細川が繰り返し取り上げている自然のイメージであり、とりわけ2000年代以降、「花」や「開花」をテーマとする作品を数多く作曲している。細川は「花」に関心を持った背景として、祖父が生け花の師匠であったこと、能の世阿弥が最高の演者を「花」にたとえたこと、日本の伝統詩歌において「花」が「最も重要なテーマであったこと」などを挙げている[44]。弦楽四重奏のための《開花》(2006–2007/2009)では、冒頭のB♭の持続音は水面、低音域は「水の下で起きている出来事を象徴し」、そこから蓮の花が生まれ、やがて開花へと向かうプロセスが音楽の展開と結びつけられている[45]。ピアノとオーケストラのための《月夜の蓮―モーツァルトへのオマージュ―》(2006)や《ホルン協奏曲―開花の時―》(2010)などの協奏曲においても、花が成長し、開花へと至る同様のプロセスが作品のテーマとなっている[46]。これらの作品では、独奏楽器が蓮の花、オーケストラが水や自然などを象徴しており[47]、ここには前述の「人と自然、人と宇宙の関係」と同様の構図を見出すことができる。また、混声合唱と打楽器のための《蓮の花―ロベルト・シューマンへのオマージュ―》(2006) では、シューマンも歌曲に用いたハイネの詩「蓮の花」を取り上げ、蓮というテーマを声楽作品において展開している[48]。細川がこれらの作品の中で取り上げている蓮は、「東洋の仏教世界にあって、最も尊重されている」花であり、「その開花の姿は、人間の祈りに似ている」と指摘し[49]、さらにこの「開花の姿」に人間自身の「開花」や「目覚め」という意味をも見出している[50]。このように「花」や「開花」は、単なる自然描写にとどまらず、自然の中から生命が誕生し、人間の精神的な覚醒へとつながっていく過程を示す重要なイメージとなっている。
声楽
細川は、オペラ、モノドラマ、大規模な声楽作品、合唱曲など、多くの声楽作品を作曲している。これらは、細川が器楽作品において追求している、音と沈黙、前景と背景、人間と自然の関係、「歌」や身体性への関心などと密接に結びついている。また、器楽作品に見られる対照的な音楽的身振りによるドラマティックな特徴は、オペラや大規模な声楽作品においても重要な役割を果たしている。 オペラやモノドラマなどの舞台作品における重要な特徴の一つは、日本の能からの影響である。細川は、能における声、身体の動き、器楽、沈黙が一体となった表現に関心をもち、西洋のオペラに能の時間感覚や身体性を取り入れている[51]。《班女》(2003-04)や《松風》(2010)などでは、限られた登場人物、緩やかな時間の進行、持続音や反復される音型などによって劇的な緊張感を作り出すとともに、歌唱だけでなく、声を生み出す身体や舞台上の動きが重視されている[52]。このような身体性への関心は、これらの作品の演出をそれぞれ振付家のアンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルとサシャ・ヴァルツが手がけたことにも表れている。特に《松風》では、ヴァルツの振付による歌手とダンサーの身体表現は舞台の極めて重要な要素となっている[53]。また、生者と死者、この世と異界を往還する能の構造もさまざまな形で受け継がれ、《松風》や《二人静―海から来た少女―》(2017)では死者が現世に現れ、《大鴉》(2011)では鴉という人間とは異なる存在が人間の世界に介入する。そこには、人間だけを世界の中心とせず、人間を死者や自然、他の存在を含むより大きな世界の一部として捉える細川の世界観が反映されている。 また、細川の声楽作品では、このような世界観とともに、死者への追悼や祈り、さらに核兵器、戦争、地震や津波などの自然災害、環境汚染といった現代社会の問題も重要なテーマとなっている。広島に生まれ育った細川にとって原爆は身近な問題であり、広島と原爆の記憶はその創作における重要な背景の一つとなっている[54]。2楽章で構成されていた《ヒロシマ・レクイエム》(1989-92)を5楽章に発展させた《ヒロシマ・声なき声》(1989/2000-01)では、広島の原爆がテーマであり、同様の問題意識は、ドレスデンと広島の戦争による破壊と四季の循環を重ね合わせた《星のない夜―四季へのレクイエム》(2010)においても観察できる[55]。東日本大震災と津波による喪失をテーマとする《海、静かな海》、環境汚染、自然災害、消費社会など、現代社会の問題を扱う《ナターシャ》(2023-25)なども同様の傾向にある作品とみなせる[56]。これらの作品では、人間と自然、人間と世界との関係について問う細川の根本的な問題意識へと結びつけられている。 このように細川の声楽作品では、能をはじめとする日本の伝統的な演劇・音楽の再解釈、身体と呼吸に根ざした声の探求、死者や異界との交流、さらに現代社会の問題への関心などが相互に結びついている。そこにおける「声」は、単に言葉として物語を伝える手段ではなく、身体から生まれ、生者と死者、人間と自然、自己と他者、現実と異界を結びつける媒体として位置づけられている。
Composer in residence
- 東京交響楽団(1998年〜2007年)
- ルツェルン音楽祭(2000年)
- ムジカノーヴァ(2003年、ヘルシンキ)
- アカント国際作曲夏期講習会(2003年、アヴィニョン)
- シュレーヴィッヒ・ホルシュタイン音楽祭(2005年)
- ベルリン・ドイツ交響楽団(2006年〜2007年)
- 西ドイツ放送局合唱団(2006年〜2008年)
- ザールブリュッケン放送局「ムーヴメント・21世紀の音楽」(2008年)
- ザルツブルク・ビエンナーレ(2009年)
- ラインガウ音楽祭(2009年、ヴィースバーデン)
- アルス・ムジカ音楽祭(2012年、ブリュッセル)
- ザルツブルク音楽祭、「ザルツブルク・コンテンポラリー」のテーマ作曲家(2013年)
- サンティアゴ・デ・コンポステラ現代音楽祭(2014年、スペイン)
- ネーデルラント・フィルハーモニー管弦楽団(2013年〜2014年)
- モーツァルト・フェスティバル(2015年、ヴュルツブルク)
- アッハト・ブリュッケン音楽祭(2016年、ケルン)
- グシュタード音楽祭(2017年、スイス)
- トロント大学「ニューミュージックフェスティバル」(2019年)
- トンヨン国際音楽祭(2019年、韓国)
- アフェクト現代音楽祭(2019年、エストニア)
- ベルン音楽祭(2020年)
- 広島交響楽団(2020年〜)[57]
- チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団(2022年)
- Musikene(2022年、スペイン、サン・セバスティアン)
- Gaida Festival(2023年、リトアニア、ヴィリニュス)
- ヴァレンシア交響楽団(2024年〜2025年、スペイン)
受賞歴
- 第7回中島健蔵音楽賞(1988年)[58]
- 第32回尾高賞(遠景I、1989年)[59]
- ラインガウ音楽賞 (1998年)
- デュイスブルク音楽賞 (1998年)
- ARD-BMWムジカ・ヴィヴァ賞 (2001年)
- 第39回サントリー音楽賞(2008年)[60]
- 第5回ロシュ・コミッション(2008年)[61]
- 平成19年度芸術選奨文部科学大臣賞音楽部門 (2008年)[62]
- 紫綬褒章(2012年)[63]
- 英国作曲家賞 (夢を織る、2013年)[64]
- 第62回尾高賞 (トランペット協奏曲「霧の中で」、2014年)[65]
- 2018年度国際交流基金賞(2018年)[66]
- 第31回ミュージック・ペンクラブ音楽賞現代音楽部門(オペラ「松風」、2018年)[67]
- 第68回尾高賞(渦」、2020年)[68]
- ゲーテ・メダル(2021年)[69]
- カリフォルニア大学バークレー校、バークレー日本賞(2023年)
- BBVA Foundation Frontiers of Knowledge Award (音楽・オペラ部門、2024年)[70]
- 第38回ミュージック・ペンクラブ音楽賞現代音楽部門(オペラ「ナターシャ」、2025年)[71]
主要作品
詳しくは、細川俊夫の作品一覧を参照
オペラ
- リアの物語(1998年、ミュンヘン・ビエンナーレの委嘱)
- 班女(2004年、フランス、エクサン・プロヴァンス音楽祭で世界初演)
- 松風(2011年、モネ劇場他で初演)
- 海、静かな海(2016年、委嘱したハンブルク州立歌劇場で初演 原作・演出 平田オリザ[72])
- 二人静(2017年)
- 地震・夢(2017年〜2018年、シュトゥットガルト歌劇場の委嘱)
- ナターシャ(2023年〜2025年、委嘱した東京新国立劇場で初演)
管弦楽曲
- 遠景 I :オーケストラのための(1987年、京都市委嘱作品/小林研一郎指揮、京都市交響楽団初演)
- 遠景 II:オーケストラのための(1996年、群馬交響楽団創立50周年を記念した委嘱作品/高関健指揮、群馬交響楽団初演
- 遠景 IIIー福山の海風景ー:オーケストラのための(1996年、福山市制80周年記念委嘱作品/十束尚宏指揮、広島交響楽団初演[73])
- ランドスケープ III, VI(1993年、1994年)
- 時の深みへ(1994年)
- バビロンの流れのほとりにて(1996年)
- ヒロシマ・声なき声(1989/2000–01)[74][注釈 1]
- 循環する海(2005年)
- 冥想 ー3月11日の津波の犠牲者に捧げる(2012年)
- ソプラノとオーケストラのための「嘆き」(2013年)
- 渦(2019年・第68回尾高賞受賞作品)
協奏曲
- フルート協奏曲「ペル・ソナーレ」(1988年)
- 打楽器協奏曲「旅人」(2000年)
- 月夜の蓮 —モーツァルトへのオマージュ(ピアノ協奏曲、2006年)
- ホルン協奏曲「開花の時」(2011年)
- 秋風(尺八とオーケストラのための協奏曲、2011年)
- アイオロス -回帰 III - (ハープと室内オーケストラのための協奏曲、2014年)
- ヴァイオリン協奏曲「ゲネシス」(2020年)
- ヴァイオリン協奏曲「祈る人」(2023年)
室内楽・独奏曲
- 線 I - VI(1984〜93年)
- うつろひ(1986年)
- 断章 I - III(1988〜89年)
- ランドスケープ I, II, IV, V(1992〜93年)
- ヴァーティカル・タイム・スタディI - III(1992〜94年)
- 夜の響き(1994/1996年)
- 鳥たちへの断章II - IV(1990/1991年)
- 沈黙の花(1998年)
- 雲景(2000年)
- ヴィオラのための 哀歌 −東日本大震災の犠牲者に捧げる−(2011年)
声楽曲
- 観想の種子(声明、雅楽)(1986年)
- 恋歌 I - III
- 女声合唱(16声部)のための「夜の呼び声」(1983年)
- 混声合唱のための「Ave Maria」(1991年)
- 混声合唱のための「Ave Maris Stella」(1991年)
- 鳥たちへの断章 I(1990年)
- テネブレ(1993年)
- 児童合唱のための 「歌う木〜武満徹へのレクイエム」(1997年)
- 児童合唱のための 「森の奥へ」(2002年)
- 混声合唱と打楽器のための《蓮の花 −ロベルト・シューマンへのオマージュ−》(2006年)
映画音楽
著書
- 魂のランドスケープ(1997年、岩波書店) 第46回日本エッセイスト・クラブ賞受賞
- 細川俊夫 音楽を語る―静寂と音響,影と光(2016年、アルテスパブリッシング)柿木伸之(訳)
脚注
注釈
- ↑ 5楽章からなるこの曲の第1、2楽章はアマチュアオーケストラ新交響楽団の委嘱により作曲、「ヒロシマ・レクイエム」というタイトルで1989年に初演された(新交響楽団第124回演奏会プログラム)。
脚注
- ↑ “細川俊夫|ショット・ミュージック”. 2026年9月14日閲覧。
- 1 2 3 細川俊夫 2016 『細川俊夫 音楽を語る―静寂と音響,影と光』 柿木伸之(訳) 東京:アルテスパブリッシング 328頁
- ↑ 細川(2016)330-331頁
- 1 2 細川(2016)117頁
- ↑ 細川(2016)158頁
- ↑ “細川俊夫|ショット・ミュージック”. 2026年9月14日閲覧。
- ↑ “教員紹介”. 東京音楽大学 TCM | Tokyo College of Music. 2021年7月28日閲覧。
- ↑ “教員一覧|エリザベト音楽大学”. エリザベト音楽大学. 2021年7月28日閲覧。
- ↑ “国立音楽大学教員一覧”. 2021年7月28日閲覧。
- ↑ 西村朗 2007 『作曲家がゆく 西村朗対話集』 東京:春秋社 286-290頁
- 1 2 細川(2016)8頁
- 1 2 3 4 細川俊夫 2010 「私のフルート音楽」『細川俊夫 フルート作品集』,ii NAXOS:8.572479J ii頁
- ↑ 細川俊夫 2007 「メモリー―記憶のなかの響き―」『メモリー 細川俊夫作品集 音宇宙X』,2–5 FONTEC:FOCD9294 4頁
- ↑ 細川俊夫 1997 『魂のランドスケープ』 東京:岩波書店 185頁
- ↑ 宮川渉 2024 「細川俊夫作品における「母胎和音」と関連するオクタトニック・スケールの使用―1990年代の大編成作品の分析を中心に―」『音楽学』第70号1号:1–16 4頁
- ↑ 細川(1997)201-03頁
- 1 2 3 細川(2007)3頁
- 1 2 Wataru Miyakawa 2022 “Entretien avec Toshio Hosokawa” Circuit, musiques contemporaines 32, no. 1: 91–95, p93
- ↑ 白石美雪 2012 「特別インタビュー 峻厳なる調和の美 細川俊夫―欧州現代音楽のメインストリームと日本的美学の幸福な融合」『レコード芸術』第61巻第5号:89−92、90頁
- ↑ 栢菅有香 2017 「細川俊夫の創作,活動と批評―日本とドイツからの考察―」 博士論文 武蔵野音楽大学、75-77頁
- ↑ 細川(2016)162頁
- ↑ 栢菅 (2017) 77頁
- ↑ 宮川(2024)14頁
- ↑ 細川俊夫 2024 《結び》 東京:ショット・ミュージック 5頁
- 1 2 エヴェレット宇野弥生 2026 「細川俊夫の音のコスモロジー」『間文化性から音楽を考える』 安川智子、藤田茂(編著),151–173 東京:音楽之友社 162頁
- ↑ “オペラ『松風』作曲家・細川俊夫 インタビュー|新国立劇場”. 2026年9月19日閲覧。
- ↑ 細川俊夫 2024 「サクソフォンによる沈黙へのカリグラフィー」 『Light and Darkness』,29-30 KAIROS:0022040KAI 29頁
- ↑ 木村友美 2018 「細川俊夫の音楽の独自性―「垂直」というキーワードをめぐって―」 博士論文 日本大学 101頁
- ↑ 細川俊夫 1997 「作品解説」 『バビロンの流れのほとりにて 細川俊夫作品集 音宇宙VI』,6-11 FONTEC:FOCD3420 7頁
- ↑ 栢菅 (2017) 110頁
- ↑ 細川(1997)77-78頁
- 1 2 Toshio Hosokawa 2001. Liner notes for Koto-uta, 14–22. KAIROS: 0012172KAI 19頁
- ↑ 細川俊夫 2001 「楽曲解説」 『ヒロシマ・声なき声 細川俊夫作品集 音宇宙VIII』,3-4 FONTEC:FOCD3420 4頁
- ↑ 細川俊夫 2013 「楽曲解説」 『サマーフェスティヴァル2013プログラム』サントリー芸術財団編,68-69 69頁
- ↑ 細川俊夫 2015 「『大鴉』について」 『大鴉』,6-7 Naxos:NYCC-27298 7頁
- ↑ 細川俊夫 2024 《3つの天使の歌》 東京:ショット・ミュージック 4頁
- ↑ 細川俊夫 2023 「ヴァイオリン協奏曲〈祈る人〉楽曲解説」 『読売日本交響楽団 月刊オーケストラ 2023年7-8月号』,20-21 20頁
- ↑ “【インタビュー】『ナターシャ』作曲 細川俊夫”. 新国立劇場. 2026年9月20日閲覧。
- ↑ 柿木伸之 2025 「海からのオペラの誕生―『ナターシャ』における細川俊夫の多言語の媒体としての音楽の創造―」 『ナターシャ』新国立劇場,19-23 19頁
- ↑ 細川(2016)196頁
- ↑ 細川(2016)197頁
- ↑ Toshio Hosokawa 2014. Linernote for Orchestral Works 2 Woven Breams Blossoming II Circulation Ocean, 2-3 NAXOS:8.573276J 3頁
- ↑ “【インタビュー】『ナターシャ』作曲 細川俊夫”. 新国立劇場. 2026年9月20日閲覧。
- ↑ Toshio Hosokawa 2014. Linernote for Orchestral Works 1 Moments of Blossoming Lotus under the moonlight Chant, ii-iv NAXOS:8.573239J iii頁
- ↑ 細川(2016)182頁
- ↑ 細川(2016)177-179頁
- ↑ Hosokawa (2014) ii-iii頁
- ↑ 細川(2016)178頁
- ↑ Hosokawa(2014)ii頁
- ↑ 細川(2016)177頁
- ↑ 細川(2016)249-251頁
- ↑ “Parcours de l'œuvre de Toshio Hosokawa”. Ircam. 2026年9月23日閲覧。
- ↑ “新国立劇場 細川俊夫/サシャ・ヴァルツ 松風(日本初演)|大河内文恵”. Mercure des Arts. 2026年9月23日閲覧。
- ↑ 細川(2016)27-28頁
- ↑ 細川(2016)216頁
- ↑ “【インタビュー】『ナターシャ』作曲 細川俊夫”. 新国立劇場. 2026年9月20日閲覧。
- ↑ “広島交響楽団”. 広島交響楽団. 2021年7月28日閲覧。
- ↑ “中島健蔵音楽賞”. music-kansai.net. 2021年7月28日閲覧。
- ↑ “遠景 I/細川俊夫/SJ 1079”. ショット・ミュージック オンラインショップ. 2021年7月28日閲覧。
- ↑ “[https://www.suntory.co.jp/sfa/music/prize/release/10045.pdf 第39回(2007年度)サントリー音楽賞は 細川俊夫 氏に決定]”. 2021年7月28日閲覧。
- ↑ “細川俊夫がロシュ・コミッションを受賞|ショット・ミュージック”. ショット・ミュージック. 2021年7月28日閲覧。
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- ↑ “細川俊夫が紫綬褒章を受章|ショット・ミュージック”. ショット・ミュージック. 2021年7月28日閲覧。
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- ↑ “NHK交響楽団 第62回「尾高賞」授賞作品決定”. ぶらあぼONLINE | クラシック音楽情報ポータル. 2021年7月28日閲覧。
- ↑ “国際交流基金 - 2018年度 「国際交流基金賞」 受賞者決定 多和田葉子氏、細川俊夫氏、サラマンカ大学スペイン日本文化センター”. www.jpf.go.jp. 2021年7月28日閲覧。
- ↑ “過去の受賞作|ミュージック・ペンクラブ・ジャパン MPCJ”. www.musicpenclub.com. 2021年7月28日閲覧。
- ↑ “第68回「尾高賞」に細川俊夫”. ぶらあぼONLINE | クラシック音楽情報ポータル. 2021年7月28日閲覧。
- ↑ “2021年ゲーテ・メダル”. www.goethe.de. 2021年7月28日閲覧。
- ↑ “Foundation Frontiers of Knowledge Award”. 2026年9月10日閲覧。
- ↑ “過去の受賞作|ミュージック・ペンクラブ・ジャパン MPCJ”. www.musicpenclub.com. 2026年9月10日閲覧。
- ↑ "WE MUST LOOK AT WHAT HAS HAPPENED – TOSHIO HOSOKAWA ON HIS NEW OPERA" KARSTEN WITT MUSIK MANAGEMENT / (翻訳)『私たちは起きたことを直視しなければならない – 細川俊夫、新作オペラを語る』 ショット・ミュージック
- ↑ Schott
- ↑ “ショット・ミュージック株式会社|細川俊夫 作品情報〈オーケストラ作品〉”. www.schottjapan.com. 2022年11月16日閲覧。
出典
- BWV Musica Viva音楽祭の「声なき声」初演当時のプログラムノートには、広島の原爆と細川の個人様式についての詳細な記述を含む。
- ワルシャワの秋2006公式パンフレット、特に細川に焦点が置かれた。
- Darmstadt Ferienkurse 講義録音、1992-2006までダルムシュタット国際現代音楽研究所に保存テープあり。
- 日本ショットの作曲家50歳記念カタログ
- Fontec作品集の作品解説、ほか。