ドイツ党

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ドイツ党ドイツ語: Deutsche Partei)は、ドイツ政党地方政党のひとつ。ニーダーザクセン州を基盤としており、そのためニーダーザクセン党(Niedersächsische Landespartei)と呼ばれることもあった。ただし、1949年から1961年までドイツ連邦議会の議席を占めており、アデナウアー政権下において連立与党の一角を占めたこともあった。

概略[編集]

元々は、1866年プロイセン王国によるハノーファー王国(現在のニーダーザクセン州の一部にあたる)の併合に抵抗する政党として結成された。第二次世界大戦後は保守政党として再編されたが、1949年には幹部のヴォルフガング・ヘートラー議員は北ドイツのノイミュンターにおいて「ドイツ人に罪はなく、野党のドイツ社会民主党党首クルト・シューマッハーの反ナチスの抵抗活動を反逆者である」旨の発言(ヘートラー事件)するなど、右派的な色彩も持つ政党であった。連邦議会選挙においてはドイツキリスト教民主同盟と選挙協力し、5%条項を突破することはなかったが小選挙区で当選者を出すことで、議員を送り込んでいた[1]

しかし1960年に党は分裂、所属する連邦議会議員の半数がキリスト教民主同盟に移籍することで同党と決裂し、1961年に連邦議会から議席を失った。その後は右傾化が増し、メンバーの一部はドイツ共和党に流れたほか、現在メンバーの一部は極右政党国家民主党を支援している。

脚注[編集]

  1. ^ 連邦議会選挙で採用されている小選挙区比例代表併用制においては5%条項以外にも「最低3名の小選挙区での当選」という条件があり、これを満たした場合は比例代表の議席も配分される。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]