アムリトサル
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| アムリトサル ਅੰਮ੍ਰਿਤਸਰ, अमृतसर, Amritsar |
|
|---|---|
| 夜のハリマンディル・サーヒブ | |
| 座標: 北緯31度38分24秒 東経74度51分36秒 / 北緯31.64000度 東経74.86000度 | |
| 国 | |
| 州 | パンジャーブ州 |
| 県 | アムリトサル県 |
| 行政 | |
| - 市長 | Shawet Singh Malik |
| 面積 | |
| - 計 | 50km2 (19.3mi2) |
| 標高 | 218m (715ft) |
| 人口 (2009年) | |
| - 計 | 1,194,740人 |
| 等時帯 | インド標準時 (UTC+5:30) |
| ウェブサイト | www.cityamritsar.com |
アムリトサル (パンジャブ語: ਅੰਮ੍ਰਿਤਸਰ、ヒンディー語: अमृतसर、英語: Amritsar)はインドの都市。パンジャーブ州に属する。人口は約100万人。アムリットサル、アムリッツァー(英語読み)とも表記される。 またサンスクリット語で「生命の水の貯水池」という意味がある。
地勢・産業[編集]
土地が肥沃であり農業が発展しているほか、織物業・化学工業も盛んである。近隣の都市としては、約50キロ西にパキスタンのラホールが位置している。
歴史[編集]
16世紀後半にスィク教の信徒によって建てられた街である。1604年、スィク教の総本山であるハリマンディル・サーヒブ (ਹਰਿਮੰਦਰ ਸਾਹਿਬ、Harmandir Sahib) が建てられた(19世紀初頭に屋根が金箔で覆われたことから、現在はゴールデン・テンプルまたは黄金寺院という通称が定着している)。
植民地時代の1919年には、逮捕令状なしでの破壊活動容疑者の逮捕・投獄を認めたローラット法に抗議する大暴動が発生して、インド軍の治安部隊が投入された。その直後、非武装の抗議集会が開かれたが、インド軍が発砲し、多くの市民が殺害された。この事件はアムリトサル事件、アムリトサル虐殺事件などと称される[1]。
戦後、インディラ・ガンディー首相がスィク教徒の反政府勢力に対して強硬策をとった結果、ハリマンディル・サーヒブに立てこもった1000人以上のスィク教徒を武力鎮圧した(ブルースター作戦。黄金寺院事件ともいう[2])。この時の死傷者は数百人にものぼった。これに対する報復として、スィク教徒のボディガードらによってインディラ・ガンディー首相はまもなく暗殺された。
関連項目[編集]
脚注[編集]
- ^ “【緯度経度】韓国、執拗な謝罪要求は未完の対日独立戦争の代わり… ”. ZAKZAK (2014年3月23日). 2014年3月23日閲覧。
- ^ シーク教徒が斬り合い=黄金寺院事件30年式典で-インド時事通信2014年6月6日観覧
外部リンク[編集]
- アムリトサルに関するサイト (英語)
- アムリトサルの黄金寺院 (ハリマンディル・サーヒブ) (日本語)
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