シュリーナガル

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シュリーナガル
श्रीनगर
سرینگر
Srinagar
Paradise on Earth
シュリーナガルとダル湖の風景
ジャンムー・カシミール州の位置を示したインドの地図
シュリーナガルの位置
シュリーナガル
シュリーナガルの位置
ジャンムー・カシミール州 とインド内)
測地系: 北緯34度05分00秒 東経74度49分00秒 / 北緯34.08333度 東経74.81667度 / 34.08333; 74.81667
インドの旗 インド
ジャンムー・カシミール州
行政区 シュリーナガル県英語版
市長 Ghulam Mustafa Bhat
人口
密度
都市圏
1,192,792[1] (2011年現在)
11,360 /km2 (29,422 /sq mi)
1,273,312[2]
標準時 IST (UTC+5:30)
面積
海抜
105 km² (41 sq mi)
1,730 m (5,676 ft)

シュリーナガルヒンディー語: श्रीनगरウルドゥー語: سرینگر‎、カシミール語: سِرېنَگَر / सिरीनगर英語: Srinagar)は、インドジャンムー・カシミール州の夏季の州都である。カシミール渓谷を流れるインダス川支流であるジェーラム川の両岸に位置する。とそこに浮かぶハウスボートで有名で、またカシミール地方に伝わる伝統的な手工芸品とドライフルーツでも知られている。デリーから876km北にある。シュリーナガル地区の首府である。2011年現在の人口は約119万人[1]

日本においては、英語表記をカタカナ読みし、スリナガルスリーナガルと表記される場合がある。

歴史[編集]

約2000年以上前、王プラヴァラセーナ2世(Pravarasena II)によりシュリーナガルが創建された。紀元前3世紀には、マウリヤ朝の一部であった。アショカ王仏教をカシミール地方に伝え、この地域が仏教伝播の中心地となった。1世紀にこの地域がクシャーナ朝の支配下となり、ここで仏教文化を強化した。ウージャインの王ヴィクラマーディティヤ(Vikramāditya)及びその後継者が、6世紀フン族に支配されるまで治めた。

ヒンドゥー教徒仏教徒の支配は14世紀まで続き、その後ムガル帝国を含むイスラム教徒の支配下となった。ユースフ・シャー・チャクの治世の間ここは首都だったが、アクバルによってムガル帝国の版図に組み入れられた。

1707年アウラングゼーブの死後、ムガル帝国の分割に乗じパシュトゥーン人が浸透し、ついにシュリーナガルを数十年支配した。ランジート・シング(Ranjit Singh)は1814年にシュリーナガルを含むカシミール渓谷を自身の王国に併合し、以来この地域はシク教徒の影響下となる。

1846年ラホールにおいて署名されたシーク教徒支配者とイギリスの条約(「ラホール条約」)によって、イギリスは事実上この地の宗主権を手に入れた。イギリスはグラーブ・シング(Gulab Singh)を独立したカシミール地方の統治者として任命し、シュリーナガルをその藩王国の首都とした。

インド・パキスタン分離独立後、パシュトゥーン人を中心とした民族は、パキスタン軍の支持を受け、シュリーナガルとカシミール地方全域を軍事力で掌握しようと試みた。これは当時の統治者ハリ・シング(Hari Singh)がイギリスから受託していた統治権に反しており、藩王国の統治者はインド分割時にインド、パキスタンのどちらに帰属するか、または独立するかの選択権をもっていた。

ハリ・シングは1948年にインド政府と共にイギリスに対し、国民投票を実施する条件で今後は独立国となったインドへ帰属する旨を記した誓約書を提出したとされる。但し歴史家はこれを史実とするかどうかに議論が残るとしている。

カシミール地方の地図

その後インドはシュリーナガルを含むカシミール地方に軍隊を送り、パキスタン側勢力を制圧した(印パ戦争)。インド及びパキスタンの対立は国際連合の場にまで持ち込まれ停戦しているが、一部地域はパキスタン側の実効支配となっている。シュリーナガルについては、以来インド側の支配地域となっている(カシミール問題参照)。

地理[編集]

シュリーナガルの気候は主に山岳性気候で、4月〜6月の夏季は温暖、11月〜2月の冬季は寒冷である。12月〜2月は例年、降雪が見られる。

観光[編集]

  • 古くから避暑地として栄えており、ホテルとして営業する豪華なハウスボート群が知られている。
  • 近年、カシミール紛争テロ活動の煽りを受けて観光客は激減している。2006年現在も、シュリーナガルに向かう路線バスが手榴弾で攻撃されるなど、テロが頻発している。

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]