ショーン・リビングストン

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ショーン・リビングストン
Shaun Livingston
Shaun Livingston with Warriors (cropped).jpg
ゴールデンステート・ウォリアーズでのリビングストン (2016年)
フリーエージェント
ポジション PG/SG
背番号 34
身長 201cm (6 ft 7 in)
体重 79kg (174 lb)
ウィングスパン 211cm  (6 ft 11 in)[1]
シューズ ナイキ
基本情報
本名 Shaun Patrick Livingston
愛称 S-Dot
ラテン文字 Shaun Livingston
誕生日 (1985-09-11) 1985年9月11日(33歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 イリノイ州ピオリア
出身 ピオリア・セントラル高校
ドラフト 2004年 4位 
選手経歴
2004-2008
2008-2009
2009
2009-2010
2010-2011
2011-2012
2012
2012-2013
2013-2014
2014-
ロサンゼルス・クリッパーズ
マイアミ・ヒート
オクラホマシティ・サンダー
ワシントン・ウィザーズ
シャーロット・ボブキャッツ
ミルウォーキー・バックス
ワシントン・ウィザーズ
クリーブランド・キャバリアーズ
ブルックリン・ネッツ
ゴールデンステート・ウォリアーズ
受賞歴

ショーン・リビングストン (Shaun Patrick Livingston 1985年9月11日 - )は、アメリカ合衆国イリノイ州出身のプロバスケットボール選手。NBAゴールデンステート・ウォリアーズなどに所属していた。ポジションはガード。NBAデビュー以降10チーム以上を渡り歩くジャーニーマンでもある。

来歴[編集]

NBA[編集]

キャリア初期[編集]

イリノイ州の高校時代は "マジック・ジョンソンの再来" と騒がれた選手で、NBAでもその名を残すだろうと注目されていた。高校卒業後はデューク大学への進学が内定していたが[2]、リビングストンは2004年のNBAドラフトアーリーエントリーを表明し、全体4位という高い評価を受け、ロサンゼルス・クリッパーズから指名された。しかしプロの壁は高く、サム・キャセールの控え役に甘んじていた。そして2006-07シーズンの試合途中に左膝に大怪我を負う(後述)。翌シーズンは全休となり、不本意な形でクリッパーズを追われた[3]
その後はリハビリにはげみつつ、リビングストンの膝の状態を危惧する各チームが長期的な契約を躊躇い、リビングストンはDリーグのチームも含めあらゆるチームをたらい回しにされる日々が続いた。
リビングストンにとって転機になったのは2013-14シーズン。ブルックリン・ネッツと契約したリビングストンは、ガードの両ポジションをこなせる多様性をジェイソン・キッドHCに買われ、76試合に出場、54試合をスターターとして起用され、プレーオフ出場に貢献した[4]

ゴールデンステート・ウォリアーズ[編集]

2014年7月12日、ゴールデンステート・ウォリアーズと3年1600万ドルで契約し、念願の大型契約を獲得[5][6]。ウォリアーズとの契約が彼のキャリアを大きく変える。リアンドロ・バルボサマリース・スペイツらと共にベンチプレーヤーとしてウォリアーズの快進撃を支え、自己最多の78試合に出場。重傷を負った時には想像も出来なかったはずのNBAチャンピオンも経験した。

2015-16シーズンのプレイオフでは、怪我で欠場したウォーリアーズのエース、ステフィン・カリーの代役を見事に務め、カンファレンスファイナル進出に貢献した。スティーブ・カーHCはこのときの活躍を「我々は恵まれている、本当にラッキーだよ。ポイントガードを失い、MVPを失っても、ショーン・リビングストンを投入することができる。大したプレーヤーだ。すばらしいチームメイトでもある」と称賛した。

そして、レブロン・ジェームズ擁するクリーブランド・キャバリアーズとのNBAファイナル第1戦では、カリー、クレイ・トンプソンの2枚看板が相手チームの厳しいディフェンスを受けて抑え込まれるなか、チームトップの20得点をあげチームの勝利に貢献したが、3勝4敗と優勝には届かなかった。

2016-17シーズン、引き続きカリーのバックアップポイントガードとして活躍し、2年ぶりの優勝に貢献。オフには3年2400万ドルで再契約した。

2018-2019シーズン後に引退の噂が流れるも現役を続行することを公表した。

チームのキャップスペースなどの問題で2018-2019シーズン後ジャーニーマンながら5シーズン過ごしたゴールデンステート・ウォリアーズに解雇された。

左膝の重傷[編集]

2007年2月26日のシャーロット・ボブキャッツ戦、リビングストンはレイアップショットを試みた際、着地に失敗し、左脚を大きく捻り、左膝の前十字靭帯(ACL)、後十字靭帯(PCL)、内側側副靱帯(MCL)を断裂するという重傷を負った[7]。選手生命も危惧される重傷を負ったリビングストンだったが、大手術と懸命のリハビリの末に[8]、2008-09シーズン途中にマイアミ・ヒートで奇跡の復活を果たし、その後も不屈の精神で、ジャーニーマンとしてNBAで生き延び、2015年には見事にゴールデンステート・ウォリアーズでNBAチャンピオンを勝ち取った。

その他[編集]

  • プロ入りして暫くは、髪型はコーンロウでキメていたが、前述の重傷を負って以降は、五分刈りにしている。

脚注[編集]

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外部リンク[編集]