バイエルン人民党

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バイエルン人民党(バイエルンじんみんとう、Bayerische Volkspartei、略称BVP)は、かつて存在したヴァイマル共和国ドイツ保守的なカトリック政党

概要[編集]

中央党のバイエルン支部の人々のうちより保守的でよりカトリックな人々が1919年に中央党から独立して創設した政党である。もとよりバイエルン州は首都ベルリンからの独立意識が強く、このバイエルン人民党の分離もその一つの流れであった。1923年、ドイツ大統領フリードリヒ・エーベルトはインフレの混乱を収拾するために非常事態宣言を布告した。しかしバイエルン州はこれを拒否。グスタフ・フォン・カール(Gustav von Kahr)が州総督(de:Generalstaatskommissar)となり、緊急事態に備えて独裁的権限を握り、バイエルン人民党がカールを支えた。しかしミュンヘン一揆鎮圧後、カールも地位を去らざるを得なくなった。その後党首ハインリヒ・ヘルトの下で穏健化していった。国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス党)政権誕生後の1933年4月に解散させられた。親衛隊全国指導者ハインリヒ・ヒムラーが入党していた時期がある。

現在、バイエルン・キリスト教社会同盟(CSU)が同党の後継者を自認している。

ライヒスターク(議会)議席数[編集]

選挙日 得票率 獲得議席数(総議席数) 議席占有率 順位
1920年6月6日 4,5% 20議席(459議席) 4.36% 第7党
1924年5月4日 3,2% 16議席(472議席) 3.39% 第8党
1924年12月7日 3,7% 19議席(493議席) 3.86% 第7党
1928年5月20日 3,1% 17議席(491議席) 3.47% 第8党
1930年9月14日 3,0% 19議席(577議席) 3.3% 第10党
1932年7月31日 3,2% 22議席(608議席) 3.62% 第6党
1932年11月6日 3,1% 20議席(584議席) 3.43% 第6党
1933年3月5日 2,7% 19議席(647議席) 2.94% 第6党