スーパーヒーロー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

マーベル・コミック・グループとDCコミック社は、コミックに適用される言葉「Super Heroes」のアメリカ合衆国における商標権を共同で所有しており、この二つの企業は有名なスーパーヒーローを所有している。

ここではアメリカン・コミックスにおけるスーパーヒーローついて記述する。

スーパーヒーローの特徴[編集]

  • 「シークレット・アイデンティティー」と呼ばれる自分の正体。
  • 「オリジン・ストーリー」と呼ばれるスーパーヒーローになるまでの誕生秘話(超能力を得た経緯や、悪と戦う事となったきっかけ)。
  • サイドキック」と呼ばれる相棒1940年代に登場したヒーローは子供をサイドキックとして行動していた。読者の年齢層が上がるにつれ、年少読者向けのキャラクターの必要性が減った事、子供を危険に晒す行為により、子供がサイドキックになることはなくなった。

スーパーヒーローの歴史[編集]

ゴールデン・エイジ[編集]

1938年に、ジェリー・シーゲルジョー・シャスタースーパーマンを登場させた。スーパーマンは、秘密の正体や超人的な能力、シンボルマークとマントを含むコスチュームといった、スーパーヒーローを定義する特徴を備えていた。

DCコミックは(当時はナショナル・アンド・オールアメリカン)スーパーマンの反響を受けてバットマンロビンワンダーウーマングリーンランタンザ・フラッシュアクアマン、ホークマン、グリーンアローなどのスーパーヒーローを登場させた。

最初のスーパーヒーローチームは、上記のキャラクターを集めた、DCによるジャスティス・ソサエティ・オブ・アメリカ(JSA)であった。

当時の市場はDCにより支配されていた。他の出版社もスーパーヒーローを生み出した。マーベル・コミックヒューマントーチ(オリジナル・ヒューマントーチ。ファンタスティック・フォーのキャラクターとは別人。en:Human Torch (Golden Age))やサブマリナークオリティ・コミックプラスチックマンファントムレディ新聞連載されたウィル・アイズナーザ・スピリットなど。

1940年代を通じて、キャプテン・マーベルはスーパーマンより多くの売り上げを収めた。

戦後になると、スーパーヒーローは人気を失った。これはホラーギャングの台頭に繋がった。これらの漫画のいかがわしい内容は、漫画が少年非行の原因であると非難する規制運動家達の活動を起こした。この運動の先頭に立ったのが、スーパーヒーロー・コミックの根底には性的倒錯が蔓延していると主張した精神科フレデリック・ワーサムであった。

これに応じて、自主規制(コミックス・コード)を採用した。1950年代までにスーパーヒーローは一掃された。

シルバー・エイジ[編集]

1950年代に、DCジュリアス・シュワルツの下で1940年代のヒーローを復活させた。

1960年には、DCがスーパーマンやバットマン、ワンダーウーマンなどの人気ヒーローをひとつのチームとしたジャスティスリーグ・オブ・アメリカ(JLA)を結成させた。

マーベル・コミックスタン・リージャック・カービーは、それまでの勧善懲悪で単純なスーパーヒーローと異なるキャラクターを創造した。

  • ザ・シング:ファンタスティック・フォーの一員で、怪力であるが、岩のような怪物的容姿に悩む。
  • スパイダーマン:スーパーヒーローとしての活躍に加えて、就職や生活費の獲得、友人関係の維持に苦労する。
  • ハルクジキルとハイドのような関係にあり、激昂すると緑の巨人になって暴れる。
  • X-メン:ミュータントは突然変異によって超能力を獲得した。その力を恐れる社会から排除される。

アンチヒーローの登場[編集]

1970年代に、DCは、バットマンを法律を無視する自警団員へ変更した。マーベルは、パニッシャーウルヴァリンフランク・ミラーによるデアデビルなどのアンチヒーローを登場させた。

バットマン:ダークナイト・リターンズ』(1985年 - 1986年)により、バットマンの変更が進められた。

X-メンのビショップ、『X-フォース』のケーブルスパイダーマンヴェノムは有名なアンチヒーローとなった。

1992年ジム・リートッド・マクファーレンロブ・ライフェルらがマーベルを退社してイメージ・コミックを設立した。イメージ・コミックが目指したのは、制作者によるキャラクターの所有であり、マーベルとDCの30年に及ぶ業界の支配に挑戦だった。リーの『ワイルド・キャッツ』や『GEN13』、ライフェルドの『ヤングブラッド』、マクファーレンの『スポーン』は人気を得た。

映画化されたスーパーヒーロー[編集]

関連項目[編集]