サム・キャセール
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2010年、ワシントン・ウィザーズACでのキャセール (左はカロン・バトラー) | |
| ロサンゼルス・クリッパーズ AC | |
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| 役職 | アシスタントコーチ |
| 背番号(現役時) | 10 , 19 , 28 |
| 身長(現役時) | 191cm (6 ft 3 in) |
| 体重(現役時) | 88kg (194 lb) |
| 基本情報 | |
| 本名 | Samuel James Cassell |
| ラテン文字 | Sam Cassell |
| 誕生日 | 1969年11月18日(49歳) |
| 国 |
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| 出身地 |
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| 出身 | フロリダ州立大学 |
| ドラフト | 1993年 24位 |
| 選手経歴 | |
| 1993-1996 1996 1996-1997 1997-1999 1999-2003 2003-2005 2005-2008 2008-2009 |
ヒューストン・ロケッツ フェニックス・サンズ ダラス・マーベリックス ニュージャージー・ネッツ ミルウォーキー・バックス ミネソタ・ティンバーウルブズ ロサンゼルス・クリッパーズ ボストン・セルティックス |
| 指導者経歴 | |
| 2009-2014 2014- |
ワシントン・ウィザーズ (AC) ロサンゼルス・クリッパーズ (AC) |
| 受賞歴 | |
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サム・キャセール(Sam Cassell, 本名Samuel James Cassell, 1969年11月18日 - )は、アメリカ合衆国メリーランド州ボルティモア出身の元バスケットボール選手。NBAのヒューストン・ロケッツやミルウォーキー・バックスなどで活躍した。身長191cm、体重88kg。ヒューストン・ロケッツで2度、ボストン・セルティックスで1度NBAファイナル優勝を経験している。
経歴[編集]
フロリダ州立大学時代はチャーリー・ウォードと先発の座を争う。1993年のNBAドラフトで全体24番目でヒューストン・ロケッツから指名されて入団した。ルーキーシーズンはポイントガードのケニー・スミスの控えだったが、ニューヨーク・ニックスとのNBAファイナルでは接戦となったシリーズの要所で3ポイントシュートを成功させるなど、ロケッツのNBAファイナル制覇に貢献して入団1年目でチャンピオンリングを手に入れた。続く94-95シーズンのロケッツ2連覇にも貢献した。ロケッツでの3年間、キャセールは貴重な控えのガードとしてプレーし、チームの勝利に貢献した。またフリースロー成功率も高かった。
95-96シーズン終了後、チャールズ・バークレーとのトレードでロバート・オーリーらと共にフェニックス・サンズに移籍した。
96-97シーズンにはサンズ、ダラス・マーベリックス、ニュージャージー・ネッツと3チームを渡り歩いた。マーベリックスとのトレードはジェイソン・キッドやマイケル・フィンリーなども絡んだものとなった。マーベリックスでは16試合に出場したところでジミー・ジャクソンらと共にネッツのショーン・ブラッドリーらとのトレードて放出された。
移籍した翌97-98シーズン、先発ポイントガードとなり、前年よりネッツの成績を大幅に向上させてプレーオフに導き周囲を驚かせた。98-99シーズン、キャセールは怪我によりシーズンの大半を欠場。その間にミネソタ・ティンバーウルブズが絡んだ三角トレードでミルウォーキー・バックスへ移籍した。
99-00シーズン、怪我から復帰したキャセールは、バックスで素質を発揮。00-01シーズンにはグレン・ロビンソン、レイ・アレンらと共に、イースタンカンファレンスファイナルに進出したが、キャセール自身は腰の負傷で途中リタイア。チームはアレン・アイバーソン率いるフィラデルフィア・セブンティシクサーズの前に敗れてNBAファイナル出場はならなかった。
02-03シーズン終了後、トレードによりミネソタ・ティンバーウルブズへ移籍した。03-04シーズンはケビン・ガーネットや、ラトレル・スプリーウェルと共にレギュラーシーズンであげてウェスタンカンファレンス第1シードとなり、カンファレスファイナルまで進出した。しかし、黄金のカルテット(シャキール・オニール、コービー・ブライアントら)といわれたロサンゼルス・レイカーズに敗れ、優勝の夢は絶たれた。このシーズンには初のNBAオールスターゲーム出場を果たした。
04-05シーズン開幕当初、メンバーがほとんど変わらずにシーズンを迎えたウルブズは、オニールがレイカーズを去ったこともあり、ウエスト優勝の筆頭だった。しかし契約金の問題で、キャセールとスプリーウェルの不満が、チームのケミストリーを崩壊。キャセールが休む事で逆に存在の大きさを知らせる事になってしまい、チームはプレーオフ出場を逃す予想外の不振に終わった。
シーズン終了後、ロサンゼルス・クリッパーズへ移籍した。エルトン・ブランドやコーリー・マゲッティ、サクラメント・キングスから移籍したカティーノ・モブリーらと共に弱小球団のクリッパーズに加入して、2005-06シーズン、ウエスタンカンファレンス6位でプレイオフにチームを導いた。プレイオフ1回戦でデンバー・ナゲッツを4-1で破り、カンファレンスセミファイナルでフェニックス・サンズと第7戦までもつれるゲームを展開、惜しくも3-4でシーズンを終えた。更なる飛躍が期待された2006-07シーズンは、チームは不振に終わり、2年連続のプレイオフ進出はならなかった。
2008年3月に、キャセールはチームからウェイバー公示で放出され、かねてから希望していたボストン・セルティックス入りを果たした。セルティックスでは、若きポイントガードのレイジョン・ロンドの指南役としてベンチからチームを支えた。チームはファイナルに進出。キャセールはジェームス・ポージーと共に貴重な優勝経験者として、出場時間は少なかったもののベテランらしい活躍で優勝に貢献し、自身3度目の優勝を果たした。
2008-09シーズンはほとんど出番がなく、シーズン中盤にトレードでサクラメント・キングスに放出され[1] 、更にすぐにウェイバー方式で解雇され、現役を引退した。シーズン終了後、ワシントン・ウィザーズのアシスタントコーチに就任。指導者の道を歩み出した[2][3]。 2014年、ドック・リバースに招かれ、ロサンゼルス・クリッパーズのアシスタントコーチとなった。
脚註[編集]
- ^ “KINGS ACQUIRE FOUR PLAYERS IN THREE-TEAM TRADE”. NBA.com (2009年2月18日). 2009年2月19日閲覧。
- ^ “Wizards Name Wittman and Cassell As Assistant Coaches”. NBA.com (2009年5月21日). 2009年5月22日閲覧。
- ^ http://www.nba.com/2009/news/05/21/wizards.assistants.ap/index.html
外部リンク[編集]
- NBA.com サム・キャセール(英語版)
- サム・キャセールの通算成績と情報 Basketball-Reference.com (英語)
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